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第6話 第二章 荒れ狂う力②

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 陽光を浴びた木の葉が作り出す影は、風の流れに合わせて地面を舞台に軽やかに舞う。
 黒羽と彩希の二人は、木の幹に背中を預け、朝の心地良い風を感じていた。
「さて、今日はどうしましょうか?」
「そうだな。ひとまずプリウを出て、目撃証言があった場所を探すか」
 懐から地図を取り出した黒羽は、盗賊がいるらしき場所をペンでマークしていく。
「結構ばらけているわね」
「みたいだな。だから、お前は鳥に変身して、偵察してくれないか。めぼしい場所を発見したら、合流しよう」
「ええー、また鳥になるの。面倒だわ」
 嫌そうな顔をする彩希に、黒羽は懸命に頭を下げる。
「すまない。今回はお前にばかり頼り過ぎて。でも、そうした方が素早く依頼を達成できるんだ」
「……ハア」
 くるりと背を向けた彩希は、ニコリと笑うと、
「仕方ないわね。まあ、今回は私のために依頼を受けてくれたわけだから……行ってくるわ」
 黒髪を軽やかに揺らし、去っていった。
 ※
 港町と呼ばれるだけあって、プリウの港や加工場などは早朝から賑やかだ。けれども、大通りの辺りは、人はまばらで、彩希にとって大変都合が良い。
(ここにしよう)
 猫のような身軽さで、人家の屋根に飛び乗ると、大鷲へと変化した。
 体の感触が人から鳥へと切り替わり、翼を広げて風を捉える。その直後、
 ――フワリ、とした浮遊感に心が歓喜し、翼を羽ばたかせて、目覚めたばかりの空を舞う。
 力強く翼を動かすごとに地は遠ざかり、視界は地平線で満たされる。
「目的地は、どこかしら」
 頭の中に地図を思い浮べる。黒羽がマークした印は四つ。
 体を左に傾け、第一目標へと向かった。
 ターゲットは盗賊。コソコソと人目を忍び、夜に活動する彼らのことだ。きっと、今の時間帯であれば、アジトで大いびきをかいて眠っているに違いない。そう予想していたが。
「いないわね」
 一つ目、二つ目はもぬけのから。三つ目は盗品らしき物が散らばっているだけで、肝心の盗賊達がいなかった。
 ため息交じりに、彼女は地表を眺める。
(……ん?)
 流れ、流れゆく景色のなか、鷲の目は異常を察知する。
 少し薄暗い谷底に、薄っすらとオレンジ色の光が灯って見えた。彩希はウロボロスを発動させ、己が身体能力を強化し、さらに細部を確認する。
「アレは……ありえないわ」
 彩希の目は信じられない光景を目にした。ウロボロスは、ドラゴンのみが扱える魔力。唯一の例外は、自身と”異種契約”を交わした黒羽秋仁のみ。
 だが、頭に赤い布を巻いた男は、その身にウロボロスを宿している。そして、手に持った剣を振り回し、破壊の限りを尽くしていた。
(まさか、秋仁と同じ始まりの世界出身者? でも、そんな感じはしないわね。……だったらどうして魔力欠乏症にならずに、ウロボロスを扱えているのかしら)
 考えても疑問は増すばかりで、答えは一向に見つからない。だが、地表では否定できない現実がある。それだけは、間違いないのだ。
 ――早く秋仁へ伝えなければ。
 彩希は方向転換し、その場を離れようとした。が、地で狂乱していた男と目が合った。
(やばい)
 心に言葉が浮かんだ時には、すでに男は彩希と同じ高度に飛び上がっていた。
 ※
「遅いな、アイツ」
 黒羽は、空を見上げ待ち人の到来を待っていた。
 太陽は真上に位置し、彼女を見送って数時間は経過している。
 美貌の文字が服を着たような女性だが、ドラゴンなのだ。きっと大丈夫だろう、と先ほどまでは思っていたが、徐々に不安が積もってきた。
 宿の入り口に立ち、彼女が飛び立ったであろう方角に顔を向けた時、
「おい」
 聞き覚えのある声がした。振り返れば、口元に笑みを浮かべた赤毛の男ニコロ・セラオがそこにいる。
「あの綺麗な女性は、どこに行ったんだ」
「君には……お前には関係ないだろう」
「つれないな。ま、言わんでもだいたいは分かる。恐らくは、偵察に行ったんだろう」
 ニコロの表情に変化はないが、黒羽はこの男の姿が少し違って見えた。
「あんた、表情を隠すのが上手いな。けど、内心ちょっと驚いてんだろ。なに、別に簡単な話だ。あんな依頼を受けたってことは、それなりにできる自信があるはずだ。で、あの人がいないってことは、彼女がその自信の根拠ってわけだ。……それにだ」
 スッと、ニコロは表情を引き締めた。静かに、しかし鮮烈な変化だった。
「長く冒険家をやってるとな、分かるんだよ。できるヤツの匂いが。あんたはできる匂いがする。そして、あの女性も。でも、なんていうか、上手くは説明できないが、彼女はちょっと違う気がする」
(コイツ……)
 一流の冒険家といった話は、どうやらウソではないらしい。黒羽は彼に対する認識を改めた。
「で、わざわざ褒めてくれるためにここへ来たのか?」
「まさか、笑わせんなよ。目的は前に話したろ。あんたが受けた依頼、俺にも手伝わせろ。この際、報酬はもういらねえ。俺は、どうしても知りたいんだ」
 軽薄そうな顔に潜む、熱意、いや執念? とにかく、ニコロの強い気持ちが彼の瞳から伝わってくる。
 数瞬、手伝ってもらおうかという考えが黒羽の頭をもたげたが、駄目だ。万が一、彩希――ドラゴン――と、自身――異世界人――の正体がバレるのだけは、避けたい。
「申し訳ないが、断る。こっちにも理由がある」
「……そうかい。まあ、だったら一人で独自に動くまでだ。邪魔したな」
 背を向け、歩き出すニコロ。だが、彼は動きを止めた。
「気が変わったら声をかけてくれ。俺は、港付近にある宿にいる。でかい宿だ、見れば分かるさ」
 それだけ言い残し、去っていった。
 ※
 夕暮れに染まる空の下、彩希は息を切らし駆けていた。
 背後には、荒れ狂う狂人の姿。振り回す一撃は、大気を穿ち、叫ぶ声は、数多の生命に畏怖を与える。
「しつこいわね」
 腕からは血が流れ、鋭い痛みが彼女の顔を苦痛に染めあげた。
「ワ! 危ないじゃない」
 不快な汗を拭う暇さえない。
 どこをどう走ったのか覚えていないが、辺りは木々がうっそうと生い茂る森の中。男はまるで木などないかのように剣を振るい、バターのようになぎ倒していく。
(ウロボロスを使って、かなりの負荷が体にかかっているはず。とっとと体力切れで、倒れてよ)
 淡い期待を抱いて後ろを振り返り、呆れて前を向く。あの様子では、何時間経っても追いかけてくるだろう。
 彼女は、目だけをフクロウの目に変化させ、ウロボロスの濃度を高めた。
(このままじゃ、まずいわね。逆転の一手、募集中っと)
 紙にしみ込む墨のように深まる闇の中、夜さえも見通すその瞳が、優雅に舞い、急下降する鳥の姿を捉えた。
「……え? もしかして」
 彩希はウロボロスの濃度を限界まで高め、地を駆ける純白の流星と化す。後を追う男は、離されまいと猛り、怒り、森を薙ぎ進んだ。
 
