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第17話 第五章 思わぬ邂逅⑤
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「アレかしら?」
森の中に出現した扉から出てくるなり、彼女は瓦礫の山を指差した。
「ああ、そうだ。おい、ニコロ、そんなにビックリしなくても大丈夫だ」
「ビックリしてねえよ。”卑劣扉”如き、俺の敵じゃねえよ」
何の話だと言外に語る黒羽の瞳を無視すると、ニコロは扉を大げさな動作でくぐった。
――ここは、昨日黒羽達が偶然見つけた代弁者のアジト跡である。
結局、フレイムを見つけることができず、意気消沈の黒羽から話を聞いた彩希は、その場所へ行きたいと強く希望した。その願いを叶えるべく、この場所へ訪れたのだ。
「静かな場所ね。ここなら、気持ちよくあなた達を送ってあげられそう」
彩希は慈愛に満ちた眼差しで、瓦礫に埋まる武具を見つめた。普段とは違う彼女の表情に、黒羽は不安を覚えた。
彼女は人に裏切られた過去がありながら、実の兄であるカリムとは違う道を選んだ。しかし、今回のこの事件は、ドラゴンにとってあまりにも残酷すぎる出来事だ。この事件を終えてなお、彩希は人の味方でいてくれるだろうか。
黙り込む黒羽の肩を叩いた彩希は、両手を合わせて頭を下げた。
「ねえ、申し訳ないのだけど、瓦礫をどかすのを手伝ってくれるかしら」
「あ、ああ。おい、ニコロ」
「おうよ。早く、どけてやろうぜ」
様子が違うと言えば、ニコロも今朝は違うように感じる。どことなく、悲しそうな雰囲気なのだ。
「お前、大丈夫なのか?」
「あ? 何がだよ。俺よか、同族をこんな武具にされた彩希ちゃんの方が辛いだろうよ」
「そう……だな」
彼の返事は正論だ。だが、どこか釈然としない。
(おかしい。……でも、聞いても答えてくれなさそうだな)
黒羽は、気を取り直して瓦礫の撤去に精を出した。
「剣、鎌、槍、鞭、弓。色んな武器にドラゴニュウム精製炉を埋め込んだらしいな」
「そうね。恐ろしい男。戦闘力だけ見れば、人とドラゴンの間にある差は、絶望的と言ってもいい。それを、麻薬を使ってでも埋めてくる執念。妙な既視感があるわね」
「既視感?」
岩をどかしつつ疑問を呈す黒羽に、彩希は歯切れ悪く言う。
「うん……上手く説明できないんだけど、あの男に出会ったことはないわ。でも、あの執念に見覚えがある気がするのよね」
「執念に……。まあ、いずれにせよ、ロクなもんではないな」
この言葉を皮切りに、黒羽達は口数少なく作業に没頭した。岩を持ち上げてはどかし、武器を取り出して一か所に集める。その作業は、日が地平線に沈みゆく寸前まで行われた。
「ハア、フゥ、やっと、終わった」
タオルで汗を拭いた黒羽は、木に寄りかかり、自分達の成果を眺めた。
闇が深まる森の中に、百本以上の武器が積まれている。太陽の恩恵が薄れゆき、徐々に暗闇に塗りつぶされていく武器の山は、恐ろしくも悲しい一個の生物のようにも見えた。
「彩希ちゃん、『天帰りの儀』を行おうよ。君に見送られれば、ドラゴン達もきっと喜んでくれる」
ニコロの言葉に、首を傾げる黒羽。彩希は笑いながら相棒に説明する。
「天帰りの儀は、ドラゴン達の間で昔から行われる別れの儀式よ。ドラゴニュウム精製炉には、魂が宿ると言われていてね。死した後に、自分で天へ旅立つ子もいる一方で、未練や後悔に縛られて、いつまでもドラゴニュウム精製炉に留まっている子もいるのよ」
「だから、そんなドラゴンの魂を、送ってやる儀式が天帰りの儀ってわけだ。あんたが、ファマと戦った後に起こった現象も、その一種さ。ファインプレーって感じか」
(ニコロが何で? 人間にとっても有名な儀式なのか?)
