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【第2章】その涙と笑顔が嬉しくて…
29話 ブーケの花言葉…
しおりを挟むようやく事の全容が分かってきたとき、背後のドアが開いた音がした。
「どうだぁ?」
いつもと変わらない調子の声。そっか。秀一さんはもともとサラリーマンだものね。スーツも着ていたから、ドレスとは違って着替えるのも自分で出来ちゃう。
「もう少しです。仕上げのメイクしていますからね」
お化粧なんて、お料理を扱うお仕事だから華美なものはできない。
結婚前にお母さんから普段の最低限しか教わっていなかったから、プロのスタイリストさんに施してもらうなんて初めての体験だよ。
「なんか……、まだ夢から覚めてないみたい……。私、起きてるよね?」
「朝飯もちゃんと食べただろう?」
「しまったなぁ、こんなことなら抑えておけばよかったなぁ」
たっぷり朝食バイキングでお腹に入れてきちゃったもん。こんなことがあるなら、もう少しお腹をへこませておけばよかったなぁ。
「大丈夫。このドレスを作った方、花嫁さんのこと本当によく分かってる。ぴったりです」
たっぷりのフリルと大きめのリボンをあしらった純白のドレスは先に荷物で送ってもらったのだという。微調整の仕方も丁寧に書いてあった。
「この字……、佐紀でしょう。そっか、だから採寸に来たんだ」
1ヶ月ほど前、お店にやってきた高校時代のクラスメイトの佐紀は休憩時間を使って私を採寸していった。学校で作る服のモデルになってくれと言っていたっけ。
学校での提出物なら、他の誰でもよかったはずなのに、こういう事だったのね。
「岩雄さま、お客様がお見えです」
「え?」
こんな二人きりの旅先に客人などいるはずもないのに。
「桜、やはり実物は違うなぁ」
「えっ? お父さん? どうして? お店は?」
これには秀一さんも驚いている。控え室に入ってきたのは私のお父さん。レストラン『さくら』を立ち上げてくれた人。
「商店街のみんなから娘の一生に一回の晴れ姿くらい見てこいと怒られてな。鍵だけ閉めて新幹線で間に合った。終わったらすぐに帰って夜は店を開けなくてはならんがな」
心配だった体調もすっかり戻ったみたいで、豪快に笑う。
「新婦さん。バージンロード、お父様と一緒に変更されますか?」
「出来るんですか?」
レンタルの服でサイズがあれば可能だという。
「では、先の写真撮影に入りましょう」
挙式の前に二人の写真を撮る。私が持つブーケも、高原という場所と私のイメージに合わせ、赤や泡紅色のサクラソウと白いバラを組み合わせてもらった特注だって。
サクラソウって名前だけじゃなく、お兄ちゃん花言葉を知っていたのかな……。
「早熟」・「運命を拓く」・「初恋」。
進学する子が圧倒的に多い中で、高校を卒業と同時に独り立ちをすることになった私。それでも一緒に歩いてきた人は、私の初恋相手なのだから……。
「秀一さん……」
「泣くなよー? これがアルバムに残っちゃうんだからな?」
何とか二人の写真を撮り終えて、本番に入ることになる。
「では、新郎さまは壇の前でお待ちください」
チャペルの中、讃美歌の響きが流れるなか、秀一さんが一人でバージンロードを進む。正面の窓からは真っ青な空と広々とした草原が続いていた。
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