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第18話 第六章 疑惑①
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プリウの港周辺には、新鮮な魚介料理を提供する店が軒を連ねている。その一角、『フィッシュ&オレンジ』に黒羽達はいた。
「ハア、どうする。全然、代弁者の情報が集まらないぞ」
黒羽は、フライフィッシュのから揚げを、ナイフとフォークで器用に切り分けつつため息をついた。
「だあ、止めろ。ため息なんて聞いてたら、こっちの飯まで不味くなる」
ニコロはそうわめくと、すぐに皿へと向き直る。彼の皿には、オレンジソースと魚の肝を混ぜて作ったソースが絶品のフィッシュビーンズソテーが、美味しそうに乗っている。
彩希はその言葉に同意し、海底貝の煮物をマイ箸でぎこちなく食べた。
「あら、美味しい。そうよ、秋仁。ニコロの言う通り、ため息をしても状況は変わらないわ。ああ、もう。どうしてこう、箸って難しいのかしら」
「そうは言ってもな。こうも音沙汰なしだと、焦るものだろう」
彩希に箸の使い方をレクチャーする黒羽は、肩をすくめた。
「まあ、ヤツはただ強いだけじゃなくて、狡猾だからな。すぐには尻尾を見せねえさ」
よほど好物なのだろう。がっつくように食べるニコロに、嫌な顔をしながらも黒羽は疑問を口にした。
「お前、そういえば、どうしてそこまで代弁者のことを知っているんだ? いや、代弁者だけじゃない。ドラゴンの事情にも詳しいように感じるが」
ニコロは、暴れ馬のように動かしていたスプーンを止め、がぶがぶと水を飲んだ。
「そっか。まだ、話してなかったな。まあ、あんたの秘密を聞いたんだ。そっちばっかじゃ、フェアじゃねえよな」
彼は立ち上がると、外に出ようと顎で指し示した。
「腹も膨れたし、ちょっと外で話そうぜ。もちろん彩希ちゃんにも聞いてほしい」
「待ちなさい!」
鋭い声に、ニコロは身構えた。
「まだ、私達は食べ終わってないわ。あなたも、皿の端っこに魚の破片が散らばってるわよ。きっちり食べ終わってから出ましょう」
がっくりと脱力したニコロは、大人しく席に座る。彩希は満足そうに頷くと、「すいません。フルーツ全乗せケーキください」と注文し、さらにニコロは脱力した。
――たっぷり一時間はかけて食事をし終えた一行は、船着き場の一角に陣取った。しばらくは船も来ないらしく、貸し切り状態となったこの場所で、ニコロは静かに語りだした。
「俺さ、実は物心ついた時から、両親がいなかったんだ。でも、寂しくはなかった。親父がいた。それも、ドラゴンの親父が」
黒羽は驚いたが、彩希の表情は特段変化はなく、むしろ納得した様子である。
「なるほどね。稀にいるのよ、人を育てるドラゴンが。まあ、会話が通じるし、人の価値観に近いドラゴンもいるから、それほどおかしな話じゃないわ。続けて」
「ああ。それで、俺の父親だったドラゴンは、地のドラゴン『アース』。シンプルに親父って呼んで慕ってたよ。人里離れた森でドラゴンと人間の子供が一人。それでも、幸せだったんだ。でも」
柔らかな風が吹き、遠くの空で伸び伸びと鳥が飛んでいる。潮の匂いが心地よく、桟橋で荷物を運んでいる人々の顔は笑顔一色に染まっている。
だが、穏やかな太陽の光でさえも、ニコロの顔を明るく照らすことはできなかった。
「死んじまったよ。幼い俺を残して、逝っちまった。代弁者のクソ野郎が、親父と俺を騙したんだ」
「……騙したってことは、初めから殺意をむき出しに近づいてきたわけではないのね」
彩希の言葉に、寂しげな笑みで肯定し、懐からクリアフレッシュと呼ばれる葉を取り出し、口に含んだ。