ニコロが知っていることに黒羽は、内心驚いたが、彩希が神妙な顔つきで武器に歩み寄るのに気付き、黒羽は意識をそちらに向けた。
「辛かったでしょう。迷える魂達よ。あなた方の愁然、艱難は、私にとっても燦燦とする思いです。死したあなた方に代わって、私が無念を晴らします。だから、どうかおやすみなさい。――いずれ、私があなた方のもとへ旅立った時、良きご報告ができるように、精一杯努めさせていただきます。さあ、安からな永遠なる眠りを。さようなら」
両手を握りしめ、歌うように滑らかに紡がれる言葉は、彼らの魂に届いたに違いない。日は完全に落ち、暗闇が支配する空間に、あらゆる色の光が弾けた。ゆったりと、彩希の周辺を周り、最期の別れを告げているようである。すると、その光り輝く魂の一つが、黒羽のそばにやってきた。
「何だ? あ!」
黒羽は驚愕し、肩にかけていたタオルを落とす。彼が驚くのも無理はない。光は、スーと黒羽の二つ隣の木に移動すると、根元をその輝きで照らした。なんと、そこには炎のような花びらを揺れ動かす花があった。
「フレイムだ! ど、どうして」
黒羽の疑問に、彩希は大声で笑った。
「あなた達、昨日ここでフレイムがないって大騒ぎしていたんじゃないの? きっと、その魂はそれを聞いていたんだわ」
「そんなことが……いや、それよりもありがとうございます。これで、祭りに提供する食材が揃いましたよ」
全身で喜びを表現する黒羽に、満足したように光は左右に素早く動くと、他の魂達のもとへ戻ってゆく。
「んあ? 水晶が割れるような音。ドラゴン達が天に旅立つぜ」
ニコロの言う通りだった。渦を巻くように動いていた光は、天へ橋をかけるように昇ってゆく。高く、どこまでも高く上昇していき、最後に一際鋭く光り、跡形もなく消え去った。
森は暗闇と静寂さを取り戻し、幻想的な余韻だけが残された。
「……帰りましょうか」
「ああ、そうだな。で、だな。ちょっと、帰りにギルドに寄って良いか」
黒羽は真面目に言ったつもりだが、他のメンバーにとっては苦笑ものだ。ベガサスでさえ、おかしそうに嘶いている。
「何だよ、笑うなよ。早く報告しないと、依頼の期限が過ぎてしまうかもしれないだろ。ほら、善は急げだ」
急かす黒羽に引きずられるように、一行はプリウの町へと帰っていった。
森の中に出現した扉から出てくるなり、彼女は瓦礫の山を指差した。
「ああ、そうだ。おい、ニコロ、そんなにビックリしなくても大丈夫だ」
「ビックリしてねえよ。”卑劣扉”如き、俺の敵じゃねえよ」
何の話だと言外に語る黒羽の瞳を無視すると、ニコロは扉を大げさな動作でくぐった。
――ここは、昨日黒羽達が偶然見つけた代弁者のアジト跡である。
結局、フレイムを見つけることができず、意気消沈の黒羽から話を聞いた彩希は、その場所へ行きたいと強く希望した。その願いを叶えるべく、この場所へ訪れたのだ。
「静かな場所ね。ここなら、気持ちよくあなた達を送ってあげられそう」
彩希は慈愛に満ちた眼差しで、瓦礫に埋まる武具を見つめた。普段とは違う彼女の表情に、黒羽は不安を覚えた。
彼女は人に裏切られた過去がありながら、実の兄であるカリムとは違う道を選んだ。しかし、今回のこの事件は、ドラゴンにとってあまりにも残酷すぎる出来事だ。この事件を終えてなお、彩希は人の味方でいてくれるだろうか。
黙り込む黒羽の肩を叩いた彩希は、両手を合わせて頭を下げた。
「ねえ、申し訳ないのだけど、瓦礫をどかすのを手伝ってくれるかしら」
「あ、ああ。おい、ニコロ」
「おうよ。早く、どけてやろうぜ」
様子が違うと言えば、ニコロも今朝は違うように感じる。どことなく、悲しそうな雰囲気なのだ。
「お前、大丈夫なのか?」
「あ? 何がだよ。俺よか、同族をこんな武具にされた彩希ちゃんの方が辛いだろうよ」
「そう……だな」
彼の返事は正論だ。だが、どこか釈然としない。
(おかしい。……でも、聞いても答えてくれなさそうだな)
黒羽は、気を取り直して瓦礫の撤去に精を出した。
「剣、鎌、槍、鞭、弓。色んな武器にドラゴニュウム精製炉を埋め込んだらしいな」
