上 下
5 / 37

第5話 第二章 荒れ狂う力①

しおりを挟む
「ヘヘヘヘ、ゲハハハハハ」
 複数の下卑た笑いが、冷たい岩肌を叩く。
「お頭、やりましたね。あの村、たんまりと財宝を隠し持ってやがった」
 真っ暗な谷底にある洞窟。外には強い風が吹いて、まるでドラゴンの息吹のように恐ろしげな音が、猛り狂っている。しかし、興奮と酒で酔った彼らの耳には届かなかった。
 この場に集う誰もが、ボロボロに擦り切れた汗臭い服を着ており、顔は垢で汚れきっている。
「まあな。コイツがあれば、しばらく食い物も女も酒にも困る心配はねえ」
 パチパチと音を立てて爆ぜる焚き火に照らされているのは、彼らには似合わぬ黄金の山だ。
 頭に巻いた赤い布がトレードマークの男ファマは、部下を押しのけ、純金のブレスレットを手に取ると、無造作に宙に放る。
 その時、愉快気な声が洞窟内で反響した。
「楽しそうですね。我々も混ぜてはもらえませんか?」
 ――仲間の声ではない。
 ファマと団員は、すぐさま身構えた。
 ブレスレットは、己が身の不幸を悲しむように、涙に似た輝きを伴いながら地へと落下し、甲高い音を鳴らした。
「だ、誰だテメェ」
 入り口に、奇妙な男が一人立っている。頭頂部の髪が薄く、外見だけに意識を向ければ物乞いのようにも見える。――だが、目だけは違う。そこだけが切り取られたかのように、混沌とした狂気が渦巻き、外で荒れ狂う風でさえ可愛らしく感じられる。
「落ち着いてください。あなた方は興奮しているようだ。ええ、エリスさんのおっしゃる通り、話をするためには、まず双方が冷静でなければならない。朝露に濡れる葉のように、美しくも儚い状態でこそ人は人らしく生きられる。炎のように猛っていては、……ああ、そういえば、今朝の焚き火は火を消しましたかな? え? 消した。そうですか、それは良かったエスカさん」
 彼の異様な言葉は、怖いもの知らずの盗賊団でさえ恐怖する力があった。染み入るように、心へ入り込み、薄気味の悪い異物が暴れているような不快さに、肌がゾワリと粟立ち、ファマは苛立ちの声を上げた。
「消えろ、キチガイが! ぶっ殺すぞ」
「おお、おお。何ともまあ、物騒ですな。殺すなぞ、輝かしい人類が話すべき言葉ではありません。そうでしょう、皆さん。ああ、それよりも耳寄りな情報をお届けに参ったのですよ」
 普段の彼らならば、狂人の言葉には耳を傾けないが、異様すぎて、気味が悪すぎて、……また、不思議すぎて嫌でも耳が男の言葉を深く受け止めてしまう。
「耳よりな情報?」
「ええ、そうですとも。まずは、コレをご覧ください」
 男がファマの前に投げてよこしたのは、波打つ波形の刃がついた剣だ。かなり重たい金属が使われているようで、重量感のある音を立てて地面へと激突した。
「な、何しやがる」
 いきり立つ団員を無視し、男はファマにピタリと人差し指を突き付けた。
「持ってみてください。さあ」
 ファマは喉を鳴らし、探るような速度で剣へ手を伸ばした。
「か、飾り気もねえ剣だな」
 表面に触れた感じはただの剣だが、柄を握り持ち上げようとすると、持ち上がらない。これだけ重たいと、武器としては欠陥品である。
 ファマは馬鹿らしいと、うすら笑いを浮かべたが「待て」と呟き、凍りつく。体が震えてきた。この男は……目の前にいる男は、
「どうやってこの剣を投げたんだ。ええ? ありえねーよ。持てるわけがねえ。こんな山みたいな重量を」
「持てますよ。我々は、そしてあなたも」
 狂気が渦のように蠢く男の瞳、その奥に一つだけ強い光を放つ意志が宿った。少なくとも、ファマにはそう感じたのだ。
「さあ、我々はあなたを歓迎いたします。どうぞ、この手にある液体を飲み干しなさい。そうすればもう、極上の世界が待っていますとも」
 男の手のひらに、青みがかった紫色の小瓶が乗っている。団員達は得体の知れなさに自然と一歩後ろに下がったが、ファマは一歩、また一歩と前進した。
 男の瞳に宿る意志の光は、まるで彷徨う船を導く灯台のようだ。熱病にうなされたような心持ちで、ファマは手を伸ばし、ついに小瓶を手に取った。
「ご、極上の世界。どれくらい極上なんだ? 絶世の美女を抱いた時よりもスゲーのか」
「ハ、性欲如きが叶えてくれる快楽など、たかがしれています。これを飲み干せば、あなたは人として、何倍も上の存在になれますよ」
「何倍も……。ヘ、ヘヘヘヘヘ」
 ――荒れ狂う風の音に混じって、陽気な拍手が洞窟内で鳴り響き、それに続く形で獣のような雄叫びが天を衝いた。
 高く、鋭い雄叫びは、ドラゴンの息吹ごと食らうように破壊的な殺意に満ちていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

なんで誰も使わないの!? 史上最強のアイテム『神の結石』を使って落ちこぼれ冒険者から脱却します!!

るっち
ファンタジー
 土砂降りの雨のなか、万年Fランクの落ちこぼれ冒険者である俺は、冒険者達にコキ使われた挙句、魔物への囮にされて危うく死に掛けた……しかも、そのことを冒険者ギルドの職員に報告しても鼻で笑われただけだった。終いには恋人であるはずの幼馴染にまで捨てられる始末……悔しくて、悔しくて、悲しくて……そんな時、空から宝石のような何かが脳天を直撃! なんの石かは分からないけど綺麗だから御守りに。そしたら何故かなんでもできる気がしてきた! あとはその石のチカラを使い、今まで俺を見下し蔑んできた奴らをギャフンッと言わせて、落ちこぼれ冒険者から脱却してみせる!!

起きるとそこは、森の中。可愛いトラさんが涎を垂らして、こっちをチラ見!もふもふ生活開始の気配(原題.真説・森の獣

ゆうた
ファンタジー
 起きると、そこは森の中。パニックになって、 周りを見渡すと暗くてなんも見えない。  特殊能力も付与されず、原生林でどうするの。 誰か助けて。 遠くから、獣の遠吠えが聞こえてくる。 これって、やばいんじゃない。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

海岸でタコ助けたらスーパーヒーローになっていた。 ~正義の味方活動日記~

はらくろ
ファンタジー
時は二十一世紀。心優しい少年八重寺一八(やえでらかずや)は、潮だまりで難儀しているタコをみつけ、『きみたち、うちくる?』的に助けたわけだが、そのタコがなんと、異星人だったのだ。ひょんなことから異星人の眷属となり、強大な力を手に入れた一八、正義の味方になるべく頑張る、彼の成長をタコ星人の夫妻が見守る。青春ハートフルタコストーリー。 こちらの作品は、他のプラットフォームでも公開されています。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...