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第16話 第五章 思わぬ邂逅④
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「逃げられてしまったか」
アネモイは、思いっきり木を殴りつけた。煙幕で視界を封じただけでは、変身能力が使える彼女にはまるで問題がなかったが、妙なにおいのする木の実、もしくは薬を辺りにまき散らされてしまえば、鼻が効かない。
「黒髪の男か。それとも、赤毛の男か。どちらにせよ忌々しい」
頭を切り替え、本来の任務を果たすべく森を歩く。己が敬愛するカリムに、敵対する代弁者。どうやら、この森の各所にアジトを複数持っているらしきことは、掴めている。問題は、その居場所だ。
(この森は予想以上に広い。どう探すべきか?)
森の中でも、特に人目が付かぬ場所をアジトに選んでいるのは間違いがない。アネモイは、身近な岩を椅子代わりに、地図を広げ思考の海に沈む。
代弁者とて生き物であるのだから、当然のことながら、水が無ければ生きていけない。湧き水、もしくは川の近くに陣取っている可能性が高い。
(加えて、ドラゴニュウム精製炉や武器、麻薬を大量に保管する場所が必要なのだから、こじんまりとした場所や木々が複雑に生い茂っている場所は、いくら何でも選ぶまい)
アネモイは地図を仕舞うと、ジャイアントバードと呼ばれる巨鳥へと変身した。名前のわりに体は軽く、翼が異様に大きいこの鳥は、今の時期産卵期で、この辺り一帯でよく飛んでいる。
彼女は、翼を広げると大空へと飛び出した。
風を上手く掴み、滑るように空を駆けながら、下を見つめる。森の入り組んだところまでは把握できないが、川を見つけるのは苦でも何でもなかった。
「あちらを探してみるか」
細々と流れる川を見つけ、水面に触れるか触れないかの位置まで高度を下げた。ひんやりとした涼やかな風が、体の表面を撫で、心地良さに目を細める。
猛烈な勢いで後ろへ後ろへと流れゆく景色の中、気になる場所を発見した。
(……ああ、やっと一つ見つけた)
ごつごつとした巨大な岩が三つあり、一見するとただの自然物だが、うち一つは中をくり抜いて作った人工物だ。
鳥からリスの姿に変身したアネモイは、物音を立てずに室内へと忍び込む。中は思いのほか広いようで、染みこむような静けさが隅々まで満ちている。
(この臭いは……)
鉄と血の臭いが、鼻腔をくすぐり、アネモイはすぐに鼻を変身能力で閉じた。本人はここにいないようだが、存在していなくても不快な男である。
――忘れられないのは代弁者のあの目。
カリムを助けた時に、アネモイを睨んだあの目は、どう見ても狂人のそれだ。しかし、不思議と強い意思だけが感じられた。あれは、一体どういう意思なのだろうか?
