19 / 33
【第1章】初めて、恋を始めます
19話 最終試験『さくら学校祭出張店』
しおりを挟む「桜、パン焼けたよ」
「先輩、購買の冷蔵庫もいっぱいです」
「はぁい、ありがとう。みんな帰っていいよ。後は片付けて終わりだから」
明日が学校祭という夜、調理室は校内で最後まで明かりがついていた。
飾りつけはみんなに任せ、お兄ちゃんは金曜日の今日から会社を休んでくれた。
もともとは、お父さんがお店で仕込んで車で運んでくれる予定が変わって、学校で最初から仕込むことにしたからだ。
食材は、お父さんの事情を知った商店街のみんなが昼間、学校に届けてくれた。
「秀一。今日な、親父さんから『二代目』って呼んでやってくれってよ」
「えっ?」
お肉屋のおじさんがお兄ちゃんに声をかけた。
「聞いてないのか? そりゃ先走っちまったな。聞かなかったことにしてくれ」
「おじさん、ありがとう。助かりました」
「桜ちゃんもよく頑張った。最終試験頑張れよ!」
「はい!」
みんな知ってるんだ。私たちがやろうとしていること。
「桜……、お肉屋さんにもあとでお礼に行こう」
「えっ?」
ハンバーグに使う合い挽きのひき肉、本当は私たちで形に整える予定だったのに、もうきちんと形にしてあった。それ以外にも、八百屋さんからの野菜もカットしてあったり、下ごしらえが終わっているものもあった。
他の準備も整えて、暗くなった道を二人で歩いて家に帰る。
「疲れましたね」
「でも、なんとか間に合ったな」
「うん」
お母さんから全ての合格が出たのは一昨日のこと。もしかしたら間に合わないかもしれない。それなのに、商店街のみんなは私たちが間に合うと信じて材料を仕入れてくれていた。
「桜、こんなことに巻き込んで、本当にごめんな」
「ううん。私もお兄ちゃんとなにもしないで離れるなんて出来なかったよ。いい思い出になるよ」
「どうかしたか?」
私の様子がおかしいこと、お兄ちゃんはすぐに気づいてしまった。
「お母さんね、最近お家の片付けを始めたの。きっと引っ越しの準備だと思うんだ。離ればなれになるの、嫌だよぉ!」
顔をお兄ちゃんの胸に押し付けて、涙が止まらなくなる。
ようやく恋人として認められたのに、また離れてしまうなんて辛すぎる。それ以上に、新しい環境では私が一番苦手な一人の状態から始めなくてはならない。
「桜、とにかく俺たちに出来ることをやろう。俺も桜がいなくなるなんて考えたくない。今でも桜一人くらいならどうにかなる。やれることをやって、それから考えるんだ」
「うん。お兄ちゃん、ありがとう……」
玄関の前まで送ってくれたお兄ちゃんに手を振った。
「明日、頑張ります」
「だな」
お互いの部屋は、すぐに暗くなった。
翌朝、目が覚めるとお母さんがお弁当を作ってくれていた。
「今度は桜が倒れたりしないようにね」
「若いから大丈夫だよ」
「秀一くんによろしくね」
「うん」
いつものお店の服を袋に詰めているとき、お母さんは私に紙袋を持ってきた。
「これを使ってと秀一くんに渡して」
私は頷いて玄関を飛び出した。
学校祭の初日の土曜日は校内のみ、日曜日は一般の公開にもなるから、今日も明日の仕込みで遅くなることは間違いない。
場所を借りていた購買の冷蔵庫から材料を取り出し、準備室で服を着替えているうちに、お兄ちゃんも出てきてくれた。
「おはよう桜」
「おはようございます。お母さんが汚れるからこれをって」
「ありがとう……、これは……」
二人とも、しばらく無言になった。
紙袋から出てきたのは、新品の白衣。でも見覚えがある。お父さんが厨房に立つときにはいつも着ていた調理着。そして、胸には『さくら』の刺繍が入っている。
お兄ちゃんが袖を通すと、やはりそれはお父さんのものではなく、ちゃんとお兄ちゃんに合わせて新しく作ったものだった。
「プレッシャーだなぁ」
両親なりの応援なんだと思う。あの仕入れた材料の件も、裏でいろいろ動いてくれたに違いないんだよ。
「ここまで来たらやるだけ。いいな桜!?」
「うん!」
私たちの最終試験はこうして始まることになった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
うちでのサンタさん
うてな
ライト文芸
【クリスマスなので書いてみました。】
僕には人並み外れた、ある能力を持っていた。
それは『物なら一瞬にして生成できてしまう』能力だ。
その能力があれば金さえも一瞬で作れてしまう、正に万能な能力だった。
そして僕はその能力を使って毎年、昔に世話になった孤児院の子供達にプレゼントを送っている。
今年も例年通りにサンタ役を買って出たんだけど…。
僕の能力では到底叶えられない、そんな願いを受け取ってしまう…
僕と、一人の男の子の
クリスマスストーリー。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる