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第五章 水の守護者の願い⑤
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「ほう。これまで沢山の人を見てきたが、お主は随分と変わっている。まさか、商売のために異世界に渡るなど、フ、フハハ。コイツは良い」
「あの、僕はドラゴンにとってそんなに笑える存在なんですか?」
「すまん。気分を害したのなら謝る。それで、お主が目的を達成するためには、川の水を復活させ、花を手に入れないといけない。それも後三日でか。無茶すぎる、と言いたいところだが、可能性はある」
「ほ、本当ですか。どんな方法で、川の水は復活するんですか」
藁にも縋りたい黒羽は、食いつくようにアクア・ポセイドラゴンに近づく。彼はそんな黒羽を見て、大きな口を開けて笑った。
「落ち着け。その話をする前に、なぜ川は枯れかけているのかを話す必要があるだろう。お主、川はそもそもどうやってできているか知っているか」
「川……確か、雨水や雪解け水が地表を流れたり、あるいは地中にしみ込んで、どこかから湧き出たりして、川は形成される……だったかと」
学生の頃に習った知識を、何とか頭の中から引き出しながら話す黒羽。アクア・ポセイドラゴンは満足そうに頷くと、ゆっくりした口調で言葉を紡いだ。
「そう。川はそうやってできる。川の源は雲だ。だがな、この地域は元々は雨が降りにくいのだ」
「そんなことはありません。ちゃんと雨は降りますよ」
レアの反論に、彼のドラゴンは首を振る。
「確かにそうだが、この地域には雲を好物とするクッドワイバーンがいる。あやつらは、空を舞いながら、片っ端から雲を食べる厄介な生き物だ。だからな、本来は森林地帯ではなく、枯れた大地こそがプレンティファルなのだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。プレンティファルは何千年も前から自然豊かな場所だったと、言い伝えられています。それだと、私達の伝承や記録が間違いだったことになります」
「いいや、娘よ。間違いではない。ただな、自然豊かになったのは、我の力が大いに関係しているのだ」
レアが驚きよろめいたので、黒羽は背中を支えた。アクア・ポセイドラゴンとサンクトゥスは、そんな二人を見て、声を上げて笑った。
「つまりね、レアちゃん。彼が水を生み出し続けているおかげで、森林地帯になったということよ」
「はあ……信じられないです」
レアの気持ちはよく分かるが、驚いてばかりもいられない。
黒羽は話の続きを話すように促した。
「うむ。我の力は水の生成と操作だ。この力で水を作り、その水を蒸発させてクッドワイバーンが食す以上の雲を確保しているのだ。だがな、カリムのせいで力が弱まっておる。このままでは、フラデンはおろか、森が死んでしまう」
アクア・ポセイドラゴンは、面白くなさそうにフンと鼻を鳴らした。
彼の話を聞く限り、問題の解決法は至ってシンプルのようだ。つまりは、アクア・ポセイドラゴンの力を取り戻せば良いのだ。
「アクア・ポセイドラゴン。あなたが復活することで、川は蘇るのですね」
黒羽が確認すると、彼は力強く頷いて肯定した。
「ああ。そのためには、我の体を蝕む毒を排除する必要がある」
「解毒する方法に心当たりはあるのかしら?」
サンクトゥスの問いに対する答えを探すように、アクア・ポセイドラゴンは空を見え上げた。やがて、彼にしては小さな声で答えた。
「恐らくだが、カリムは解毒剤のようなものを持っているはずだ」
「どうしてそう思うのかしら?」
「ヤツは我が力を封じた上で、仲間になれと交渉してきた。お前の力が必要だと。ならば、仲間になった時に力を元通りにする方法がなければ、交渉そのものが意味をなさないだろう」
なるほど一理ある。となれば、サンクトゥスの読み通り、この件に一枚噛んでいるカリムをどうにかしなければならない。
「ヤツから解毒する方法を聞き出す。それしかないでしょうね」
「その通りだ。しかしな、もし戦闘になれば我にはどうすることもできない。我は力が弱まり、この川に留まってどうにか体力の消費を抑えている状況だ」
「安心してください。大丈夫、僕達が何とかします」
目の前の優しい瞳をしたドラゴンは首を振り、心配そうに黒羽に語りかけた。
「危険だ。カリムは強いだけの男ではないぞ。冷酷で人に対する情はない。命のかけどころを間違えるでない。お主にとって店は大切なものだろう。だが、だからと言ってこの件にこれ以上かかわる必要はない。今回は諦めるべきだ」
レミルと同じようなセリフをここで聞かされるとは思ってはおらず、黒羽は笑みを浮かべる。