 ――剣を振るって、振るって、振るって。
 男の理性は蒸発し、闘争本能だけが己を律している。目の前の女を切り殺す。ただそれだけを想い、追いかけているその背中が、人のものから鳥の姿へと変貌する。
 わけがわからず、手を伸ばした。逃すまいと、必死になって指を閉じる。しかし、鳥はいつの間にか自身の背後にいた。
「墜ちろ」
 強い衝撃に押され、手足をばたつかせながら、男は落下する。
 もがいても飛べない己に怒り見上げれば、女が哀れそうな瞳でこちらを見ていた。
 ――何故? 何故? 訳が分からなかった。
 
「フウ。この先が崖で助かったわ。この高さなら、ウロボロスで強化しているといえど、大ダメージを負うでしょうし、その状態でここを上げってくるのは容易ではないっと。我ながらグッドアイデアだわ」
 ふらりと、よろめく体を支えられず、地面へと座り込む。このままではまずい、と変身を試みるが、全身を変化させるほど体力は残されていない。
「ままならないわね。腕だけを鉄に変身させて止血。後は、寝ている間に獣に襲われないように祈るだけだわ」
 薄れゆく意識で、夜へと移り変わろうとする空を見た。どうか、これが最期に見た景色となりませんようにと祈り、彼女は目を閉じた。
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