「フー、そう。親父は温厚なドラゴンだった。人は滅諦に近づかなかったが、時折知恵を求めてやってくる人がいれば、丁寧に教えてやっていた。ヤツはそんな親父の優しさに付け入ったのさ。
狂った本性を隠して、こういった。「息子さんは、人間です。大人になった時、人間社会に溶け込めないと不便でしょう。ですから、ひと月に一度は、私の村に息子さんを預けて、人に慣れる訓練をしてみては」ってな。
親父は、自分といるよりも、いずれ人間と一緒に過ごす生活をって考えていたらしくてな。丁度良かったと、喜んでヤツの提案に乗った」
幼い頃に両親を亡くし、今は亡き祖父に育てられた黒羽には、何となくアースの気持ちが分かる気がした。
「ヤツは何度も訪れ、その度に俺を村に連れて行った。信頼していたよ。それは親父も同じだった。初めは心配そうな親父も、楽しそうに人間の生活に馴染む俺を見て、嬉しそうにしていた。だから、俺を送り出す時、親父は気が緩んでいたんだ、きっとな。
……ある日、俺が村に預けられた帰りに、いつも通り村の人が操る馬車に揺られて森に向かっていた。村人に教えてもらった文字で書いた手紙を持って、俺はわくわくしていた。感謝の気持ちを綴った手紙だ。絶対に、泣いて喜ぶに違いないって。でも、その手紙は届けられなかった」
ニコロの声は、およそ人間の声らしくなく、感情の色がなかった。機械的に、淡々と、ただの事実として話す。
「親父は、体中切り裂かれて死んでいた。恐らくドラゴニュウム精製炉を抜き取るために、そうしたんだ。訳が分からず駆け寄って、感情のままに泣いた。幼い俺は、理解ができなくて。ただ悲しいってことだけが分かった。頬を濡らす涙が枯れて、汗でぐっしょりになった体が寒さで震えた頃に、ようやく俺は気を失って倒れた。
気が付いた時、俺は村のいつも世話になっている夫婦の寝室で横になっていた。起き上がった時、夫婦は泣いて俺に謝罪したよ。脅されていたと、従わなければ、村人全員とお前達の子供を殺すと。でもよ、あの野郎、何したと思う」
声は相変わらず無機質だが、握った彼の拳から血が滴り落ちた。
「フギャア」
近くを通りかかった猫が、怯えた声で遠ざかるのを見届けて、ニコロは言葉を絞り出した。
「代弁者のクソ野郎は、その夫婦の娘を殺して、遺体を家の玄関に丁寧に送り付けて行きやがった。「あなた方の献身のおかげで、ドラゴン退治は滞りなく完了しました、ありがとう。褒美として、娘さんには名誉ある実験に参加してもらった」って腹が立つほど、綺麗な字で書いた手紙を添えてな。その先は、つまらねえもんさ。夫婦にそのまま引き取られた俺は、十六に村を出て、冒険者として活動した。全ては、ヤツにこれまでのツケを支払ってもらうためにな」
痛々しくて。でも、ここで泣くのは必死に堪えているニコロに失礼な気がして、黒羽は顔を背けた。
町の人々の楽しそうな喧騒が、どこか遠い世界のように感じる。
心地の悪い空気が流れゆくなか、彩希がそっとニコロの頭を抱きしめた。
「ハ?」
「泣きなさい。人には感情があるわ。それは、押し殺すものじゃなく、自然と表に現れるもの。辛い時は涙を流し、笑いたい時は笑う。それが、人間らしい在り方でしょう」
「あ、あのな彩希ちゃん。そういうわけには……いかない、時もある。アレ?」
強く心に築いたはずの壁は、暖かな心と抱きしめられた温もりであっけなく崩れ去る。嗚咽を漏らし、ニコロは彩希の胸の中でうずくまる。猛火の如く激しい悲しみは、涙に溶けて流れゆき、地面を濡らしていく。
「代弁者」
呟いた黒羽は、己が敵対する巨悪さに怒った。人々の笑顔のために喫茶店を経営する黒羽にとって、代弁者のように人やドラゴンから全てを奪う存在は、とても容認できるものでない。
「ウ、グス。みっともねえな。大の男が、子供みたいに泣くなんてよ。でも、スッキリしたぜ。ありがとな、彩希ちゃん」
「キャ!」
