上 下
96 / 98
29章 エピローグ・私の卒業式

96話 【エピローグ・1】 最後に書いた名前

しおりを挟む



 私たちのこんな話とは関係なく、いつものように春が巡ってきた。

 あのまま何事もなく高校に通っていれば、この3月1日は毎年卒業式の日と決まっていた。

 昨年もそうだったはず……。だけど、退学と退職をしていた私と先生にその式に参加する資格はなかった。


 その日からちょうど1年後。私は両親と一緒にユーフォリアに向かった。

 必ずお昼ピタリに来るように。それもお母さんに菜都実さんがクギを刺したという念の入れようだったって。

 そこで陽人さんとみんなが待っていてくれるというお話は聞いていたけれど、何をするのかまでは知らされていない。

「えー!?」

 いつも私が開店前にランチメニューを書き込んでいた看板にはこう書かれてあった。

『原田結花ちゃんの卒業&結婚お祝いパーティのため、ランチタイムは貸し切りとなります』

 まったく、菜都実さんもここまで堂々と書いちゃうんだもんなぁ。さすがにちょっと恥ずかしいかも……。

「菜都実もすっかりイタズラ好きになったものよね」

 お母さんもそれを見て苦笑している。




「結花ちゃん、おめでとう!!」

 ブラインドを降ろされた中が一体どうなっているのかと、恐る恐るお店のドアを開けると、たくさんのクラッカーの音で迎えられた。

 お店の中には、菜都実さんご夫妻はもちろん、茜音さんも、千佳ちゃんも……。みんなお世話になった人たちばかりだ。

「看板娘を見送るのは寂しいが、結花ちゃんの卒業だもんな」

「そうよ。1年半も本当に頑張ってもらったし。帰ってきたときは寄ってよね」

 もちろんだよ。このお店は私にとって第二の家になった。

 この場所で、緊張から始まって、泣いて笑って……。

 あんな日々を忘れられるわけがないよね。

「さぁ、早速セレモニーを始めましょ」

「先生、最初にあれを持ってきてくださいね。結花ちゃんはこのテーブルに」

 そう、いつもの先生の指定席。夜の時間でお客さんが他にいないときは、私がいつも先生の向かい側に座っていたことを思い出す。その思い出の席に私は腰を下ろした。

 一昨日の夕方に一時帰国した先生。今日はスーツ姿で1枚の紙を持ってきて私の前に置いてくれた。

「原田、これで書類が完成する。最後の場所に名前を書いてくれ」

 いつの間にこの準備が行われていたのだろう。

 驚いたことに、婚姻証人の欄には菜都実さんと茜音さんが署名してくれていた。お母さんがぜひ二人にお願いしたいと頼んでくれたんだって。

 言われたとおり、最後まで未記入だった空白欄に『原田結花』と生まれたときからの名前を書いた。もう、この名前ともあと少しでお別れなんだと思うと鼻の奥がツンとしてしまう。

「苗字が変わっても結花ちゃんは結花ちゃん。佳織が1ヶ月悩んでつけたのよ。確か決まったのは偶然だよね、出産前日だったと思う」

 お腹の赤ちゃんが女の子だと分かってから、いつもこのお店の窓際の席で、名前のリストと名付け辞典を見ては悩んでいたそうだ。いろいろな意見があったけれど、最終的にはお母さんの気持を込めたんだと。

「結花、あたし沖縄行くからね!」

「えっ? 本当に?」

 3月25日、私の19歳の誕生日に、あの「卒業旅行」の時に「リハーサル」をしたチャペルで、今度こそ本当の挙式をする。

 私たちの出発の予定もあって、ギリギリのスケジュールだから、二人だけの予定でいたのに。

「だって、結花のブーケ貰わなくちゃ。あと、前回は先生はガチガチで結花がリードしたっていうんだもん。本番はちゃんと撮影して当時のみんなに報告しないとね」

「佐伯、頼むからそれは勘弁してくれ……」

 千佳ちゃん、本当に彼女にはお世話になった。そしてこれからも、きっとそう。

 学生時代の友達は大切にしなさいと言う。決して順調とは言えなかった私の学生時代で、たった一人だけど何でも話せる親友と呼べる存在の彼女だから。

 そう、私でもお互いに「生涯の親友」と呼び会える存在を作ることが出来たんだ。

「二人とも、結婚おめでとう!」

 みんなに声を揃えてもらって、私たちは市役所に向かうためにお店を後にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女公爵は軽薄に笑う

下菊みこと
恋愛
ターブルロンド皇国の女公爵、アンジェリク・エルドラド。未だ幼く十三歳の彼女は、しかしベアトリス・ターブルロンド皇女殿下のお気に入り。彼女からの最上位の慈悲を受けたアンジェリクは、リュカ・フォルクロール伯爵令息を執事として従え今日も彼女への献上品を求めて街を行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

冷たい海

いっき
ライト文芸
 満月は遥か彼方、その水平線に沈みゆく。海面に光り輝く永遠の旋律を伸ばしながら。眠りから醒めんとする魂に最大の光を与えながら。  透明となった自らは、月と海と、贈る調べと一体となる。自らの魂を込めたこの箏奏は最愛の、その魂を呼び覚ます。  呼び覚まされし魂は、眩い月を揺らすほどに透明な歌声を響かせる。その歌声は贈る調べと調和して、果てなく広がる海を永遠に青白く輝かせる。  月は海は、この調べは、彼女に永遠の生を与えるであろう。たとえ、自らの生が消えてなくなる日が来たとしても。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

煩わしきこの日常に悲観

さおしき
ライト文芸
 高校に入学するとき、誰もが憧れを抱いて入学するだろう。ただ、その憧れはすぐに消え去ってしまう。  俺、明坂翔(あけさかかける)は今日で高校生。重い制服を来て、友人の雨宮彼方(あめみやかなた)と初登校を迎えていた。入学後、些細な縁で俺はクラスメイトの嶋田葉月(しまだはづき)と出会い、話すようになる。  そこである日、俺は葉月の思いつきに巻き込まれていく。その一番最初が部活を設立することだった。いきなり俺は部員集めを強要され、彼方、そして幼馴染みの最上雫(もがみしずく)の二人を集めることに成功したが……

千津の道

深水千世
ライト文芸
ある日、身に覚えのない不倫の告発文のせいで仕事を退職させられた千津。恋人とも別れ、すべてが嫌になって鬱屈とする中、バイオリンを作る津久井という男と出会う。 千津の日々に、犬と朝食と音楽、そして津久井が流れ込み、やがて馴染んでいくが、津久井にはある過去があった。

バナナとリンゴが机の上から同時に滑り落ちたら

なかじまあゆこ
ライト文芸
嫉妬や憧れや様々な気持ちが交錯する。 派遣社員の成田葉月は突然解雇された。 成田葉月《なりたはづき》さん、申し訳ありませんが業績悪化のため本日で辞めて頂きたいと派遣先から連絡がありました。また、他に良い仕事があればご紹介しますので」との一本の電話だけで。 その後新しく紹介された派遣先は豪華なお屋敷に住むコメディ女優中川英美利の家だった。 わたし、この人をよく知っている。 そうなのだ、中川英美利は葉月の姉順子の中学生時代のクラスメートだった。順子は現在精神が病み療養中。 お仕事と家族、妬みや時には笑いなどいろんな感情が混ざり合った物語です。 2020年エブリスタ大賞最終候補作品です。

二枚目同心 渡辺菊之助

今野綾
ライト文芸
 顔は二枚目、着物を羽織ると三枚目。時は江戸。同心渡辺菊之助は今日も日本橋辺りをうろうろと。そんな菊之助の元に御用聞きの亀吉が現れる。なにやら、怪しい話と飴を持ち込んで……『相棒は若旦那』  雨が降り続く江戸。同心、渡辺菊之助は江戸一番の大店《おおたな》である越後屋へと赴いた。相棒である越後屋の若旦那に会いに来たのだが、その若旦那がちょうど弱りきっていた。 隠し子?迷い子?同心が子を引き受けるが……『みずのかみ』  江戸一の大店、越後屋に運び込まれた迷い人。たんこぶしかないのに、口から血を流していた。聞けば名前も住むところもわからずじまい。困っているところへ越後屋の若旦那が同心に渡したのは血がたっぷりついた手拭いだった。この人物は人を殺めてきたのか!?『憧れの人』

処理中です...