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第六章 カリム強襲③

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「クソ。な、なんなんだ」
 ウロボロスが、黒いカーテンのようにそびえ立つ。おかげで何も見えないが、寒気が増した気がした。なぜ、そんな気がしたのか。黒羽は理解できなかったが、漆黒の幕が開いた瞬間、自身の生存本能が発した警報だったのだと知り、舌打ちをする。
「お遊びはここまでだ。命を散らせ人間」
 禍々しき黒竜が、黒羽を見下ろす。
 四足歩行の体には、細長い首と尻尾が生え、背には二対の巨大な翼がある。顔は鋭く、全体的にシャープな印象。
 人にあだ名す黒き竜カリムは、真の姿となりて黒羽へと襲い掛かる。
「秋仁。ウロボロスの濃度を高めなさい」
 体力の残りを気にしている余裕はない。黒羽は魔力の量を増加させて、振り下ろされる一撃を受けとめた。
 ――重力が降ってくる。そう表現するのが適切だろう。手は震え、どれほどウロボロスを体内に取り込んでも、踏ん張る足は今にもへし折れてしまいそうだ。
「グッ、ハッ! やられてたまるかよ」
 ウロボロスを足に集中させ、刀を使って攻撃を逸らし、何とか窮地を脱する。
「おお、防いだか。では、そら、そら、そら、そーら。どこまで耐えられる? 楽には殺さん。過ぎた力を使った代償は、死が甘美と思えるほどの苦しみで償ってもらう」
 前足による踏みつけ、横殴り、鋭い牙での噛みつき。これだけでも十分に脅威なのだが、器用に尻尾でも攻撃を加えてくるので、巨体に似合わず隙が無い。
「サンクトゥス。お前もドラゴンになって二人で戦おう」
「意味がないわ。ウロボロスの量を二人で分けるだけでは通用しない。それに、カリムのウロボロスの総量は私が生み出せる量を大きく上回る。ただ戦っても負けるわよ」
(なら、どうすればいい)
 体に沁みついた剣術の技術を頼りに、攻撃をさばきつつ考える。その時だった、
「黒羽さん。こっちは片付けましたよ」
 振り向く余裕はないが、恐らくエメの声。どうやら黒マント達の無力化に成功したらしい。
「役に立たない奴らだ。ハア」
 連撃が止まる。じろりと自分の部下を睨みつけたカリムは、冷めた声で言った。
「爆ぜろ」
 破裂音が聞こえ、遅れて濃い血の臭いが漂ってきた。嫌な感じがする。黒羽は震えを堪えながら、緩慢な動きで音のした方を振り向いた。
「う、そ、そんな……」
 黒マント達、正確に言えばだった者達の無残な死体がそこにはあった。エメと町人達によって捕縛された彼らは、下半身を残し、上半身は血煙と肉片となって広場に散らばっている。
「あなたって人は……カリム」
「フハハハハハハ。いつ見ても爽快だな。なあ、黒羽よ、サンクトゥスよ。どうやったと思う? 実はな、最新鋭の爆薬を使った兵器を」
「黙れ! 聞きたくもない。どうして? 仲間なんだろう」
 禍々しく口を開き、心底愉快そうな声でカリムは言った。
「何をそう激怒している。敵が減ったんだ、喜べよ。あの屑どもが仲間だと。勘違いするな。俺からすれば、ただの駒。役に立たないなら、舞台を盛り上げる仕掛けとして精々使わせてもらうさ」
 激しい怒りに駆られ、黒羽はカリムの前足を切ろうとするが叶わず、地面に転ばされてしまう。
「フウ、いくらか頭が冷えてきたよ。フム、妹の力を使えるということは貴様、この世界の住人ではあるまい。始まりの世界からの来訪者か」
「来訪者?」
 エメの呟きに、大きく口を開けてカリムは笑う。
