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第四章 契約③
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契約を交わすメリットとデメリット。黒羽の頭の中にある天秤は、どちらに傾くべきか決めかねていた。迷いは、まるで進むべき道を覆い隠す布のようだ。時間だけが黒羽を残して、速やかに流れていくように感じる。
(俺は、どうしたらいい?)
そう思った時だった。昔祖父に言われた言葉が頭をよぎる。
「アキ。生きているとよ、迷うことなんて山ほどある。そういう時は、どっちを選んだら、死んだとしても後悔しないか考えなさい。たとえ死んだとしても、この道を選んで良かったと思えるものは、きっとお前にとっての正解だ。後悔だらけで死ぬのは……辛いぞ。爺ちゃんは、自分で胸張って生きれる道を選択してきた。だからさ、今、すごく満ち足りた気持ちなんだよ」
真っ白い病室でベッドに横たわる祖父は、震える手で黒羽の手を握りながら、穏やかに笑っていた。
後悔しない人生などないかもしれない。けれども、あんな顔ができる人生はきっと、辛かったとしても幸福だったに違いないだろう。であれば、自身がどう選択したら胸がスッとするだろうか。目の前にいる女性を見つめ、黒羽は問いかける。
「なあ。君は困っているんだよな」
「ええ、そうよ」
「俺が断ったら大変か?」
「大変ね。だって私、随分と長いこと眠っていたから、頼れる相手がほとんど死んじゃってるもの。ドラゴンの仲間はいたけれど、どこにいるのか生きているのかも分からないわ」
「そうか……そうだよな。俺も困っている。川の水が復活してムーンドリップフラワーが手に入らないと、夏季限定メニューを提供できない。俺はな、嫌なことばかりな世の中で生きる人達に、憩いの場所を提供したいんだ。誰かの笑顔を見るのが大好きなんだよ。花を手に入れて、楽しみに待っている人達にメニューを提供したい。そのために俺は……お前と契約する。そして、お客様もお前も水が不足しているフラデンの人々も笑顔になれば、俺も幸せだ。知っているか? 俺は欲張りなんだよ」
溢れ出る想いに身を任せてみれば、答えは勝手に口から飛び出してきた。息を深く吸ってみる。先ほどまでは、胸に重い泥が沈んでいるような感覚だった。でも、今は違う。滑るように空気が肺を満たし、吐いた息は晴れ渡る青空に溶けていく。
「アハハ。何よそれ。でも素敵ね。スッゴイ良い顔しているわよ。秋仁」
サンクトゥスは、心の赴くままに伸びやかに笑った。少女のような笑みは、黒羽の選択が勝ち取った小さな一歩。
黒羽は歩み寄ると右手を差し出す。
「よろしくな。サンクトゥス」
「はい。私の方こそ、よろしくね」
サンクトゥスも右手を差し出し、互いに強く握手を交わす。彼女はそのまま、左手を真上に上げると、
「我、サンクトゥスは黒羽秋仁と異種契約を交わす。種族違えど、交わされた契約がある限り、汝と我は家族よりも深き絆で結ばれた尊き存在。如何なる時も支え合え。さすれば、絆は種を超えてより強固に、離れがたきものになるであろう」
と唱えた。
――その途端に、サンクトゥスの体から止めどなくウロボロスが溢れ出た。眩い純白の魔力は幾本もの帯となり、渦を描きながら空に舞って、複雑な模様の魔法陣を描いていく。そして、魔法陣は完成と共に、一層強く、気高く輝きが増した。
「おお」
「あら、綺麗ね」
魔法陣はやがて、波打ち際に建つ砂の城のように、さらりと崩れた。ウロボロスは粒となって、緩やかに降り注ぐ。真夏の粉雪は、いつの間にか吹き出した風にさらわれ、彼方へと飛び去っていく。
二人はそれを見習うかのように歩き、森を後にした。
(俺は、どうしたらいい?)
そう思った時だった。昔祖父に言われた言葉が頭をよぎる。
「アキ。生きているとよ、迷うことなんて山ほどある。そういう時は、どっちを選んだら、死んだとしても後悔しないか考えなさい。たとえ死んだとしても、この道を選んで良かったと思えるものは、きっとお前にとっての正解だ。後悔だらけで死ぬのは……辛いぞ。爺ちゃんは、自分で胸張って生きれる道を選択してきた。だからさ、今、すごく満ち足りた気持ちなんだよ」
真っ白い病室でベッドに横たわる祖父は、震える手で黒羽の手を握りながら、穏やかに笑っていた。
後悔しない人生などないかもしれない。けれども、あんな顔ができる人生はきっと、辛かったとしても幸福だったに違いないだろう。であれば、自身がどう選択したら胸がスッとするだろうか。目の前にいる女性を見つめ、黒羽は問いかける。
「なあ。君は困っているんだよな」
「ええ、そうよ」
「俺が断ったら大変か?」
「大変ね。だって私、随分と長いこと眠っていたから、頼れる相手がほとんど死んじゃってるもの。ドラゴンの仲間はいたけれど、どこにいるのか生きているのかも分からないわ」
「そうか……そうだよな。俺も困っている。川の水が復活してムーンドリップフラワーが手に入らないと、夏季限定メニューを提供できない。俺はな、嫌なことばかりな世の中で生きる人達に、憩いの場所を提供したいんだ。誰かの笑顔を見るのが大好きなんだよ。花を手に入れて、楽しみに待っている人達にメニューを提供したい。そのために俺は……お前と契約する。そして、お客様もお前も水が不足しているフラデンの人々も笑顔になれば、俺も幸せだ。知っているか? 俺は欲張りなんだよ」
溢れ出る想いに身を任せてみれば、答えは勝手に口から飛び出してきた。息を深く吸ってみる。先ほどまでは、胸に重い泥が沈んでいるような感覚だった。でも、今は違う。滑るように空気が肺を満たし、吐いた息は晴れ渡る青空に溶けていく。
「アハハ。何よそれ。でも素敵ね。スッゴイ良い顔しているわよ。秋仁」
サンクトゥスは、心の赴くままに伸びやかに笑った。少女のような笑みは、黒羽の選択が勝ち取った小さな一歩。
黒羽は歩み寄ると右手を差し出す。
「よろしくな。サンクトゥス」
「はい。私の方こそ、よろしくね」
サンクトゥスも右手を差し出し、互いに強く握手を交わす。彼女はそのまま、左手を真上に上げると、
「我、サンクトゥスは黒羽秋仁と異種契約を交わす。種族違えど、交わされた契約がある限り、汝と我は家族よりも深き絆で結ばれた尊き存在。如何なる時も支え合え。さすれば、絆は種を超えてより強固に、離れがたきものになるであろう」
と唱えた。
――その途端に、サンクトゥスの体から止めどなくウロボロスが溢れ出た。眩い純白の魔力は幾本もの帯となり、渦を描きながら空に舞って、複雑な模様の魔法陣を描いていく。そして、魔法陣は完成と共に、一層強く、気高く輝きが増した。
「おお」
「あら、綺麗ね」
魔法陣はやがて、波打ち際に建つ砂の城のように、さらりと崩れた。ウロボロスは粒となって、緩やかに降り注ぐ。真夏の粉雪は、いつの間にか吹き出した風にさらわれ、彼方へと飛び去っていく。
二人はそれを見習うかのように歩き、森を後にした。
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