場が数瞬にして凍った。ニコロの両手が、彩希の豊満な胸を鷲掴みにしている。当然の帰結だが、彼は彩希の怒りの鉄拳によって、面白いほど遠くまで殴り飛ばされた。
「ハア、どうする。全然、代弁者の情報が集まらないぞ」
黒羽は、フライフィッシュのから揚げを、ナイフとフォークで器用に切り分けつつため息をついた。
「だあ、止めろ。ため息なんて聞いてたら、こっちの飯まで不味くなる」
ニコロはそうわめくと、すぐに皿へと向き直る。彼の皿には、オレンジソースと魚の肝を混ぜて作ったソースが絶品のフィッシュビーンズソテーが、美味しそうに乗っている。
彩希はその言葉に同意し、海底貝の煮物をマイ箸でぎこちなく食べた。
「あら、美味しい。そうよ、秋仁。ニコロの言う通り、ため息をしても状況は変わらないわ。ああ、もう。どうしてこう、箸って難しいのかしら」
「そうは言ってもな。こうも音沙汰なしだと、焦るものだろう」
彩希に箸の使い方をレクチャーする黒羽は、肩をすくめた。
「まあ、ヤツはただ強いだけじゃなくて、狡猾だからな。すぐには尻尾を見せねえさ」
よほど好物なのだろう。がっつくように食べるニコロに、嫌な顔をしながらも黒羽は疑問を口にした。
「お前、そういえば、どうしてそこまで代弁者のことを知っているんだ? いや、代弁者だけじゃない。ドラゴンの事情にも詳しいように感じるが」
ニコロは、暴れ馬のように動かしていたスプーンを止め、がぶがぶと水を飲んだ。
「そっか。まだ、話してなかったな。まあ、あんたの秘密を聞いたんだ。そっちばっかじゃ、フェアじゃねえよな」
彼は立ち上がると、外に出ようと顎で指し示した。
「腹も膨れたし、ちょっと外で話そうぜ。もちろん彩希ちゃんにも聞いてほしい」
「待ちなさい!」
鋭い声に、ニコロは身構えた。
「まだ、私達は食べ終わってないわ。あなたも、皿の端っこに魚の破片が散らばってるわよ。きっちり食べ終わってから出ましょう」
がっくりと脱力したニコロは、大人しく席に座る。彩希は満足そうに頷くと、「すいません。フルーツ全乗せケーキください」と注文し、さらにニコロは脱力した。
――たっぷり一時間はかけて食事をし終えた一行は、船着き場の一角に陣取った。しばらくは船も来ないらしく、貸し切り状態となったこの場所で、ニコロは静かに語りだした。
「俺さ、実は物心ついた時から、両親がいなかったんだ。でも、寂しくはなかった。親父がいた。それも、ドラゴンの親父が」
黒羽は驚いたが、彩希の表情は特段変化はなく、むしろ納得した様子である。
「なるほどね。稀にいるのよ、人を育てるドラゴンが。まあ、会話が通じるし、人の価値観に近いドラゴンもいるから、それほどおかしな話じゃないわ。続けて」
「ああ。それで、俺の父親だったドラゴンは、地のドラゴン『アース』。シンプルに親父って呼んで慕ってたよ。人里離れた森でドラゴンと人間の子供が一人。それでも、幸せだったんだ。でも」
柔らかな風が吹き、遠くの空で伸び伸びと鳥が飛んでいる。潮の匂いが心地よく、桟橋で荷物を運んでいる人々の顔は笑顔一色に染まっている。
だが、穏やかな太陽の光でさえも、ニコロの顔を明るく照らすことはできなかった。
「死んじまったよ。幼い俺を残して、逝っちまった。代弁者のクソ野郎が、親父と俺を騙したんだ」
「……騙したってことは、初めから殺意をむき出しに近づいてきたわけではないのね」
彩希の言葉に、寂しげな笑みで肯定し、懐からクリアフレッシュと呼ばれる葉を取り出し、口に含んだ。
「フー、そう。親父は温厚なドラゴンだった。人は滅諦に近づかなかったが、時折知恵を求めてやってくる人がいれば、丁寧に教えてやっていた。ヤツはそんな親父の優しさに付け入ったのさ。
狂った本性を隠して、こういった。「息子さんは、人間です。大人になった時、人間社会に溶け込めないと不便でしょう。ですから、ひと月に一度は、私の村に息子さんを預けて、人に慣れる訓練をしてみては」ってな。