(ま、狂人の考えなど分かるわけがないか)
考えるだけ不毛だと思い直した彼女は、静けさに同化するように移動する。
外からは岩のようにしか見えなかったが、窓代わりに小さな穴がいくつか開けられており、室内はそれなりに明るい。
高い位置から差し込む光は、冷たい岩肌だけを照らしているのではない。
乱雑にテーブルと地面に放り投げられた武器と防具、そして……淡い光を放つ岩に似た何か。
これはまぎれもなく、
「ドラゴニュウム精製炉か。おのれ、代弁者。すまぬ同胞よ、お前達の骸は後で回収させてもらう」
同族の哀れな姿は、見ていて腹立たしい。敵対するドラゴンを皆殺しにしてきた身なれど、決して情がなかったわけではない。むしろ、悲しさにこの身を引き裂かれる想いだった。
――ただ、カリムに対する想いの方が、重かっただけだ。
そも、人に与した時点で、アネモイにとって情はあれど理解できない存在に彼らはなってしまったのだ。そんな彼らに、敵対する以外の道はなかった。……なかったはずだ。
「……感傷に浸っている場合ではない。どこにいる代弁者」
アネモイは鼻を閉じたのでわからないが、奥に進むほど血の臭いは濃くなっていく。理由は明白。
壁に巨大な杭が二本打ち付けられており、その杭から伸びた鎖に人が数人縛りつけられている。すでに死後、数日以上経過しているだろう。
(慰み者にしたというよりは、人体実験をしたようだ。ウロボロスを人に扱わせるための実験か)
性別を問わず囚われた人々は、皮肉にも薬の影響で幸福そうな表情で固まっていた。冷たく、物言わぬ肉と化した彼らは、人に対する情を持たぬアネモイにさえ、哀れに感じた。
(同じ同族に、ここまでのことができるのか。ただ殺すのではなく、物として扱い死亡させる。人は愚かしいな)
背を向け歩き出すと、すぐに行き止まりにぶつかる。もう道はなく、ただツルツルの岩肌があるのみ。しかし、彼女は違和感に気付いた。
コレは偽装だ。風がどこかに吸い込まれている。
アネモイは、人の姿に変身し、近くにあったテーブルを全力の一撃で粉々に砕く。細足で蹴ったとは思えぬ威力によって、埃と木屑が舞い上がり、風に乗って僅かに、壁の下の方へ動いた。
「なるほど、ここか」
壁と床がぶつかる角に指を突っ込むと、丁度三本の指が入るほどの隙間がある。ウロボロスの力を活かして、強引に床を持ち上げると、真下から通路が現れた。
「一体、どこに続いているのだ」
目を猫の目に変え、ほのかに光る鉱石を通路に投げ入れる。壁の劣化具合から察するに、かなり古い地下道らしい。彼女は、躊躇することなく飛び降りた。
(待っていろ。必ず貴様に報いを受けさせる。そして、カリム様に勝利を)
足音を響かせながら、彼女は歩き出す。瞳には揺るぎない覚悟と、敵意が鋭く光り輝いていた。
アネモイは、思いっきり木を殴りつけた。煙幕で視界を封じただけでは、変身能力が使える彼女にはまるで問題がなかったが、妙なにおいのする木の実、もしくは薬を辺りにまき散らされてしまえば、鼻が効かない。
「黒髪の男か。それとも、赤毛の男か。どちらにせよ忌々しい」
頭を切り替え、本来の任務を果たすべく森を歩く。己が敬愛するカリムに、敵対する代弁者。どうやら、この森の各所にアジトを複数持っているらしきことは、掴めている。問題は、その居場所だ。
(この森は予想以上に広い。どう探すべきか?)
森の中でも、特に人目が付かぬ場所をアジトに選んでいるのは間違いがない。アネモイは、身近な岩を椅子代わりに、地図を広げ思考の海に沈む。
代弁者とて生き物であるのだから、当然のことながら、水が無ければ生きていけない。湧き水、もしくは川の近くに陣取っている可能性が高い。
(加えて、ドラゴニュウム精製炉や武器、麻薬を大量に保管する場所が必要なのだから、こじんまりとした場所や木々が複雑に生い茂っている場所は、いくら何でも選ぶまい)
アネモイは地図を仕舞うと、ジャイアントバードと呼ばれる巨鳥へと変身した。名前のわりに体は軽く、翼が異様に大きいこの鳥は、今の時期産卵期で、この辺り一帯でよく飛んでいる。
彼女は、翼を広げると大空へと飛び出した。
風を上手く掴み、滑るように空を駆けながら、下を見つめる。森の入り組んだところまでは把握できないが、川を見つけるのは苦でも何でもなかった。
「あちらを探してみるか」
細々と流れる川を見つけ、水面に触れるか触れないかの位置まで高度を下げた。ひんやりとした涼やかな風が、体の表面を撫で、心地良さに目を細める。
猛烈な勢いで後ろへ後ろへと流れゆく景色の中、気になる場所を発見した。
(……ああ、やっと一つ見つけた)
ごつごつとした巨大な岩が三つあり、一見するとただの自然物だが、うち一つは中をくり抜いて作った人工物だ。
鳥からリスの姿に変身したアネモイは、物音を立てずに室内へと忍び込む。中は思いのほか広いようで、染みこむような静けさが隅々まで満ちている。
(この臭いは……)
鉄と血の臭いが、鼻腔をくすぐり、アネモイはすぐに鼻を変身能力で閉じた。本人はここにいないようだが、存在していなくても不快な男である。
――忘れられないのは代弁者のあの目。
カリムを助けた時に、アネモイを睨んだあの目は、どう見ても狂人のそれだ。しかし、不思議と強い意思だけが感じられた。あれは、一体どういう意思なのだろうか?
