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第4話 第一章 雲行き怪しき新天地③

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 青い鍵が手に入ったことで、異世界トゥルーでの行動範囲が広がったのは喜ばしいが、……さて、一体何が待ち受けているのやら。
 黒羽は、真っ暗闇のなかで物を探すような頼りなさを感じた。
「秋仁。あ、き、ひ、と、ってば」
 呆けている間に、けっこうな距離を歩いたようだ。黒羽の隣を歩いている彩希が、左前方を指差していた。
「あれかしら? 屈強そうな人達が沢山いるけど」
 槍を持つ女性。沢山の傷が体に刻み込まれた青年。全身を鎧で覆った筋肉質の男性。
 いかにも歴戦の勇士と呼ぶにふさわしい人々が、平屋の入り口で固まっている。
「そうだな。フラデン以外のギルドを初めてみたけど、どこもあんな感じらしい。よし、行こうか」
 扉を開けて中に入ると、あまりの人の多さに驚く。
(それなりに広い建物だろうに、こんなにいると狭いな。掲示板に行くのに一苦労だ)
 黒羽は嫌そうな顔をするが、仕方ないと諦め、人の壁に突入した。何度もぶつかり、謝りながらも着実に前進する。
 スーパーの安売りで、商品をしっかりと手に取る主婦の凄さが分かった気がした。
「キャア! グゥゥゥゥゥ、誰よ」
 途中、彩希のお尻が誰かに触られるハプニングがあったが、無事に依頼の用紙が貼られている掲示板の前に到着する。
「絶対さっきの痴漢を、ぶっ飛ばしてやるわ」
「落ち着けって。もしかしたら、間違えて……何でもない。ほ、ほどほどにな。えーと、どういった依頼内容が多いかな」
 彩希と一緒に掲示板を眺めていた黒羽は、盗賊がらみの依頼が大部分を占めていることに気付く。
 トゥルーでは、盗賊・山賊・海賊などは当たり前のようにいるので、依頼されることそのものに不自然はないが、その内容が気にかかった。
「狂乱の盗賊団の壊滅。化け物じみた力を持つ盗賊団からの護衛。……全体的にただの盗賊って感じではないな」
「そうさ。最近は物騒でね。盗賊が、すんごく強くなって困ってるよ」
 髪を短く刈り込み、香水の匂いを漂わせた男が背後から声をかけてきた。
「あなたは?」
「俺は、ここのギルドを管理しているリコっていうんだ。よろしくな。あんたらは、どこから来たんだい」
「僕達はフラデンからやってきました」
「フラデン! 良いよなあの町は。世界中の品が沢山あるし、見てて飽きないよ。へえ、そうか、そうか」
 浅黒い肌に、真っ白い歯がやけに目立つ。腕にはギルドの構成員であることを示す、剣のタトゥーが掘られている。
「それで、盗賊団がどうしたんですか?」
「んん? ああ、盗賊団の話だったな。簡単に説明してしまえば、近頃の盗賊団はどこもかしこも、やたら戦闘力が高いんだよ。元々、傭兵崩れの野郎が多いから、強い盗賊団がいても変じゃない。だが、噂によると魔法も効かぬ、人を五人まとめて切り裂く等々、とんでもねえのさ。それに、麻薬が流行りはじめているし、あんたらは良くないタイミングで来てしまったな」
 自身の不吉な予感が、現実として形になりはじめたのでは……と、彩希の表情が曇る。
「その、最近不可思議な剣の話を聞いたりしていないかしら? 光が溢れるとか、触れると魔力が消し飛ぶとか」
「ううん? 聞いたことがないな。ああ、でも強いと言われている盗賊団には、大抵一人、気が狂ったヤツがいて、そいつの全身は禍々しい光を放っているらしい。詳しくはまだ調査中だがな」
 魔法が効かず、圧倒的な膂力を誇り、全身が光っている。これらは、ウロボロスを使用した時に酷似しているが、”狂った”という部分だけは不可解だ。
 おかしいと黒羽と彩希は思ったが、ここでこれ以上の情報は分かりそうにない。
 黒羽はチラリと彼女の表情を盗み見る。……どこかもどかしそうだ。
「……この依頼を受けさせてください」
「秋仁! これ以上この件に関わるのは止しましょう。危険だわ」
「彩希」
 彼女の肩へ手を置いた黒羽は、真剣な眼差しで綺麗な双眸を見つめた。
「気になってるんだろ」
「そ、そうだけど」
「だったら、俺は君の助けになるよ。大丈夫、出来る範囲まで調べてみて、危なくなったら全力で逃げよう」
「逃げるって……」
 堂々と”場合によっては依頼を放棄する”と宣言する黒羽に、彩希は呆れてモノが言えなかった。
「おーうい、簡単に逃げられても困るぜ。まあ、命は大切にすべきだし、違約金を払ってくれるんなら、俺としては良いけど」
「払います。といっても、この依頼、出来たらで良いのでって感じですよね」
「まあな。えっと、騎士団がらみの依頼か。違約金も安く設定されてるし、やってみな。期限の設定も無し、依頼の内容は……」
 
