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第1話 プロローグ
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月光を妖しく反射した剣が、闇に一筋のメスを入れる。
尋常ならざる膂力による一撃は、柔らかな風を切り裂き、大地が驚いたように砂ぼこりを巻き上げた。
「おやおや? 大きい図体のわりに動きが軽快ですね。素直に倒されてはくれませんか? ねえ、皆さんもそう思うでしょう?」
人里離れた荒野に、男の声は不気味な波長となりて、響きわたる。
そのおぞましき声に、吐き気を堪えるように一匹のドラゴンが口を開く。
「貴様、誰に語りかけている? 狂人如きが、私に何の用だ」
「何の用? 決まっているじゃありませんか。あなたの力の源であるドラゴニュウム精製炉……それを頂戴したいのですよ」
ドラゴンは大声で笑う。
「何だと? この器官が何を生み出すのか知っていて欲するか。人には過ぎた力だ。到底、扱えるものではない」
そう、人には扱えない。ドラゴンの魔力『ウロボロス』は、人の操る魔力『ヒュ―ン』と水と油の関係である。ヒュ―ンをその身に宿す人間が触れれば、瞬時に魔力は消し飛び、魔力欠乏症となって、最悪死に至る。
「ハア、困ったものです。我々の知恵を甘く見ないでもらいたい。ウロボロスの身体強化の力。人間でも、その力を扱える術を身に付けたのですよ。そうです、そうです。カッセさんはよくご存じの様子」
ドラゴンはありえぬと思う一方で、納得もしていた。今、目の前で体を小刻みに振るわせ喋り続ける男は、信じられないことに、五メートルほどある巨大な剣を片手で持ち上げている。しかも、先ほどはこれを木の枝を扱うように、振り下ろしたのだ。
「さて、さて。皆さん、早くしてほしいと思っているご様子。では、お望み通り、片づけてしまいましょうか」
「ふざけるな。冗談ではない」
猛り、ドラゴンは空へ舞う。いかにウロボロスといえど、羽が生えるわけではない。空は、許された者のみが飛べる不可侵領域なのだ。
「ウヘヘヘヘヘヘ、飛ぶのは勝手ですが、精製炉は置いてゆきなさい」
「あれは……何だ?」
ドラゴンは確かに目にした。あらゆる色が混じり合った同族達の魔力が、大地を焦がすように広がる様を。
「あ?」
終わりは唐突に訪れた。
最期にドラゴンが瞳に映した光景は、それだけだった。巨体に突き刺さる何十トンもの鉄塊が、彼の者の命を無慈悲に奪う。
「落ちてきた、落ちてきた。ドーン。ハハハハハ、なかなか派手ですな。ああ、心配だ。そうでしょう、トゥリアさん。この剣はドラゴンを屠るのに都合が良いのですが、随分とデカいですからね。ウロボロス精製炉を破壊していないか心配です」
男はドラゴンに近寄ると、無造作に剣を引き抜き、素手でその遺体を調べ始めた。顔が鮮血と汗にまみれるのも構わず、男は狂気に淀む瞳をぎらつかせ、やっと目的の品を発見する。
「ああ、良かった。逸れていたようです。さあ、帰りましょう。我々の愛おしき我が家へ」
血にまみれた体を愉快気に揺らし、男は下手くそな鼻歌を歌い、陽気に荒野を歩く。
目撃者は、空に浮かぶ月のみ。月は惨劇に目を覆うように、風に運ばれた雲を身に纏い、しばし地上は光差さぬ暗闇に包まれた。
尋常ならざる膂力による一撃は、柔らかな風を切り裂き、大地が驚いたように砂ぼこりを巻き上げた。
「おやおや? 大きい図体のわりに動きが軽快ですね。素直に倒されてはくれませんか? ねえ、皆さんもそう思うでしょう?」
人里離れた荒野に、男の声は不気味な波長となりて、響きわたる。
そのおぞましき声に、吐き気を堪えるように一匹のドラゴンが口を開く。
「貴様、誰に語りかけている? 狂人如きが、私に何の用だ」
「何の用? 決まっているじゃありませんか。あなたの力の源であるドラゴニュウム精製炉……それを頂戴したいのですよ」
ドラゴンは大声で笑う。
「何だと? この器官が何を生み出すのか知っていて欲するか。人には過ぎた力だ。到底、扱えるものではない」
そう、人には扱えない。ドラゴンの魔力『ウロボロス』は、人の操る魔力『ヒュ―ン』と水と油の関係である。ヒュ―ンをその身に宿す人間が触れれば、瞬時に魔力は消し飛び、魔力欠乏症となって、最悪死に至る。
「ハア、困ったものです。我々の知恵を甘く見ないでもらいたい。ウロボロスの身体強化の力。人間でも、その力を扱える術を身に付けたのですよ。そうです、そうです。カッセさんはよくご存じの様子」
ドラゴンはありえぬと思う一方で、納得もしていた。今、目の前で体を小刻みに振るわせ喋り続ける男は、信じられないことに、五メートルほどある巨大な剣を片手で持ち上げている。しかも、先ほどはこれを木の枝を扱うように、振り下ろしたのだ。
「さて、さて。皆さん、早くしてほしいと思っているご様子。では、お望み通り、片づけてしまいましょうか」
「ふざけるな。冗談ではない」
猛り、ドラゴンは空へ舞う。いかにウロボロスといえど、羽が生えるわけではない。空は、許された者のみが飛べる不可侵領域なのだ。
「ウヘヘヘヘヘヘ、飛ぶのは勝手ですが、精製炉は置いてゆきなさい」
「あれは……何だ?」
ドラゴンは確かに目にした。あらゆる色が混じり合った同族達の魔力が、大地を焦がすように広がる様を。
「あ?」
終わりは唐突に訪れた。
最期にドラゴンが瞳に映した光景は、それだけだった。巨体に突き刺さる何十トンもの鉄塊が、彼の者の命を無慈悲に奪う。
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男はドラゴンに近寄ると、無造作に剣を引き抜き、素手でその遺体を調べ始めた。顔が鮮血と汗にまみれるのも構わず、男は狂気に淀む瞳をぎらつかせ、やっと目的の品を発見する。
「ああ、良かった。逸れていたようです。さあ、帰りましょう。我々の愛おしき我が家へ」
血にまみれた体を愉快気に揺らし、男は下手くそな鼻歌を歌い、陽気に荒野を歩く。
目撃者は、空に浮かぶ月のみ。月は惨劇に目を覆うように、風に運ばれた雲を身に纏い、しばし地上は光差さぬ暗闇に包まれた。
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