その通りだ。彼の言い分は客観的に判断すれば正しい。だが、心に問いかければ、否という答えが返ってくるのだ。その否は、道理を蹴とばすには十分な力がある。黒羽は拳を握りしめて、自身の強固な意志を示した。
「いいえ、諦めません。あなたはこう思うかもしれない。たかだかお店の経営だ、と。でも、僕にとっては違います。それに、ムーンドリップフラワーの件を抜きにしても見過ごせません。僕はこの世界のほんの一部しか理解していないけど、大好きなんです。ここには、僕の世界と変わらない人間の営みがある。僕に笑いかけてくれる温かな人達がいる。だったら、微力ながら力を尽くしたいと思って何がいけない。僕は……俺は、これからもこの世界と関わって生きたい。だから、経営者である前に一人の人としてできることをする。それだけです」
一人の男が発した声は、川の音や風の音に負けず、辺りへ響いた。音として、そしてこの場にいる者達の心へ。嘘偽りのない言葉は、どれほど理にかなっていなかったとしても、他者の心を震わせるのだ。
「フ、フハ、フハハハハハ。そうか、そうか! そう言ってくれるか」
「アハハ、面白いでしょう、この人」
「ちょっと、お二人とも、こんなに笑ったら黒羽さんに失礼ですよ。で、でも、嬉しいからかな。私も、ウフフ、なんか笑っちゃいます」
ひとしきり笑いが治まるのを、顔を赤くしながら我慢した黒羽は、一度咳をしてから話し始めた。
「それで、カリムは今どこにいるんですか?」
「分からぬ。だが、ヤツは我の前に必ず現れるだろう。仲間にするためか、始末するためにかは知らんがな」
「であれば、あなたの傍で待たせてもらいます。構わないだろうサンクトゥス」
隣の相棒へ振り向くと、彼女は人差し指で唇をなぞり言った。
「ええ、でも野宿する物を持ってきていないわね。一度町に戻る?」
「あ、そうだな。それに、自警団の調査する件が気がかりだ。できれば調査を遅らせて、戦闘に巻き込まれないようにしたい」
「それなら問題ないと思います」とレアが言う。何故と問いかけると、彼女はニコリと笑って答えた。
「自警団は、ポセイさんとカリムが協力者である可能性も捨てきれていません。ですから、ポセイさんと戦闘になる可能性もあると考えているはずです。入念に準備するでしょうから、少なくとも数日中に行動を起こすことはないでしょう」
「そうね。私もレアちゃんの意見に同感だわ。まあ、詳しくは町に戻って、エメにでも聞きましょう」
そうだな、と返事をしてから懐から緑色の鍵を取り出した。黒羽は空中に鍵を差し込みながら、ふと思う。こんなことをしている経営者など、きっと俺だけだろう、と。言葉が頭をよぎると、おかしくて吹き出してしまった。
「あの、僕はドラゴンにとってそんなに笑える存在なんですか?」
「すまん。気分を害したのなら謝る。それで、お主が目的を達成するためには、川の水を復活させ、花を手に入れないといけない。それも後三日でか。無茶すぎる、と言いたいところだが、可能性はある」
「ほ、本当ですか。どんな方法で、川の水は復活するんですか」
藁にも縋りたい黒羽は、食いつくようにアクア・ポセイドラゴンに近づく。彼はそんな黒羽を見て、大きな口を開けて笑った。
「落ち着け。その話をする前に、なぜ川は枯れかけているのかを話す必要があるだろう。お主、川はそもそもどうやってできているか知っているか」
「川……確か、雨水や雪解け水が地表を流れたり、あるいは地中にしみ込んで、どこかから湧き出たりして、川は形成される……だったかと」
学生の頃に習った知識を、何とか頭の中から引き出しながら話す黒羽。アクア・ポセイドラゴンは満足そうに頷くと、ゆっくりした口調で言葉を紡いだ。
「そう。川はそうやってできる。川の源は雲だ。だがな、この地域は元々は雨が降りにくいのだ」
「そんなことはありません。ちゃんと雨は降りますよ」
レアの反論に、彼のドラゴンは首を振る。
「確かにそうだが、この地域には雲を好物とするクッドワイバーンがいる。あやつらは、空を舞いながら、片っ端から雲を食べる厄介な生き物だ。だからな、本来は森林地帯ではなく、枯れた大地こそがプレンティファルなのだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。プレンティファルは何千年も前から自然豊かな場所だったと、言い伝えられています。それだと、私達の伝承や記録が間違いだったことになります」
「いいや、娘よ。間違いではない。ただな、自然豊かになったのは、我の力が大いに関係しているのだ」
レアが驚きよろめいたので、黒羽は背中を支えた。アクア・ポセイドラゴンとサンクトゥスは、そんな二人を見て、声を上げて笑った。
「つまりね、レアちゃん。彼が水を生み出し続けているおかげで、森林地帯になったということよ」
「はあ……信じられないです」
レアの気持ちはよく分かるが、驚いてばかりもいられない。
黒羽は話の続きを話すように促した。
