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10章 相合傘と家庭訪問
第37話 二人だけの秘密だから
しおりを挟む「花菜ちゃん、最近何かいいことがあった?」
「そうそう、前よりも顔が明るくなったような」
「そんなに顔に出ちゃってました……?」
あの日以来、図書館の仕事をしながら、何人かから声をかけられた。教室では変わらないように我慢している分、こちらでは緩んでしまったのかもしれない。
「昔の友だちに会えたんです」
ここは無難なところに抑えておく。嘘じゃないけど話せば一言で片付く話でもないし、関係が関係だけにあまり大きな声で言えるものでもない。
それでもみんなが納得してくれているなら構わなかった。
午前中は部室で夏休みの宿題と演劇部の作品制作。
午後は図書館でのお仕事をするのが私の日課だ。
今年の1年生で、趣味としてオンライン作家をしている五十嵐くんがいて、彼の作品を読ませてもらった夏紀先輩と私は演劇の原案を彼に任せることにした。
彼との打合せを午前中に済ませて、午後は一人でパソコンに向かっているという。
今日も午前の予定を終えて、誰もいない購買部外の自販機で飲み物を選んでいると後ろから髪を引っ張られた。
「夏休みなのにお疲れさんだな」
「もぉ、先生! 生徒にイタズラするとはいい度胸ですね!?」
先生が言ったとおり、「男女ともに一目置かれていながらどことなく近寄りがたい雰囲気」の私にこんな事をするのは、もちろん一人しかいない。
長谷川先生だった。私と二人きりのときは、教室での印象とはがらりと変わる。
あの後に二人で話し合って決めた。
それも大変だったよ。同じ文芸部のメンバーにも知られるわけにいかないから、活動日誌を職員室に戻しに行くときにメモ紙を挟んだりして。それも必ず直接手渡すようにした。
翌日にはその返事に、電話番号とメールアドレス、メッセージアプリのIDが書かれた紙が折り畳まれてあった。昔渡されたメモをスマホのケースから取り出してみると、番号は一緒。あの当時から変わってない。
もちろん今回は躊躇なく登録した。
中途半端な行動はしない。他の生徒がいる公の場では徹底的に一般生徒と同じ扱い。これも私たち二人の関係を守るための決め事。
「仕方ねぇな、ほれ選べ。今の分はこれで帳消しな?」
他に誰もいないことを見回して、自販機にコインを入れてくれる。
「まったくもぉ……。あの頃と変わらないんだから」
レモンスカッシュのボタンを押した。商品出口から冷たく冷えた缶を取り出すと先生はベンチに座っていた。いつ誰が来るかわからないから、ひとり分のスペースを空けて座る。
「いただきます」
「あぁ」
プシュッと音を立ててプルタブを起こす。
酸っぱい強炭酸がのどの奥に流れ込んでく。
「どうだ。演劇部の作品の方は?」
「そうですねぇ。五十嵐くんが頑張ってくれているので、前回の3年前よりは早く行けると先輩は言ってます。構想はまとまっているみたいだから、原案はかなり早く上がりそう」
「そうか。それはよかった。鈴木先生から今年の夏休みにどれだけ時間が取れるかはそれで決まると聞いていたからな」
確かにそれは聞いたことがある。どうしても決まらなくて学校に泊まり込んで書き上げた年もあったとか。
まだお昼前だというのに、絵に描いたような真っ青な夏空に純白の入道雲が大きく盛り上がってきている。午後からさらに暑くなりそう。
「松本さんは、今日の仕事は何時までですか?」
先生が同じように空を見上げながら聞いてきた。
あぁ、校舎の中から声が聞こえてくる。お仕事の口調に戻ってしまった。この二人だけの秘密の時間も終わり……。
ここからは、偶然出くわしていた顧問の先生と生徒の私という場面に切り替える。
「今日ですか? 土曜日ですから5時までです」
「そうですか、分かりました。この暑さですから体調に気をつけてくださいね? 日誌は岡本さんが持っているのですね?」
「はい。先輩に預けておきました。私は荷物を取ってそのまま図書館に行きます。先生さようなら」
「松本さんもお疲れさまでした。さようなら」
先生は立ち上がって私の分の空き缶もゴミ箱に入れ、職員室に戻っていった。
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