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第34話 第十章 死闘④
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代弁者は大いに困惑する。きっと、代弁者は狂っていなかったとしても、この局面で話す黒羽の気持ちが理解できなかったに違いない。
「アッハハハ、秋仁。もっと他に言うことあるでしょう」
黒羽が声のした方を見ると、肩で息をしている相棒がそこにいた。
「お、おい。大丈夫か? 血まみれだぞ」
「平気よ。それより、そっちもいい感じで盛り上がっているみたいじゃない。私も混ぜなさいよ」
「ああ、もちろんだ。商売の邪魔をする馬鹿を追い払うぞ」
「はーい。マスター」
互いの拳をぶつけ合い、気合十分の二人に、代弁者は憤怒と喜びが入り混じった表情になり、剣を担いだ。
「さあ、もう、ウアハア、我慢できませんよぉぉ」
――狂気の叫びが、天頂を過ぎし空に響き、叫び声を追いかけるように甲高い金属音が、こだました。
「グ、ク、ヌウ」
「無駄ですよ、駄目ですよ、いけませんよ。ウロボロス量の違いが、ここまで顕著だと我々に勝てません。理解なさい」
「あいにく、経営者は不利になったくらいであきらめるようなら務まらない。そこのところ、お前こそ理解してもらおうか」
軽口に反して、黒羽の様子は深刻だ。筋肉が悲鳴を上げ、骨が粉々になりそうな音で軋む。
超重量の剣を受け止めた状態で、歯を食いしばり耐えるので精いっぱいだ。
「ほーら、どんどん地面にめり込んでいきますよ」
重力に潰され、足がくるぶしの辺りまで埋まっていく。
こめかみから顎に伝って落ちた汗が地にぶつかって飛び散り、鍔迫り合いを演じる刀から火花が生じる。
黒羽は舌を巻く。必死なのは自分と彩希だけ。代弁者は涼しげに、力を込めてなお押しつぶしてくる。
「グク、あああああ。このまま、やられるかよ」
刀で剣を受け流しつつ、剣身を真横から膝で蹴る。
右足のすぐ近くの地面を容易に抉り沈んだ剣に、ヒヤリとしたものを感じた。
「秋仁! あぶない」
「え?」
ホッとしたのも束の間、目の前に代弁者の顔が迫る。
「この、離せ」
首を掴まれ、地面に叩きつけられた。全身に走る衝撃に、頭がぼんやりとする。
何度も、何度も。丹念に打ち付けられて、体は痛みのシグナルでいっぱいになる。
黒羽は懸命に代弁者の手を殴って拘束を解こうとするが、彼の手と自身の首が繋がってしまったように、剥がれる気配がない。
「離しなさい。ど変態男」
変身を解いた彩希が、代弁者の顔を殴り、ようやく手と首が離れる。
無様に地面へ二回ほどバウンドして、やっと体は止まった。
仰向けの状態で横たわる黒羽の視界には、怯えたように揺れる木の枝が見えた。
どうして枝を眺めているのか。意識が途切れかかっている黒羽はすぐに答えに辿りつかない。
「体が、砕けそうなほど痛い」
呟いた言葉が鼓膜を震わせ、ふと気付く。鼓膜が他の音でも震えていることに。
激しい音だ、と黒羽は顔を真横に向けると、彩希が懸命に代弁者と戦っている姿が見えた。
――そうだ。俺は戦闘をしていた。
ようやく意識がはっきりとした黒羽は、体を起こそうともがくが、意思の糸が断ち切れたように、体は思うように動かせない。
――このままでは彼女は死んでしまう。
「それだけは防ぐ。……クソ、動けよ俺の体」
「寝とけよ。お姫様を救うのは、俺の役目だ。アンタは休んでな」
この声は、もしや。
黒羽はぎこちない動作で首を動かすと、そこにいた見覚えのある男の姿を見つけ、嬉しさに頬を緩ませた。
「そんな体で何ができる?」
「アンタに言われたくねえな。まあ、見てなって。俺がカッコいい漢の生きざまってヤツを教えてやるぜ」
男は外れた肩を入れ直し、晴れやかに笑って見せた。
※
「やあああああ」
彩希は一撃一撃に気迫を込めて拳を振るう。
代弁者は見た目は冴えない”オジサン”だが、体をくねらせる独特の動きで器用に躱す。
やはり、このままでは勝てそうにない。彩希は悔しげにポケットをチラリと見た。
「おや、妹さんは残念ですね。お兄さんに比べると、大したことがない」
「うるさいわね。私は元々戦う女じゃないのよ」
「じゃあ、早く死になさい。そして、早く武器になってください。無駄な時間ですよ」
嘘をつけ、と内心毒気づく。彩希が避けられるようにわざと遅く剣を振るい、少しずついたぶって楽しんでいる。
(本当に気に食わない)
逆転は絶望的だ。と、すれば逃げるべきなのだが、全員が満身創痍の状況では、それも難しい。
(だったら、倒すしかない。でも)
「ほい、さあ、どうだ」
代弁者がそれを許すとは思えない。
「この。アンタの喋り方イラつくのよ」
彩希はスライディングで振るわれた剣を躱し、その勢いを保ったまま代弁者の足を蹴り飛ばした。
宙に舞う代弁者の体。彩希は好機を逃すものかと、ウロボロスで限界まで強化した蹴りを放つ。
しかし、狂人の頬に笑みが確認できた時、己の軽率さに顔を凍らせた。
「死になさい」
蹴りをいなされ、心臓目がけて拳が飛来してきた。
やけに、拳がスローモーションに見えた。
(こんなところで、私は終われない)
彩希は鋭い視線で絶望を指す。迫る絶望を前にしても折れない彼女の心は素晴らしい。
だが、時を止める魔法はない。
「おらよ」
――けれども、飛来した槍が最悪の結末を止めた。
「グヘエエエ、痛いじゃないですか。誰です」
「俺です、だ。どうだ、ちったあ、効いたかよ」
「あ、あなたは」
彩希は目を見開く。視線の先には、
「やあ」
赤毛の髪を風になびかせ、濃い茶色のウロボロスを湯気のように立ち上らせた色男が立っている。
「麻薬で正気を失ったんじゃ?」
「少し、野郎に活を入れられて、目が覚めたぜ。彩希ちゃん、ここは俺が食い止めるから、逃げな。こんな体でも時間稼ぎくらいできる」
ニコロの言葉で、彩希の頭の中に、前回の記憶が横切った。冗談でない。彩希は一喝した。
「馬鹿! 前回と同じことしに来たわけじゃないわ。私達はあなたを助けに来たのよ」
「で、でもよ、彩希ちゃん。野郎を倒すのは無理だ。せめて君達だけでも」
「ああもう、うるさい。黙って時間を稼いで。私に秘策があるのよ」
「秘策? ……よく分かんねえけど分かった」
彩希は鮮やかに笑い、その場を離れた。
「秋仁、大丈夫なの? 動けるならこっちへ」
アジトの跡地から離れれば、周りは木々が隙間なく生えている。彩希は黒羽を連れて、木の幹に隠れた。
「秋仁、まだ戦えるかしら?」
「もちろんだ。体のあちこちが痛いけど、ニコロが作ってくれた時間で、少しマシになったかな」
「それは良いニュースね。でね、あなたにやってもらいたいことがあるの。ひとまずこれを見て」
彩希はジーンズのポケットから一枚の紙を取り出した。
「これは? 文字が書かれているようだけど」
「聖剣・魔剣の製造過程と材料が書かれている用紙よ。アネモイが持っていたのを、私がちょっと借りたの」
にんまりと笑う彩希に、黒羽は呆れた。
「借りたはウソだろう」
「いいじゃない。それより、私は今からこれを読んで、体を聖剣に造り替えるから、あなたは私とあそこで伸びてるキースを守って。ウロボロスは全部あなたに譲るわ」
「そんなに時間がかかるのか?」
彩希は人差し指でこめかみをトントンと叩くと、
「ざっと五分くらいかしら」
とだいたいの時間を提示した。
「分かったよ。頼むぞ」
黒羽は言うや否や木の幹から飛び出した。
「さて、あの人に合いそうな聖剣はこれかしらね」
彩希は聖剣のデータを頭に叩き込むと、静かに目を閉じる。
五感を切り離し、感覚は己の内に向ける。
一つ、二つの呼吸。それだけで、彩希は深山のような心持ちになった。
――紙に記された文字が、頭の中を駆け抜け、一つの剣が形作られる。それはさながら、画家が空想を絵にする過程に似ているかもしれない。
彩希の心の中にあるスケッチブックは、描き出す。いかな状況でも打破する英雄の武器。その鮮明なる姿を。
「アッハハハ、秋仁。もっと他に言うことあるでしょう」
黒羽が声のした方を見ると、肩で息をしている相棒がそこにいた。
「お、おい。大丈夫か? 血まみれだぞ」
「平気よ。それより、そっちもいい感じで盛り上がっているみたいじゃない。私も混ぜなさいよ」
「ああ、もちろんだ。商売の邪魔をする馬鹿を追い払うぞ」
「はーい。マスター」
互いの拳をぶつけ合い、気合十分の二人に、代弁者は憤怒と喜びが入り混じった表情になり、剣を担いだ。
「さあ、もう、ウアハア、我慢できませんよぉぉ」
――狂気の叫びが、天頂を過ぎし空に響き、叫び声を追いかけるように甲高い金属音が、こだました。
「グ、ク、ヌウ」
「無駄ですよ、駄目ですよ、いけませんよ。ウロボロス量の違いが、ここまで顕著だと我々に勝てません。理解なさい」
「あいにく、経営者は不利になったくらいであきらめるようなら務まらない。そこのところ、お前こそ理解してもらおうか」
軽口に反して、黒羽の様子は深刻だ。筋肉が悲鳴を上げ、骨が粉々になりそうな音で軋む。
超重量の剣を受け止めた状態で、歯を食いしばり耐えるので精いっぱいだ。
「ほーら、どんどん地面にめり込んでいきますよ」
重力に潰され、足がくるぶしの辺りまで埋まっていく。
こめかみから顎に伝って落ちた汗が地にぶつかって飛び散り、鍔迫り合いを演じる刀から火花が生じる。
黒羽は舌を巻く。必死なのは自分と彩希だけ。代弁者は涼しげに、力を込めてなお押しつぶしてくる。
「グク、あああああ。このまま、やられるかよ」
刀で剣を受け流しつつ、剣身を真横から膝で蹴る。
右足のすぐ近くの地面を容易に抉り沈んだ剣に、ヒヤリとしたものを感じた。
「秋仁! あぶない」
「え?」
ホッとしたのも束の間、目の前に代弁者の顔が迫る。
「この、離せ」
首を掴まれ、地面に叩きつけられた。全身に走る衝撃に、頭がぼんやりとする。
何度も、何度も。丹念に打ち付けられて、体は痛みのシグナルでいっぱいになる。
黒羽は懸命に代弁者の手を殴って拘束を解こうとするが、彼の手と自身の首が繋がってしまったように、剥がれる気配がない。
「離しなさい。ど変態男」
変身を解いた彩希が、代弁者の顔を殴り、ようやく手と首が離れる。
無様に地面へ二回ほどバウンドして、やっと体は止まった。
仰向けの状態で横たわる黒羽の視界には、怯えたように揺れる木の枝が見えた。
どうして枝を眺めているのか。意識が途切れかかっている黒羽はすぐに答えに辿りつかない。
「体が、砕けそうなほど痛い」
呟いた言葉が鼓膜を震わせ、ふと気付く。鼓膜が他の音でも震えていることに。
激しい音だ、と黒羽は顔を真横に向けると、彩希が懸命に代弁者と戦っている姿が見えた。
――そうだ。俺は戦闘をしていた。
ようやく意識がはっきりとした黒羽は、体を起こそうともがくが、意思の糸が断ち切れたように、体は思うように動かせない。
――このままでは彼女は死んでしまう。
「それだけは防ぐ。……クソ、動けよ俺の体」
「寝とけよ。お姫様を救うのは、俺の役目だ。アンタは休んでな」
この声は、もしや。
黒羽はぎこちない動作で首を動かすと、そこにいた見覚えのある男の姿を見つけ、嬉しさに頬を緩ませた。
「そんな体で何ができる?」
「アンタに言われたくねえな。まあ、見てなって。俺がカッコいい漢の生きざまってヤツを教えてやるぜ」
男は外れた肩を入れ直し、晴れやかに笑って見せた。
※
「やあああああ」
彩希は一撃一撃に気迫を込めて拳を振るう。
代弁者は見た目は冴えない”オジサン”だが、体をくねらせる独特の動きで器用に躱す。
やはり、このままでは勝てそうにない。彩希は悔しげにポケットをチラリと見た。
「おや、妹さんは残念ですね。お兄さんに比べると、大したことがない」
