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第4話 第一章 企業秘密の謎解きは開店後に③
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「エメさん。調理場をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「構いませんけど……なぜ?」
「この場を丸く収めます」
そう言い残すとレアと共に調理場に入り、食材のチェックを始める。
「黒羽さん。一体何を?」
「あの男を料理で黙らせる」
「え? 料理で……あ、でも黒羽さんならできますよね。お料理上手ですし、じゃあ私は外に」
背を向ける彼女を引き留め、ギュッと手を握る。
「あの」
「手伝ってくれ。ここの調理場は使ったことがないから勝手が分からない。それに、俺が異世界の出身者で、だからこそ魔法を使えないってことを知っているだろう。だから、レアのサポートが必要だ。俺一人じゃ、火すらまともに着火できない。一緒にくだらないことを言ったオッサンを黙らせてやろう」
黒羽の声はまるで導火線の火のようだ。そして、火は導火線を辿り、夜空に満天の花火を打ち上げる。つまりは、彼女の笑顔だ。
「……はい。私、頑張ってみますね」
「良い笑顔だ。さっそくだけど、質問がある」
元気を取り戻したレアに手伝ってもらいながら、黒羽は調理を開始した。
伊達に半年間、一人で店を切り盛りしてきたわけではない。無駄なく確実に、淀みなく食材を刻み、あっという間に下処理を終えてしまう。あまりの手際の良さに、レアが惚れ惚れとした表情で立ち止まるほどだ。
「こら、ボーッとしない。レア、鍋に食材を入れたら、魔法で薪を着火させてくれ」
「ごめんなさい。〈火よ灯れ〉。火加減はこれくらいで良いですか?」
黒羽は頷くと、ツルツルとした岩石をくり抜いて作られたボウルに、青緑の卵と異世界産の黒糖、ポッル(牛に似たトゥルーの家畜)の乳で作ったクリームを調理台の上に並べた。
「これは?」
「まあ、一言でいえばコイツが俺の切り札だ。レア、物を凍らせる魔法を使えるか?」
「はい。ええ! 凍らせてどうするんですか?」
プレンティファルには、凍らせて調理する食べ物はない。黒羽は、悪戯少年のような無邪気な笑みを自身の口元が形作っていることを自覚する。
「君達の常識を壊すデザートを作る」
難問を突き付けられた学生のように、ぽかんとした彼女の頭を撫でると、ボウルに卵と黒糖を入れ、茶筅に似た道具で黒羽は、リズミカルに泡立てはじめた。
※
「お待たせしました」
中年男性の前に出された品は、テーブルのそこだけが噴火したかのように真っ赤なスープだ。匂いを嗅ぐと、脳天にまで突き抜ける辛い香りが鼻腔を満たした。
「ああん? コイツは……スイアの郷土料理ペッアに似ているな」
「ええ、スイアは確か北方の寒い国だそうですね。冷たい凍える体を温めるために、辛い料理が多いとか。こちらは私なりの工夫を凝らしたペッアです」
男はフンと言いたげな顔で、スプーンを手に取った。周りは多くの客が輪になって囲み、野次馬根性を丸出しにして興味深げに二人のやり取りを見守っている。レアはしきりに深呼吸をし、エメはそんな娘を優しく抱きしめる。
「じゃあ、食うぜ。……ほう、なかなか、いや! 何だこの美味さは。尋常じゃない。辛さの中にしっかりとした深みを感じる。それに」
一口食べた後、ブレーキが壊れた車のように男は止まらなかった。噛み応えのありそうな分厚い肉、ふっくらと柔らかい魚、シャキシャキとした歯ごたえのする野菜、そして舌を強烈に刺激する辛いスープをひたすら口に運ぶ。汗が噴き出て全身を濡らしても、手で拭おうとすらしない。
「魚介と肉のダシのうまさを感じるのは、ただのペッアと変わらんが、一体なんだ? どうすれば、辛みと深みの後にこれだけの清涼感があるんだ」
黒羽はレアにニコリと笑うと、懐から紫の花を取りだした。
「そいつは?」
「これはレッシュフラワーという花です。観賞用ではなく、どちらかというと食用、それも調味料として使います」