親父は、自分といるよりも、いずれ人間と一緒に過ごす生活をって考えていたらしくてな。丁度良かったと、喜んでヤツの提案に乗った」
幼い頃に両親を亡くし、今は亡き祖父に育てられた黒羽には、何となくアースの気持ちが分かる気がした。
「ヤツは何度も訪れ、その度に俺を村に連れて行った。信頼していたよ。それは親父も同じだった。初めは心配そうな親父も、楽しそうに人間の生活に馴染む俺を見て、嬉しそうにしていた。だから、俺を送り出す時、親父は気が緩んでいたんだ、きっとな。
……ある日、俺が村に預けられた帰りに、いつも通り村の人が操る馬車に揺られて森に向かっていた。村人に教えてもらった文字で書いた手紙を持って、俺はわくわくしていた。感謝の気持ちを綴った手紙だ。絶対に、泣いて喜ぶに違いないって。でも、その手紙は届けられなかった」
ニコロの声は、およそ人間の声らしくなく、感情の色がなかった。機械的に、淡々と、ただの事実として話す。
「親父は、体中切り裂かれて死んでいた。恐らくドラゴニュウム精製炉を抜き取るために、そうしたんだ。訳が分からず駆け寄って、感情のままに泣いた。幼い俺は、理解ができなくて。ただ悲しいってことだけが分かった。頬を濡らす涙が枯れて、汗でぐっしょりになった体が寒さで震えた頃に、ようやく俺は気を失って倒れた。
気が付いた時、俺は村のいつも世話になっている夫婦の寝室で横になっていた。起き上がった時、夫婦は泣いて俺に謝罪したよ。脅されていたと、従わなければ、村人全員とお前達の子供を殺すと。でもよ、あの野郎、何したと思う」
声は相変わらず無機質だが、握った彼の拳から血が滴り落ちた。
「フギャア」
近くを通りかかった猫が、怯えた声で遠ざかるのを見届けて、ニコロは言葉を絞り出した。
「代弁者のクソ野郎は、その夫婦の娘を殺して、遺体を家の玄関に丁寧に送り付けて行きやがった。「あなた方の献身のおかげで、ドラゴン退治は滞りなく完了しました、ありがとう。褒美として、娘さんには名誉ある実験に参加してもらった」って腹が立つほど、綺麗な字で書いた手紙を添えてな。その先は、つまらねえもんさ。夫婦にそのまま引き取られた俺は、十六に村を出て、冒険者として活動した。全ては、ヤツにこれまでのツケを支払ってもらうためにな」
痛々しくて。でも、ここで泣くのは必死に堪えているニコロに失礼な気がして、黒羽は顔を背けた。
町の人々の楽しそうな喧騒が、どこか遠い世界のように感じる。
心地の悪い空気が流れゆくなか、彩希がそっとニコロの頭を抱きしめた。
「ハ?」
「泣きなさい。人には感情があるわ。それは、押し殺すものじゃなく、自然と表に現れるもの。辛い時は涙を流し、笑いたい時は笑う。それが、人間らしい在り方でしょう」
「あ、あのな彩希ちゃん。そういうわけには……いかない、時もある。アレ?」
強く心に築いたはずの壁は、暖かな心と抱きしめられた温もりであっけなく崩れ去る。嗚咽を漏らし、ニコロは彩希の胸の中でうずくまる。猛火の如く激しい悲しみは、涙に溶けて流れゆき、地面を濡らしていく。
「代弁者」
呟いた黒羽は、己が敵対する巨悪さに怒った。人々の笑顔のために喫茶店を経営する黒羽にとって、代弁者のように人やドラゴンから全てを奪う存在は、とても容認できるものでない。
「ウ、グス。みっともねえな。大の男が、子供みたいに泣くなんてよ。でも、スッキリしたぜ。ありがとな、彩希ちゃん」
「キャ!」
場が数瞬にして凍った。ニコロの両手が、彩希の豊満な胸を鷲掴みにしている。当然の帰結だが、彼は彩希の怒りの鉄拳によって、面白いほど遠くまで殴り飛ばされた。
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