 ――盗賊団のアジトの捜索、及び壊滅。

 壊滅は可能であれば、と書かれている。気軽とまでは言えなくとも、他の依頼に比べれば危険度はグッと低い。
「とりあえず、アジトの捜索は明日からだな。今日は本来の目的である食材探しをしよう」
「そうね。さっき、あなたがボーとしている時に、良さげな店があったわよ」
「マジか……」
 リコにお礼を言った二人はギルドを離れ、横に並んで通りを歩く。その二人に忍び寄る怪しげな人影。
 尾行者は二メートルほどの長い槍を背中に携えながらも、身軽に人波を縫って歩き、遠すぎず、近すぎずの距離を保ち、黒羽達をつける。
 始まりの世界であれば、探偵としても通用するだろう。
(おっと、角を曲がっちまったか。見失わないように急げー)
 大通りから細い路地へ折れた彼らを、大急ぎで追いかけた尾行者は驚いた。ターゲットである二人組が、彼を待ち受けていたからだ。
「僕達にどのようなご用でしょうか?」
 丁寧な口調だが、黒羽の声には有無を言わせぬ迫力がある。両手を上げて、尾行者は降参の意を示す。
「えっとな。べ、別に用って言うか。君らさっき、盗賊団の探索依頼を受けただろう」
「それがどうしたのかしら?」
 彩希の問いには答えず、赤毛の色男は、ダークグレーの瞳で彼女の姿をまじまじと眺めた。
「美しい……さっきお尻を触った時にも思ったが、完ぺきなスタイルだ。服の上からでも分かる。胸が大きいだけじゃなく、ウエストが引き締まり、足はしなかやかで見とれてしまうね。加えて、知的さと冷淡さが入り混じったそのお顔は、素晴らしいの一言だ」
 彩希は静かに拳を握りしめると、有無を言わさず彼の顔面を殴り飛ばした。
「痛!」
「覚悟なさい痴漢。心にちっとも響かない言葉が、最期の言葉で良いのよね。むかつくから、とりあえず一発殴って、後はズタズタに切り捨てるわ」
「待て待て、待ってくれ。すでに殴ってるし、落ち着いてくれ。君に殺気のこもった表情は似合わないよ」
 チョコレートパフェよりも甘い、というより、ここまでいくと甘ったるい軽口に、彩希はげんなりした。
(妙なヤツに絡まれたな)
 一つ咳をした黒羽は、改めて――一度目よりも威圧感を込めて――問いかけた。
「それで、僕達に、どのようなご用でしょうか?」
「あ? 俺、男には興味がないから答えたくねえけど、それじゃ話が進まないな。しゃあねえ。俺の名前は、ニコロ・セラオだ。冒険家として世界中を回ってる。『赤毛のニコロ』『神槍の冒険家』とかの二つ名で知れ渡っている有名な、そう、とても有名な冒険家なのさ。どう、惚れた?」
 白けたを通り越して、氷のように表情を凍てつかせた彩希は蹴りを叩き込んだ。
「早く、続きを話しなさい」
「げほ、わ、分かった。俺はわけあって冒険家をしていてな、それで今回の盗賊団がらみの問題には興味があるんだ」
「興味?」
「そう、興味。もしかしたら、俺のわけありの問題に関係があるかもしれない。そこでだ、君らが受けた依頼、俺も手伝わせてくれないか。報酬は三分の一ずつ、その分の働きはする」
 黒羽は彩希と視線を交わすと、疑問を投げかけた。
「どうして僕らと? 他にも盗賊団がらみの依頼はあったはずでは?」
「まあな。けど、盗賊団の探索依頼は、君らが受けたものだけ。俺はできるだけ多くの盗賊団を調べたい。本当は君らよりも早く受けるつもりだったんだ。でもね」
 肩まで伸びた赤髪を片手でかきあげると、
「君に見惚れてしまったから」
「うるさい」
 鋭く男の言葉を切り捨て、彩希は黒羽の手を引き歩き出す。
「ちょっと待って」
「付いてこないで。あなたの助けはいらないし、これから私達は食材を見に行くの」
「待ってよ。三人で言った方が安全だし、絶対効率良いって。それに、こんなに良い男を置いて行くのかい?」
 なおも食い下がろうとするニコロから、全速力で逃げる彩希、と引っ張られる黒羽。
「強情だね。良いよ、俺はそんな君も受け入れる」
「うるさいわね。秋仁、アイツ蹴っ飛ばしてよ」
「そ、それは流石に」
 彩希は猛牛の如くプリウの町を駆ける。
 人をかき分け、事故で散らばっている木箱を飛び越し、料理店の裏口から中へ入り外へ飛び出した。が、ニコロのしつこさは並ではない。息が切れ、汗まみれになろうがお構いなしだ。
 しかし、ニコロが黒羽達を追って路地裏の角を曲がった時に、
「あれ?」
 と二人の姿を見失ってしまう。
「おーい。近くにいる気配はするんだけどなー」
 しばらく辺りを調べていたが、首を傾げどこかへと立ち去って行った。
「プハ、やっと逃げれた」
 薄暗い路地の壁がはがれ、黒羽が現れた、かと思うと瞬時に薄くはがれた壁は彩希の姿になった。
「フ、フフ。まるで忍者みたいだな」
 黒羽が笑うと、彩希は得意げな顔で胸を張った。
「前にテレビでやっていた時代劇で、敵から逃げる忍者が使ってたのよ。「おのれ、伊賀の者。一体どこへ姿をくらました』ってね。今日から私を伊賀のお銀と呼んでいいわよ」
「お銀って……お前な」
 黒羽はあまりにもおかしくて、腹をよじってさらに笑う。釣られて、彩希も笑い出してしまった。
 薄暗い路地は、へたをすれば大通りよりも、明るい雰囲気が漂い、独り身の猫が羨ましそうに「ニャーオ」と鳴いた。
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