24 / 33
【第1章】初めて、恋を始めます
24話 ふたつのさくら
しおりを挟むお父さんが入院中、お店はお母さんがパン屋さんとして維持していた。
もともと、お客さんからのそういった需要も多かったから、喜んではもらえたけど。いつまで続けていけるかはお母さんも話してはくれなかった。
それと同時に、家の中が少しずつ片付けられていくのを見て、いつ何を言われてもいいように、心構えだけはしていた。
「桜、秀一くん。お昼から時間あるかしら?」
お母さんの手伝いで、お店まわりの掃除をしていた私たち。
「うん、大丈夫だよ」
「俺も平気です」
「お父さんが呼んでるのよ。二人で来てほしいって」
「えっ?」
お兄ちゃんにも緊張が走る。ついに言い渡されるのか。
でも、あの日から1ヶ月。
あの日の夜、その後も心も身体も重ねあった。大丈夫。もう、決心と覚悟はできている。
病室に入ると、お父さんは機嫌よく私たち三人を迎えてくれた。
幸い、大きな後遺症は残らなかったけど、やはりこれまでのように何時間も立ち仕事を続けて行くことは厳しいということ。これから少しずつリハビリも始めるんだって。
きっとそのことで、私たち二人が離れることを詫びてくるのだろう。
「秀一くん、桜も。学校祭は本当にお疲れさんだった。何にも手伝えずに申し訳なかった」
お父さんは、ベッドの上に自分で座って、私たちに頭を下げた。
「あの店をどうするか、ずっと考えてきた。一時は閉めることも考えた」
お兄ちゃんが、私の手をぎゅっと握る。
「だが、二人が立派に学校祭でうちの料理を出し続けた。もちろん味も確かめさせてもらったよ。こんな短い時間に立派に仕上げたもんだ」
そうか、お弁当にして持ち帰りもできたから、誰かが運んできたに違いない。
「あれだけ出来れば、もう心配はない……」
「どういうこと……」
私の問いかけに、お父さんは息をついた。
「秀一くん、本当にいいのかな?」
「はい」
「では、秀一くんには、二つの木を託そう。ひとつは『さくら』のお店で、もうひとつはこの桜だ。まだ子供かもしれないが、君にこの先をお願いしたい」
「えっ?」
「お父さん?」
お店のことは、何度も話し合ってきたみたいだ。どちらかと言えば、私のことまでお父さんが話を進めたことに、私たち二人は驚いた。
「桜、お前は秀一くんと二人でやっていけるか?」
「……うん。お兄ちゃんとなら、頑張れる」
「なら、話は決まったな」
お母さんはこの話の補足をしてくれた。
お兄ちゃんが『さくら』を継ぐことは、暫く前から本格的に話し合いがあったみたい。ただ私が高校生という事で、お兄ちゃんと一緒に続けるのか、それとも進学するのかを見極めていたのだと。
そう言えば、先月の進路調査で私は進学を取り止めた。その時はこんなことは想定してなくて、お父さんが大変なときにお店をこれまで以上に手伝うという考えだった。
それが決まったことで、お父さんとお母さんはお兄ちゃんと私に『さくら』を任せて、二人は隠居するというプランを進めることにしたんだって。
そこで、私たちの結婚についても、私の卒業を待たずに許しを出したということだった。
「お兄ちゃん、お仕事はどうするの……? お兄ちゃんのご両親だって、いきなりは許してくれないでしょう?」
「それがさ……」
お兄ちゃんが笑っていた。
「うちの親はそれでいいんだとさ。桜と一緒ならそっちの方がいいんじゃないかって。仕事の方はキリがいいところで片付けるよ」
「えぇ??」
「だから桜、離れることは無くなったんだ。ずっと桜と一緒だ」
混乱していた頭に、一番聞きたかった言葉が入ってくる。
「お兄ちゃん……。私は離れなくていいの? お兄ちゃんと一緒にいていいの?」
お父さんもお母さんも頷いてくれた。
「今すぐ桜を幸せにしてやるとはまだ自信持って言えないけど、一緒に頑張って、二人で歩いていかないか?」
「うん! 頑張る! まだまだ未熟者ですが、お願いします」
ここが病室で、両親が見守っていることも忘れて、私はお兄ちゃんの胸に飛び込んだ。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
うちでのサンタさん
うてな
ライト文芸
【クリスマスなので書いてみました。】
僕には人並み外れた、ある能力を持っていた。
それは『物なら一瞬にして生成できてしまう』能力だ。
その能力があれば金さえも一瞬で作れてしまう、正に万能な能力だった。
そして僕はその能力を使って毎年、昔に世話になった孤児院の子供達にプレゼントを送っている。
今年も例年通りにサンタ役を買って出たんだけど…。
僕の能力では到底叶えられない、そんな願いを受け取ってしまう…
僕と、一人の男の子の
クリスマスストーリー。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる