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第20話 第七章 悪意の寝床①

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「カリム様、ご相談したいことが」
 野太い声は、部屋の外から聞こえてくる。カリムは、腰かけていた椅子から立ち上がると、ドアではなく窓に近寄っていった。
「どうした?」
「ハ、実は敵国についたドラゴンの反撃が凄まじく、苦戦を強いられております。どうか、増援部隊を派遣してはくれないでしょうか?」
 真昼の穏やかな太陽が降り注ぎ、自然豊かな庭園が窓の外に広がっているが、鳥達の美しき鳴き声は聞こえてこない。
 その理由は、一目瞭然だ。巨大な赤き竜が、庭園にどっかりと座り込んでおり、鳥どころか近くにいた人間も怯えていた。
「よかろう。ただし、人間の増援しか送れん。それで苦しいようであれば、また報告しろ」
「ハ、ありがとうございます。それでは、戦線へ戻ります。必ずやオール帝国に勝利を。そして、あなたに最高のご報告ができるように努めさせていただきます」
 言い終えると、燃えるような赤い翼を広げドラゴンが空へ舞った。台風のような風の後、再び静けさを取り戻した庭園から視線を外すと、カリムは疲れたように椅子へと座った。
「頭が痛いことこの上ない。何故、人間に味方をする」
 拳をテーブルの天版に叩きつける。室内に鈍い音が響き、カリムは顔を手で覆い吐息を漏らした。
 怪我が治りきっていないが、カリムはひたすら働き続けている。
 まともに睡眠をとったのは、どれくらい前だっただろうか? 考えて、ふいに笑い出す。代弁者に返り討ちにあって、アネモイに連れ帰られた時だった。
「いかんな。今は状況も落ち着いてきた。少し、休むとしよう」
 椅子の背もたれを倒し、ゆっくりと目を瞑る。眠りはすぐに訪れた。
 深く、深くどこまでも深い眠り。誰も彼の眠りを邪魔しないはずだった。
「嫌だ。助けてくれ」
「どうして、こんなことに」
「お前らドラゴンは悪魔の化身だ」
 過去の記憶が、悪夢となってカリムに襲い掛かる。現実の世界であれば、腕を振るい、火を吐けば大抵の生き物は黙り込む。けれども、夢は夢であるがゆえに強く、カリムに成す術はなかった。
「ウアアアアアア」
 叫び声を上げながら、カリムは跳ね起きた。室内に太陽の光はなく、夜の暗さだけがあった。
 結構な時間を眠っていたらしい。寝汗で濡れた服を苛立たしそうに脱ぎ捨て、水差しの水を飲んだ。
 水が喉を通り抜け、体に溜まった熱が少しだけ和らぐ。心臓は激しく脈打ち、未だに悪夢に打ち勝てぬ自身に激しい怒りを感じた。
「グアアアア」
「ん?」
 獰猛な肉食獣のような鳴き声とともに、コウモリに似た魔物が窓から入ってくる。連絡用に用いるバッド・シュラだ。カリムは、足に括り付けられている手紙に気付き、解くとバッド・シュラにエサを与えてやった。
「……アネモイか」
 ウッドデスクの片隅に置かれた光源石のランプに、ウロボロスを流した。闇が沈む部屋は、ほのかに輝く光によって明るさを少しばかり取り戻す。
 丁寧に折りたたんだ手紙を広げ、感心する。教科書に載せてもいいほど、達筆な文字である。読みやすくてありがたい。だが、カリムの顔は読み進めるほどに苦しげに歪んでいく。
「アネモイ。あやつ、妹を殺すつもりだな」
 手紙を放り投げ、カリムは部屋を飛び出した。宙にひらりひらりと舞った手紙は、テーブルの上に落ちると光源石の光を淡く浴びた。
 照らし出された文面には、代弁者の調査状況と、彩希・黒羽を発見したという内容が記されていた。
 ※