「そうね。恐ろしい男。戦闘力だけ見れば、人とドラゴンの間にある差は、絶望的と言ってもいい。それを、麻薬を使ってでも埋めてくる執念。妙な既視感があるわね」
「既視感?」
岩をどかしつつ疑問を呈す黒羽に、彩希は歯切れ悪く言う。
「うん……上手く説明できないんだけど、あの男に出会ったことはないわ。でも、あの執念に見覚えがある気がするのよね」
「執念に……。まあ、いずれにせよ、ロクなもんではないな」
この言葉を皮切りに、黒羽達は口数少なく作業に没頭した。岩を持ち上げてはどかし、武器を取り出して一か所に集める。その作業は、日が地平線に沈みゆく寸前まで行われた。
「ハア、フゥ、やっと、終わった」
タオルで汗を拭いた黒羽は、木に寄りかかり、自分達の成果を眺めた。
闇が深まる森の中に、百本以上の武器が積まれている。太陽の恩恵が薄れゆき、徐々に暗闇に塗りつぶされていく武器の山は、恐ろしくも悲しい一個の生物のようにも見えた。
「彩希ちゃん、『天帰りの儀』を行おうよ。君に見送られれば、ドラゴン達もきっと喜んでくれる」
ニコロの言葉に、首を傾げる黒羽。彩希は笑いながら相棒に説明する。
「天帰りの儀は、ドラゴン達の間で昔から行われる別れの儀式よ。ドラゴニュウム精製炉には、魂が宿ると言われていてね。死した後に、自分で天へ旅立つ子もいる一方で、未練や後悔に縛られて、いつまでもドラゴニュウム精製炉に留まっている子もいるのよ」
「だから、そんなドラゴンの魂を、送ってやる儀式が天帰りの儀ってわけだ。あんたが、ファマと戦った後に起こった現象も、その一種さ。ファインプレーって感じか」
(ニコロが何で? 人間にとっても有名な儀式なのか?)
ニコロが知っていることに黒羽は、内心驚いたが、彩希が神妙な顔つきで武器に歩み寄るのに気付き、黒羽は意識をそちらに向けた。
「辛かったでしょう。迷える魂達よ。あなた方の愁然、艱難は、私にとっても燦燦とする思いです。死したあなた方に代わって、私が無念を晴らします。だから、どうかおやすみなさい。――いずれ、私があなた方のもとへ旅立った時、良きご報告ができるように、精一杯努めさせていただきます。さあ、安からな永遠なる眠りを。さようなら」
両手を握りしめ、歌うように滑らかに紡がれる言葉は、彼らの魂に届いたに違いない。日は完全に落ち、暗闇が支配する空間に、あらゆる色の光が弾けた。ゆったりと、彩希の周辺を周り、最期の別れを告げているようである。すると、その光り輝く魂の一つが、黒羽のそばにやってきた。
「何だ? あ!」
黒羽は驚愕し、肩にかけていたタオルを落とす。彼が驚くのも無理はない。光は、スーと黒羽の二つ隣の木に移動すると、根元をその輝きで照らした。なんと、そこには炎のような花びらを揺れ動かす花があった。
「フレイムだ! ど、どうして」
黒羽の疑問に、彩希は大声で笑った。
「あなた達、昨日ここでフレイムがないって大騒ぎしていたんじゃないの? きっと、その魂はそれを聞いていたんだわ」
「そんなことが……いや、それよりもありがとうございます。これで、祭りに提供する食材が揃いましたよ」
全身で喜びを表現する黒羽に、満足したように光は左右に素早く動くと、他の魂達のもとへ戻ってゆく。
「んあ? 水晶が割れるような音。ドラゴン達が天に旅立つぜ」
ニコロの言う通りだった。渦を巻くように動いていた光は、天へ橋をかけるように昇ってゆく。高く、どこまでも高く上昇していき、最後に一際鋭く光り、跡形もなく消え去った。
森は暗闇と静寂さを取り戻し、幻想的な余韻だけが残された。
「……帰りましょうか」
「ああ、そうだな。で、だな。ちょっと、帰りにギルドに寄って良いか」
黒羽は真面目に言ったつもりだが、他のメンバーにとっては苦笑ものだ。ベガサスでさえ、おかしそうに嘶いている。
「何だよ、笑うなよ。早く報告しないと、依頼の期限が過ぎてしまうかもしれないだろ。ほら、善は急げだ」
急かす黒羽に引きずられるように、一行はプリウの町へと帰っていった。
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