「うるさいわね。私は元々戦う女じゃないのよ」
「じゃあ、早く死になさい。そして、早く武器になってください。無駄な時間ですよ」
嘘をつけ、と内心毒気づく。彩希が避けられるようにわざと遅く剣を振るい、少しずついたぶって楽しんでいる。
(本当に気に食わない)
逆転は絶望的だ。と、すれば逃げるべきなのだが、全員が満身創痍の状況では、それも難しい。
(だったら、倒すしかない。でも)
「ほい、さあ、どうだ」
代弁者がそれを許すとは思えない。
「この。アンタの喋り方イラつくのよ」
彩希はスライディングで振るわれた剣を躱し、その勢いを保ったまま代弁者の足を蹴り飛ばした。
宙に舞う代弁者の体。彩希は好機を逃すものかと、ウロボロスで限界まで強化した蹴りを放つ。
しかし、狂人の頬に笑みが確認できた時、己の軽率さに顔を凍らせた。
「死になさい」
蹴りをいなされ、心臓目がけて拳が飛来してきた。
やけに、拳がスローモーションに見えた。
(こんなところで、私は終われない)
彩希は鋭い視線で絶望を指す。迫る絶望を前にしても折れない彼女の心は素晴らしい。
だが、時を止める魔法はない。
「おらよ」
――けれども、飛来した槍が最悪の結末を止めた。
「グヘエエエ、痛いじゃないですか。誰です」
「俺です、だ。どうだ、ちったあ、効いたかよ」
「あ、あなたは」
彩希は目を見開く。視線の先には、
「やあ」
赤毛の髪を風になびかせ、濃い茶色のウロボロスを湯気のように立ち上らせた色男が立っている。
「麻薬で正気を失ったんじゃ?」
「少し、野郎に活を入れられて、目が覚めたぜ。彩希ちゃん、ここは俺が食い止めるから、逃げな。こんな体でも時間稼ぎくらいできる」
ニコロの言葉で、彩希の頭の中に、前回の記憶が横切った。冗談でない。彩希は一喝した。
「馬鹿! 前回と同じことしに来たわけじゃないわ。私達はあなたを助けに来たのよ」
「で、でもよ、彩希ちゃん。野郎を倒すのは無理だ。せめて君達だけでも」
「ああもう、うるさい。黙って時間を稼いで。私に秘策があるのよ」
「秘策? ……よく分かんねえけど分かった」
彩希は鮮やかに笑い、その場を離れた。
「秋仁、大丈夫なの? 動けるならこっちへ」
アジトの跡地から離れれば、周りは木々が隙間なく生えている。彩希は黒羽を連れて、木の幹に隠れた。
「秋仁、まだ戦えるかしら?」
「もちろんだ。体のあちこちが痛いけど、ニコロが作ってくれた時間で、少しマシになったかな」
「それは良いニュースね。でね、あなたにやってもらいたいことがあるの。ひとまずこれを見て」
彩希はジーンズのポケットから一枚の紙を取り出した。
「これは? 文字が書かれているようだけど」
「聖剣・魔剣の製造過程と材料が書かれている用紙よ。アネモイが持っていたのを、私がちょっと借りたの」
にんまりと笑う彩希に、黒羽は呆れた。
「借りたはウソだろう」
「いいじゃない。それより、私は今からこれを読んで、体を聖剣に造り替えるから、あなたは私とあそこで伸びてるキースを守って。ウロボロスは全部あなたに譲るわ」
「そんなに時間がかかるのか?」
彩希は人差し指でこめかみをトントンと叩くと、
「ざっと五分くらいかしら」
とだいたいの時間を提示した。
「分かったよ。頼むぞ」
黒羽は言うや否や木の幹から飛び出した。
「さて、あの人に合いそうな聖剣はこれかしらね」
彩希は聖剣のデータを頭に叩き込むと、静かに目を閉じる。
五感を切り離し、感覚は己の内に向ける。
一つ、二つの呼吸。それだけで、彩希は深山のような心持ちになった。
――紙に記された文字が、頭の中を駆け抜け、一つの剣が形作られる。それはさながら、画家が空想を絵にする過程に似ているかもしれない。
彩希の心の中にあるスケッチブックは、描き出す。いかな状況でも打破する英雄の武器。その鮮明なる姿を。
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