「うむ。我の力は水の生成と操作だ。この力で水を作り、その水を蒸発させてクッドワイバーンが食す以上の雲を確保しているのだ。だがな、カリムのせいで力が弱まっておる。このままでは、フラデンはおろか、森が死んでしまう」
アクア・ポセイドラゴンは、面白くなさそうにフンと鼻を鳴らした。
彼の話を聞く限り、問題の解決法は至ってシンプルのようだ。つまりは、アクア・ポセイドラゴンの力を取り戻せば良いのだ。
「アクア・ポセイドラゴン。あなたが復活することで、川は蘇るのですね」
黒羽が確認すると、彼は力強く頷いて肯定した。
「ああ。そのためには、我の体を蝕む毒を排除する必要がある」
「解毒する方法に心当たりはあるのかしら?」
サンクトゥスの問いに対する答えを探すように、アクア・ポセイドラゴンは空を見え上げた。やがて、彼にしては小さな声で答えた。
「恐らくだが、カリムは解毒剤のようなものを持っているはずだ」
「どうしてそう思うのかしら?」
「ヤツは我が力を封じた上で、仲間になれと交渉してきた。お前の力が必要だと。ならば、仲間になった時に力を元通りにする方法がなければ、交渉そのものが意味をなさないだろう」
なるほど一理ある。となれば、サンクトゥスの読み通り、この件に一枚噛んでいるカリムをどうにかしなければならない。
「ヤツから解毒する方法を聞き出す。それしかないでしょうね」
「その通りだ。しかしな、もし戦闘になれば我にはどうすることもできない。我は力が弱まり、この川に留まってどうにか体力の消費を抑えている状況だ」
「安心してください。大丈夫、僕達が何とかします」
目の前の優しい瞳をしたドラゴンは首を振り、心配そうに黒羽に語りかけた。
「危険だ。カリムは強いだけの男ではないぞ。冷酷で人に対する情はない。命のかけどころを間違えるでない。お主にとって店は大切なものだろう。だが、だからと言ってこの件にこれ以上かかわる必要はない。今回は諦めるべきだ」
レミルと同じようなセリフをここで聞かされるとは思ってはおらず、黒羽は笑みを浮かべる。
その通りだ。彼の言い分は客観的に判断すれば正しい。だが、心に問いかければ、否という答えが返ってくるのだ。その否は、道理を蹴とばすには十分な力がある。黒羽は拳を握りしめて、自身の強固な意志を示した。
「いいえ、諦めません。あなたはこう思うかもしれない。たかだかお店の経営だ、と。でも、僕にとっては違います。それに、ムーンドリップフラワーの件を抜きにしても見過ごせません。僕はこの世界のほんの一部しか理解していないけど、大好きなんです。ここには、僕の世界と変わらない人間の営みがある。僕に笑いかけてくれる温かな人達がいる。だったら、微力ながら力を尽くしたいと思って何がいけない。僕は……俺は、これからもこの世界と関わって生きたい。だから、経営者である前に一人の人としてできることをする。それだけです」
一人の男が発した声は、川の音や風の音に負けず、辺りへ響いた。音として、そしてこの場にいる者達の心へ。嘘偽りのない言葉は、どれほど理にかなっていなかったとしても、他者の心を震わせるのだ。
「フ、フハ、フハハハハハ。そうか、そうか! そう言ってくれるか」
「アハハ、面白いでしょう、この人」
「ちょっと、お二人とも、こんなに笑ったら黒羽さんに失礼ですよ。で、でも、嬉しいからかな。私も、ウフフ、なんか笑っちゃいます」
ひとしきり笑いが治まるのを、顔を赤くしながら我慢した黒羽は、一度咳をしてから話し始めた。
「それで、カリムは今どこにいるんですか?」
「分からぬ。だが、ヤツは我の前に必ず現れるだろう。仲間にするためか、始末するためにかは知らんがな」
「であれば、あなたの傍で待たせてもらいます。構わないだろうサンクトゥス」
隣の相棒へ振り向くと、彼女は人差し指で唇をなぞり言った。
「ええ、でも野宿する物を持ってきていないわね。一度町に戻る?」
「あ、そうだな。それに、自警団の調査する件が気がかりだ。できれば調査を遅らせて、戦闘に巻き込まれないようにしたい」
「それなら問題ないと思います」とレアが言う。何故と問いかけると、彼女はニコリと笑って答えた。
「自警団は、ポセイさんとカリムが協力者である可能性も捨てきれていません。ですから、ポセイさんと戦闘になる可能性もあると考えているはずです。入念に準備するでしょうから、少なくとも数日中に行動を起こすことはないでしょう」
「そうね。私もレアちゃんの意見に同感だわ。まあ、詳しくは町に戻って、エメにでも聞きましょう」
そうだな、と返事をしてから懐から緑色の鍵を取り出した。黒羽は空中に鍵を差し込みながら、ふと思う。こんなことをしている経営者など、きっと俺だけだろう、と。言葉が頭をよぎると、おかしくて吹き出してしまった。
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