「フラデンは花を料理によく使うというがこれもその一つか」
頷くと、黒羽は男の目の前で握りつぶし、そっと手の平を開いた。
「爽やかな匂い……そうか。この花が清涼感の源か」
「ええ。ところで、それだけペッアを召し上がったんです。暑くありませんか?」
黒羽の言う通りだった。男は水浴びをした直後のように汗で濡れ、野次馬の中には、手で鼻を覆っている者もいた。
「まあ、暑いけど」
「そうですか。じゃあ、デザートとしてこれを味わってみませんか?」
黒羽の視線に頷き、レアが薄紫色の塊が入った小さなカップを運んでくる。塊からはほのかに冷気が漂っていた。
「湯気? うわ! 冷たい。氷か?」
「いいえ、この品はアイスクリームという食べ物です。味は……ご自分で確かめてください」
また、妙な物をと言いたげな様子だったが、好奇心には勝てなかったのか、男はスプーンですくい、勢いよく食べた。冷たいと言えば、氷しか連想できなかった男は、無機質な味を思い浮かべた。
――だが、予想はあっけなく覆された。
冷たさの後に、優しい甘さが舌の上で消えてなくなり、頬が溶けたように感じた。あり得るのだろうかこんな甘美な食べ物の存在が。しかし、目の前にあって、それを食べているのだからどれほど否定しようが、事実が男の首を横に振ることを許さなかった。
「ああ、あああ、何だこりゃ。今まで食ったことがない。コイツは良い。美味いし、ペッアで火照った体が冷えていくぞ」
男は食べ終えると、満足げな表情で腹をさすり、恐れ入ったと黒羽とレアに頭を下げる。周りでそんなやり取りを見ていた客達が、一斉に詰めかけ、口々に
「おい、どんな味なんだ?」
「俺にも食わせてくれ」
「私はペッアも食べてみたいわ」
と、催促しだした。
「押さないでください。まだありますから。お母さん。用意するから手伝って」
エメの背中を押して、調理場に向かうレアが、照れくさそうに黒羽にありがとうと告げる。頬が赤く、少し苦しそうに胸を押さえていたのは、きっと客の熱気が凄まじかったからではないはずだ。
「頑張りすぎかな? ちょっと具合が悪そうだ」
まあ、レアの様子を察するのは、黒羽には難しすぎたわけだが。
「構いませんけど……なぜ?」
「この場を丸く収めます」
そう言い残すとレアと共に調理場に入り、食材のチェックを始める。
「黒羽さん。一体何を?」
「あの男を料理で黙らせる」
「え? 料理で……あ、でも黒羽さんならできますよね。お料理上手ですし、じゃあ私は外に」
背を向ける彼女を引き留め、ギュッと手を握る。
「あの」
「手伝ってくれ。ここの調理場は使ったことがないから勝手が分からない。それに、俺が異世界の出身者で、だからこそ魔法を使えないってことを知っているだろう。だから、レアのサポートが必要だ。俺一人じゃ、火すらまともに着火できない。一緒にくだらないことを言ったオッサンを黙らせてやろう」
黒羽の声はまるで導火線の火のようだ。そして、火は導火線を辿り、夜空に満天の花火を打ち上げる。つまりは、彼女の笑顔だ。
「……はい。私、頑張ってみますね」
「良い笑顔だ。さっそくだけど、質問がある」
元気を取り戻したレアに手伝ってもらいながら、黒羽は調理を開始した。
伊達に半年間、一人で店を切り盛りしてきたわけではない。無駄なく確実に、淀みなく食材を刻み、あっという間に下処理を終えてしまう。あまりの手際の良さに、レアが惚れ惚れとした表情で立ち止まるほどだ。
「こら、ボーッとしない。レア、鍋に食材を入れたら、魔法で薪を着火させてくれ」
「ごめんなさい。〈火よ灯れ〉。火加減はこれくらいで良いですか?」
黒羽は頷くと、ツルツルとした岩石をくり抜いて作られたボウルに、青緑の卵と異世界産の黒糖、ポッル(牛に似たトゥルーの家畜)の乳で作ったクリームを調理台の上に並べた。
「これは?」
「まあ、一言でいえばコイツが俺の切り札だ。レア、物を凍らせる魔法を使えるか?」
「はい。ええ! 凍らせてどうするんですか?」
プレンティファルには、凍らせて調理する食べ物はない。黒羽は、悪戯少年のような無邪気な笑みを自身の口元が形作っていることを自覚する。
