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第5話 第二章 荒れ狂う力①
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「ヘヘヘヘ、ゲハハハハハ」
複数の下卑た笑いが、冷たい岩肌を叩く。
「お頭、やりましたね。あの村、たんまりと財宝を隠し持ってやがった」
真っ暗な谷底にある洞窟。外には強い風が吹いて、まるでドラゴンの息吹のように恐ろしげな音が、猛り狂っている。しかし、興奮と酒で酔った彼らの耳には届かなかった。
この場に集う誰もが、ボロボロに擦り切れた汗臭い服を着ており、顔は垢で汚れきっている。
「まあな。コイツがあれば、しばらく食い物も女も酒にも困る心配はねえ」
パチパチと音を立てて爆ぜる焚き火に照らされているのは、彼らには似合わぬ黄金の山だ。
頭に巻いた赤い布がトレードマークの男ファマは、部下を押しのけ、純金のブレスレットを手に取ると、無造作に宙に放る。
その時、愉快気な声が洞窟内で反響した。
「楽しそうですね。我々も混ぜてはもらえませんか?」
――仲間の声ではない。
ファマと団員は、すぐさま身構えた。
ブレスレットは、己が身の不幸を悲しむように、涙に似た輝きを伴いながら地へと落下し、甲高い音を鳴らした。
「だ、誰だテメェ」
入り口に、奇妙な男が一人立っている。頭頂部の髪が薄く、外見だけに意識を向ければ物乞いのようにも見える。――だが、目だけは違う。そこだけが切り取られたかのように、混沌とした狂気が渦巻き、外で荒れ狂う風でさえ可愛らしく感じられる。
「落ち着いてください。あなた方は興奮しているようだ。ええ、エリスさんのおっしゃる通り、話をするためには、まず双方が冷静でなければならない。朝露に濡れる葉のように、美しくも儚い状態でこそ人は人らしく生きられる。炎のように猛っていては、……ああ、そういえば、今朝の焚き火は火を消しましたかな? え? 消した。そうですか、それは良かったエスカさん」
彼の異様な言葉は、怖いもの知らずの盗賊団でさえ恐怖する力があった。染み入るように、心へ入り込み、薄気味の悪い異物が暴れているような不快さに、肌がゾワリと粟立ち、ファマは苛立ちの声を上げた。
「消えろ、キチガイが! ぶっ殺すぞ」
「おお、おお。何ともまあ、物騒ですな。殺すなぞ、輝かしい人類が話すべき言葉ではありません。そうでしょう、皆さん。ああ、それよりも耳寄りな情報をお届けに参ったのですよ」
普段の彼らならば、狂人の言葉には耳を傾けないが、異様すぎて、気味が悪すぎて、……また、不思議すぎて嫌でも耳が男の言葉を深く受け止めてしまう。
「耳よりな情報?」
「ええ、そうですとも。まずは、コレをご覧ください」
男がファマの前に投げてよこしたのは、波打つ波形の刃がついた剣だ。かなり重たい金属が使われているようで、重量感のある音を立てて地面へと激突した。
「な、何しやがる」
いきり立つ団員を無視し、男はファマにピタリと人差し指を突き付けた。
「持ってみてください。さあ」
ファマは喉を鳴らし、探るような速度で剣へ手を伸ばした。
「か、飾り気もねえ剣だな」
表面に触れた感じはただの剣だが、柄を握り持ち上げようとすると、持ち上がらない。これだけ重たいと、武器としては欠陥品である。
ファマは馬鹿らしいと、うすら笑いを浮かべたが「待て」と呟き、凍りつく。体が震えてきた。この男は……目の前にいる男は、
「どうやってこの剣を投げたんだ。ええ? ありえねーよ。持てるわけがねえ。こんな山みたいな重量を」
「持てますよ。我々は、そしてあなたも」
狂気が渦のように蠢く男の瞳、その奥に一つだけ強い光を放つ意志が宿った。少なくとも、ファマにはそう感じたのだ。
「さあ、我々はあなたを歓迎いたします。どうぞ、この手にある液体を飲み干しなさい。そうすればもう、極上の世界が待っていますとも」
男の手のひらに、青みがかった紫色の小瓶が乗っている。団員達は得体の知れなさに自然と一歩後ろに下がったが、ファマは一歩、また一歩と前進した。
男の瞳に宿る意志の光は、まるで彷徨う船を導く灯台のようだ。熱病にうなされたような心持ちで、ファマは手を伸ばし、ついに小瓶を手に取った。
「ご、極上の世界。どれくらい極上なんだ? 絶世の美女を抱いた時よりもスゲーのか」
「ハ、性欲如きが叶えてくれる快楽など、たかがしれています。これを飲み干せば、あなたは人として、何倍も上の存在になれますよ」
「何倍も……。ヘ、ヘヘヘヘヘ」
――荒れ狂う風の音に混じって、陽気な拍手が洞窟内で鳴り響き、それに続く形で獣のような雄叫びが天を衝いた。