「さて、ワトソン君、一体どこが怪しいと思うかね」 
 彩希の口調に、黒羽は驚く。
「待て、お前どこでその言葉を覚えた」
「店にたまにやってくる玉木ちゃんが、読書好きでね。そんな感じのセリフが出てくるって教えてくれたの。早く文字を覚えて、私も本を読めるようになりたいわ」
 彼女は面倒くさがりやだが、勉強家なのだ。好奇心旺盛で、特に始まりの世界――黒羽達の世界――の知識には興味津々のようだ。
「今度、ひらがなを教えてやるよ」
「本当! ひらがなってあれよね。難しくない感じの」
「むう。まあ、そうかな。……さて、それはさておき、どこを探るかっていうと、まずは宿屋が良いか。ここから近いし」
 黒羽達が泊まる宿『潮騒』は、安いがそれなりの質を備えた宿として、なかなかに人気があるらしい。
 一階のカウンターで、黒羽達を出迎えてくれる若い男の名はデニス。親切なお兄さんを、思い浮かべればきっと、彼のような顔が当てはまることだろう。
「えっと、あの人のこと何か聞いてるかしら?」
「デニスさんは、北の寒い地方からこっちにやってきた人で、普段は温厚な人として慕われているらしい。でも、宿屋連盟に加入しているから、魔法は最強でないとおかしい」
 宿屋連盟とは、トゥルーのあらゆる国に属さない都市同盟である。各国の都市にある宿屋全てがその同盟の一員であり、都市の支配層に意見を言えるほど、権力は高い。
 トゥルーではその昔、宿屋を経営する人々が、強盗や暴行などの被害者となる事件が横行していた。各宿屋はそれに対抗すべく、宿屋連盟を設立。以来、高魔力の魔法を行使できる者だけが資格を得て、宿屋を経営できる仕組みが出来上がった。つまりは、宿屋の経営者とは、最強の魔法使いの証でもあるのだ。
「確かめる方法は一つ。彼に高魔力の魔法を使ってもらうことだ。まあ、見てろ。喫茶店の経営者たるもの、口が達者でなければならない。代弁者かどうか、上手く確かめてやるさ」
 宿に入るなり、自信満々に黒羽はカウンターへと向かった。明るい表情で挨拶してくれるデニスに、黒羽は彼以上の明るさで会話を始める。
「今日もお昼は暑かったですね」
「はい、本当に。生まれも育ちも雪国ですから、来て一年ほどの私には辛いですよ」
「なるほど。プリウに来てまだ一年なんですね。僕はまだ数日ほどですが、物騒で怖い思いをしています。宿屋連盟に加入できるほど魔法が達者なデニスさんでしたら、心配ないかもしれませんがね」
 とんでもない、と首を振るデニスに、黒羽は弱々しそうな声で言った。
「あの、良かったら魔法を見せてくれませんか。それも、高魔力な魔法です。簡単には真似できないと思いますが、練習したいと考えてまして」
 黒羽は内心ほくそ笑んだ。プリウの事情を絡めた自然な誘導。ここで断るようなら、代弁者である可能性は高いだろう。
「高魔力な魔法ですか。いや、危ないですよ。僕が使える魔法は、どれも攻撃に特化したものばかりで、ここで発動させれば、お客様に大変な迷惑をかけてしまいます」
 黒羽は困ったように頭を掻いた。魔法とは、体感的なものである。火の魔法を扱うためには、火の魔法を発動させる感覚が優れてなければならない。よって、デニムのように偏った魔法使いもいるわけで、こういう風に断られてしまえば、代弁者かどうかも判別しにくい。
「すまない、彩希。確証は得られなかった」
 悔しさをにじませた顔で歩いてきた黒羽の肩を、彩希はポンと叩くと、自信ありげに「私に任せなさい」と言った。彼女の自信のほどは、躍るようなステップで歩く後ろ姿からも見て取れる。
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