(ま、狂人の考えなど分かるわけがないか)
考えるだけ不毛だと思い直した彼女は、静けさに同化するように移動する。
外からは岩のようにしか見えなかったが、窓代わりに小さな穴がいくつか開けられており、室内はそれなりに明るい。
高い位置から差し込む光は、冷たい岩肌だけを照らしているのではない。
乱雑にテーブルと地面に放り投げられた武器と防具、そして……淡い光を放つ岩に似た何か。
これはまぎれもなく、
「ドラゴニュウム精製炉か。おのれ、代弁者。すまぬ同胞よ、お前達の骸は後で回収させてもらう」
同族の哀れな姿は、見ていて腹立たしい。敵対するドラゴンを皆殺しにしてきた身なれど、決して情がなかったわけではない。むしろ、悲しさにこの身を引き裂かれる想いだった。
――ただ、カリムに対する想いの方が、重かっただけだ。
そも、人に与した時点で、アネモイにとって情はあれど理解できない存在に彼らはなってしまったのだ。そんな彼らに、敵対する以外の道はなかった。……なかったはずだ。
「……感傷に浸っている場合ではない。どこにいる代弁者」
アネモイは鼻を閉じたのでわからないが、奥に進むほど血の臭いは濃くなっていく。理由は明白。
壁に巨大な杭が二本打ち付けられており、その杭から伸びた鎖に人が数人縛りつけられている。すでに死後、数日以上経過しているだろう。
(慰み者にしたというよりは、人体実験をしたようだ。ウロボロスを人に扱わせるための実験か)
性別を問わず囚われた人々は、皮肉にも薬の影響で幸福そうな表情で固まっていた。冷たく、物言わぬ肉と化した彼らは、人に対する情を持たぬアネモイにさえ、哀れに感じた。
(同じ同族に、ここまでのことができるのか。ただ殺すのではなく、物として扱い死亡させる。人は愚かしいな)
背を向け歩き出すと、すぐに行き止まりにぶつかる。もう道はなく、ただツルツルの岩肌があるのみ。しかし、彼女は違和感に気付いた。
コレは偽装だ。風がどこかに吸い込まれている。
アネモイは、人の姿に変身し、近くにあったテーブルを全力の一撃で粉々に砕く。細足で蹴ったとは思えぬ威力によって、埃と木屑が舞い上がり、風に乗って僅かに、壁の下の方へ動いた。
「なるほど、ここか」
壁と床がぶつかる角に指を突っ込むと、丁度三本の指が入るほどの隙間がある。ウロボロスの力を活かして、強引に床を持ち上げると、真下から通路が現れた。
「一体、どこに続いているのだ」
目を猫の目に変え、ほのかに光る鉱石を通路に投げ入れる。壁の劣化具合から察するに、かなり古い地下道らしい。彼女は、躊躇することなく飛び降りた。
(待っていろ。必ず貴様に報いを受けさせる。そして、カリム様に勝利を)
足音を響かせながら、彼女は歩き出す。瞳には揺るぎない覚悟と、敵意が鋭く光り輝いていた。
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