高く、鋭い雄叫びは、ドラゴンの息吹ごと食らうように破壊的な殺意に満ちていた。
複数の下卑た笑いが、冷たい岩肌を叩く。
「お頭、やりましたね。あの村、たんまりと財宝を隠し持ってやがった」
真っ暗な谷底にある洞窟。外には強い風が吹いて、まるでドラゴンの息吹のように恐ろしげな音が、猛り狂っている。しかし、興奮と酒で酔った彼らの耳には届かなかった。
この場に集う誰もが、ボロボロに擦り切れた汗臭い服を着ており、顔は垢で汚れきっている。
「まあな。コイツがあれば、しばらく食い物も女も酒にも困る心配はねえ」
パチパチと音を立てて爆ぜる焚き火に照らされているのは、彼らには似合わぬ黄金の山だ。
頭に巻いた赤い布がトレードマークの男ファマは、部下を押しのけ、純金のブレスレットを手に取ると、無造作に宙に放る。
その時、愉快気な声が洞窟内で反響した。
「楽しそうですね。我々も混ぜてはもらえませんか?」
――仲間の声ではない。
ファマと団員は、すぐさま身構えた。
ブレスレットは、己が身の不幸を悲しむように、涙に似た輝きを伴いながら地へと落下し、甲高い音を鳴らした。
「だ、誰だテメェ」
入り口に、奇妙な男が一人立っている。頭頂部の髪が薄く、外見だけに意識を向ければ物乞いのようにも見える。――だが、目だけは違う。そこだけが切り取られたかのように、混沌とした狂気が渦巻き、外で荒れ狂う風でさえ可愛らしく感じられる。
「落ち着いてください。あなた方は興奮しているようだ。ええ、エリスさんのおっしゃる通り、話をするためには、まず双方が冷静でなければならない。朝露に濡れる葉のように、美しくも儚い状態でこそ人は人らしく生きられる。炎のように猛っていては、……ああ、そういえば、今朝の焚き火は火を消しましたかな? え? 消した。そうですか、それは良かったエスカさん」
彼の異様な言葉は、怖いもの知らずの盗賊団でさえ恐怖する力があった。染み入るように、心へ入り込み、薄気味の悪い異物が暴れているような不快さに、肌がゾワリと粟立ち、ファマは苛立ちの声を上げた。
「消えろ、キチガイが! ぶっ殺すぞ」
「おお、おお。何ともまあ、物騒ですな。殺すなぞ、輝かしい人類が話すべき言葉ではありません。そうでしょう、皆さん。ああ、それよりも耳寄りな情報をお届けに参ったのですよ」
普段の彼らならば、狂人の言葉には耳を傾けないが、異様すぎて、気味が悪すぎて、……また、不思議すぎて嫌でも耳が男の言葉を深く受け止めてしまう。
「耳よりな情報?」
「ええ、そうですとも。まずは、コレをご覧ください」
男がファマの前に投げてよこしたのは、波打つ波形の刃がついた剣だ。かなり重たい金属が使われているようで、重量感のある音を立てて地面へと激突した。
「な、何しやがる」
いきり立つ団員を無視し、男はファマにピタリと人差し指を突き付けた。
「持ってみてください。さあ」
ファマは喉を鳴らし、探るような速度で剣へ手を伸ばした。
「か、飾り気もねえ剣だな」
表面に触れた感じはただの剣だが、柄を握り持ち上げようとすると、持ち上がらない。これだけ重たいと、武器としては欠陥品である。
ファマは馬鹿らしいと、うすら笑いを浮かべたが「待て」と呟き、凍りつく。体が震えてきた。この男は……目の前にいる男は、
「どうやってこの剣を投げたんだ。ええ? ありえねーよ。持てるわけがねえ。こんな山みたいな重量を」
「持てますよ。我々は、そしてあなたも」
狂気が渦のように蠢く男の瞳、その奥に一つだけ強い光を放つ意志が宿った。少なくとも、ファマにはそう感じたのだ。
「さあ、我々はあなたを歓迎いたします。どうぞ、この手にある液体を飲み干しなさい。そうすればもう、極上の世界が待っていますとも」
男の手のひらに、青みがかった紫色の小瓶が乗っている。団員達は得体の知れなさに自然と一歩後ろに下がったが、ファマは一歩、また一歩と前進した。
男の瞳に宿る意志の光は、まるで彷徨う船を導く灯台のようだ。熱病にうなされたような心持ちで、ファマは手を伸ばし、ついに小瓶を手に取った。
「ご、極上の世界。どれくらい極上なんだ? 絶世の美女を抱いた時よりもスゲーのか」
「ハ、性欲如きが叶えてくれる快楽など、たかがしれています。これを飲み干せば、あなたは人として、何倍も上の存在になれますよ」
「何倍も……。ヘ、ヘヘヘヘヘ」
――荒れ狂う風の音に混じって、陽気な拍手が洞窟内で鳴り響き、それに続く形で獣のような雄叫びが天を衝いた。
高く、鋭い雄叫びは、ドラゴンの息吹ごと食らうように破壊的な殺意に満ちていた。
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