「おや? 知らなかったようだな。黒羽秋仁、こいつはな、トゥルーとは違う世界からやってきた者だ。つまり、この世界の異物だ。おかしいと思わなかったか? この者は魔法を使えぬ。お前らとは違う生き物なんだよ。ヒュ―ンを弾くウロボロスがこれほど濃く漂う場所で動き、あまつさえその身に纏っている。それが何よりの証拠だ」
 逃げ遅れた町民達の間で、動揺が広がる。その動揺をさらに深刻なものにするべく、カリムは言葉を重ねた。
「それにな、手に持つその武器は、ドラゴンが変化した姿だ。そして、そのドラゴンは俺の妹だ」
 やられたと後悔しても遅い。恐怖の対象であるカリムの親族とそれに協力する異世界人の黒羽。町民達の心情は混乱を極め、行き場のない怒りを黒羽達に向けた。
「騙したな。黒いドラゴンの仲間なんだろう」
「ふざけるな。どんな恨みがあってそんなことを」
「私の友達をよくも殺したわね。許さない。自警団の皆さん、早くアイツを倒しちゃってよ」
 怒り、悲しみ、恨み、切なさ。あらゆる負の感情が、襲い掛かってくる。
 ――ああ、人の感情はこんなにも恐ろしいものなのか。黒羽は、必死になって説得する。
「聞いてください。確かに、僕は異世界人だ。けれど、あなた方に敵対する者ではありません」
 黒羽は叫んだ。――けれども、効果がなかった。 
 チラシ配りをして、通行人に無視されるのとわけが違う。どれだけ誠意を込めて言葉を発しても、彼らの耳に届きはすれ、心には響かない。
「黒羽さん」
 人ごみをかき分け、エメに支えられながら現れたレアの表情は、ひどく無機質だった。
「サンクトゥスさんが、カリムの妹という話は本当ですか?」
「レアちゃん……ええ、事実よ」
「そうですか。どうして教えてくれなかったんです?」
「あなたが、恐れてしまうと思ったからよ」
 顔を伏せたレアは、右手を前に掲げた。
「待ってくれ、レア! 別に騙すつもりはなかったんだ」
 彼女の掌に、光が集まってくる。黒羽はウロボロスの濃度を高め、身構えた。
「《炎よ。彼の者を罰せよ〉」
 生み出された炎の海は黒羽を……ではなくカリムに殺到し、ウロボロスに触れて消えた。
「なんだと」
「馬鹿にしないでカリム。これでも大勢の人々が利用する宿屋の娘。人を見る目には自信があります。サンクトゥスさんは優しくて人に寄りそえる方です。兄弟でもあなたとは違う」
 驚きで身動きが取れないカリムから視線を逸らすと、レアは声高らかに叫んだ。
「皆さん。生まれた世界や種族が違うから何だって言うんですか。黒羽さんは、この町の大切なお客様ですし、お世話になった方もいらっしゃるでしょう。そして、サンクトゥスさんは、危険なのに身を挺して、私達人間の味方をしてくれています。違いますか」
 幼い頃からこの町に暮らすレアの言葉に、少し冷静さを取り戻す町人達。彼女の横で控えていたエメは、一歩前に出るとそんな町人達に微笑んだ。
「私達の町フラデンは商人の町でしょう。相手が誰だろうと、利益を与えてくれる方には最上のサービスを。不利益を与えた相手にはお引き取り願うのが流儀。さあさ、私達が選ぶべき道はどれ?」
 この町の信頼を強く得ている宿の女主人が発した言葉は、町の人々の心に届いたのだろうか。……結果は、こうだ。
「そうだ。俺達は商人だ。商売の邪魔をするヤツは許せねぇ」
「エメさんが味方してるんだ。きっとあの兄ちゃんは良い奴さ」
「黒羽さんだっけ。そいつぶん殴ってやって」
 商人らしい鮮やかな掌返しに、黒羽は思わず苦笑するが、正直ありがたい。エメとレアにお礼を言うと、黒羽は不敵な笑みで刀を構えた。
「カリム。この町の人々を甘くみたお前の負けだ。大人しく帰ったらどうだ」
 カリムは目を血走らせ、強く地面を殴りつけた。
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