「君達の常識を壊すデザートを作る」
難問を突き付けられた学生のように、ぽかんとした彼女の頭を撫でると、ボウルに卵と黒糖を入れ、茶筅に似た道具で黒羽は、リズミカルに泡立てはじめた。
※
「お待たせしました」
中年男性の前に出された品は、テーブルのそこだけが噴火したかのように真っ赤なスープだ。匂いを嗅ぐと、脳天にまで突き抜ける辛い香りが鼻腔を満たした。
「ああん? コイツは……スイアの郷土料理ペッアに似ているな」
「ええ、スイアは確か北方の寒い国だそうですね。冷たい凍える体を温めるために、辛い料理が多いとか。こちらは私なりの工夫を凝らしたペッアです」
男はフンと言いたげな顔で、スプーンを手に取った。周りは多くの客が輪になって囲み、野次馬根性を丸出しにして興味深げに二人のやり取りを見守っている。レアはしきりに深呼吸をし、エメはそんな娘を優しく抱きしめる。
「じゃあ、食うぜ。……ほう、なかなか、いや! 何だこの美味さは。尋常じゃない。辛さの中にしっかりとした深みを感じる。それに」
一口食べた後、ブレーキが壊れた車のように男は止まらなかった。噛み応えのありそうな分厚い肉、ふっくらと柔らかい魚、シャキシャキとした歯ごたえのする野菜、そして舌を強烈に刺激する辛いスープをひたすら口に運ぶ。汗が噴き出て全身を濡らしても、手で拭おうとすらしない。
「魚介と肉のダシのうまさを感じるのは、ただのペッアと変わらんが、一体なんだ? どうすれば、辛みと深みの後にこれだけの清涼感があるんだ」
黒羽はレアにニコリと笑うと、懐から紫の花を取りだした。
「そいつは?」
「これはレッシュフラワーという花です。観賞用ではなく、どちらかというと食用、それも調味料として使います」
「フラデンは花を料理によく使うというがこれもその一つか」
頷くと、黒羽は男の目の前で握りつぶし、そっと手の平を開いた。
「爽やかな匂い……そうか。この花が清涼感の源か」
「ええ。ところで、それだけペッアを召し上がったんです。暑くありませんか?」
黒羽の言う通りだった。男は水浴びをした直後のように汗で濡れ、野次馬の中には、手で鼻を覆っている者もいた。
「まあ、暑いけど」
「そうですか。じゃあ、デザートとしてこれを味わってみませんか?」
黒羽の視線に頷き、レアが薄紫色の塊が入った小さなカップを運んでくる。塊からはほのかに冷気が漂っていた。
「湯気? うわ! 冷たい。氷か?」
「いいえ、この品はアイスクリームという食べ物です。味は……ご自分で確かめてください」
また、妙な物をと言いたげな様子だったが、好奇心には勝てなかったのか、男はスプーンですくい、勢いよく食べた。冷たいと言えば、氷しか連想できなかった男は、無機質な味を思い浮かべた。
――だが、予想はあっけなく覆された。
冷たさの後に、優しい甘さが舌の上で消えてなくなり、頬が溶けたように感じた。あり得るのだろうかこんな甘美な食べ物の存在が。しかし、目の前にあって、それを食べているのだからどれほど否定しようが、事実が男の首を横に振ることを許さなかった。
「ああ、あああ、何だこりゃ。今まで食ったことがない。コイツは良い。美味いし、ペッアで火照った体が冷えていくぞ」
男は食べ終えると、満足げな表情で腹をさすり、恐れ入ったと黒羽とレアに頭を下げる。周りでそんなやり取りを見ていた客達が、一斉に詰めかけ、口々に
「おい、どんな味なんだ?」
「俺にも食わせてくれ」
「私はペッアも食べてみたいわ」
と、催促しだした。
「押さないでください。まだありますから。お母さん。用意するから手伝って」
エメの背中を押して、調理場に向かうレアが、照れくさそうに黒羽にありがとうと告げる。頬が赤く、少し苦しそうに胸を押さえていたのは、きっと客の熱気が凄まじかったからではないはずだ。
「頑張りすぎかな? ちょっと具合が悪そうだ」
まあ、レアの様子を察するのは、黒羽には難しすぎたわけだが。
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