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【第9部〜巨人の王国編〜】

第31話 吸血鬼、巨人族との決別

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「兄弟達よ!我らを不毛の荒野に閉じ込めた者は誰だ!?」
 城から見下ろすと、蟻の入る隙間も無いほど埋め尽くされた広間に、集まっている巨人達に演説している者がいた。
「神だ!」
 巨人達は口々に声を揃え、その大声量が発する音波は城をも揺らせた。
「我らを飢え渇き、苦しめた者は誰だ!?」
「神だ!」
「そうだ、神だ。我らを永きに渡って封印した神々は、亀の様に城に閉じこもっている。さぁ、兄弟達よ。あと少し、あと少しだけ力を貸して欲しい。我らが永年味わった苦汁を晴らすのは、あと少しぞ!積年の恨みを晴らせ!」
 演説が終わると、歓声と共に迎えられた。
「ロキ!ロキ!ロキ!」
 演説をした者の名を巨人達が連呼し、木霊こだまとなって響いた。ロキと呼ばれた青黒い肌をした男は、手を高々と掲げてその声に応えた。
「くくくっ、相変わらず見事な演説だ」
 トールは、そばの柱の横で腕を組んで見ていた。
「よう兄弟。お前もたまには演説でもしたらどうだい?」
 トールに兄弟と声を掛けた男は、巨人の王であるウートガルザ・ロキと言う名前で、神々の敵であるヨトゥンの血を引き「終わらせる者」の二つ名を持つ巨人だ。
「もう1人の兄弟はどうするのだ?」
「オーディンの義兄貴か…」
 巨人の王ロキとトールとオーディンは義兄弟の契りを結んでおり、オーディンは巨人ではないが、それに匹敵する程の大男で気が合い義兄弟となっていた。
「そうよな。義兄貴だけ助ける方法は無いものかな?」
「だが義兄貴は頭が堅い。巨人族である俺達に偏見を持たず神界で接してくれた恩がある…」
 ロキは真剣な顔でトールを見つめると2人共、大笑いを始めた。
「ギャハハ、冗談キツいぜ兄弟」
「ハハハハ、悪い悪い。ククク、笑い過ぎて腹がよじれそうだ」
 トールは笑い過ぎて目に涙を浮かべで、両手で腹をかかえていた。
「クソ真面目なオーディンの野郎を、義兄貴と呼んで祭り上げたお陰で神界では随分と楽が出来たものだ」
「違いない。その点には感謝だな。だが、巨人族と神族が争い始めたならば、オーディンが巨人族こちら側につく事は絶対に有り得ない」
 トールは溜息混じりに言った。
「敵に回れば強敵だな」
「ああ、だが我らにはムスペルヘイムの炎の王がついている」
「確かに、あの方に勝てる者など存在しないからな。だが神々の封印がしぶとくて、此方こちらにはまだ来れないのだろう?」
「急がせているのだがな…」
 片手に持つワイングラスを口に運び、一口飲もうとした時、ワイングラスが音を立てて割れた。
「無礼な奴め」
 ロキは不機嫌そうに目を動かせて、視線を送った。その視線の先にはヴラド・ツェペシュとジル・ド・レがいた。
「フフフ、先に手を出したのは巨人そちらだと聞くが?」
「ヴラドよ、我らが争ってどうする?これが神々の苦し紛れの離間之計であると、賢明なお前なら理解しているはずだ!?」
「だが巨人族おまえ達の中に、吸血鬼われらを面白くないと思っているのも事実だ」
 ロキは立ち上がり、ヴラドと睨み合った。
「ではどうする?どちらかが絶滅するまで戦うか!?」
 トールは、鉄槌ミョルニルを強く握って構えた。
「いや、これ以上の犠牲はお互いに利益は無い。だが吸血鬼われらは、魔界と冥界を統治させてもらうぞ?」
「良いとも。ゲートを開いてくれた礼だ。天界を滅ぼした後に贈るつもりだった」
 ヴラドは「感謝する」と言い、兵を退かせると言って去った。
「良いのか兄弟ロキ?」
「構わんさ。あんな辛気臭い世界は、最初から統治する気など無かったわぃ」
 トールはブランデーの入った樽を掴んで新しいグラスにそそいでロキに渡し、自分は樽のまま飲み干した。
「ふぅ、まぁ吸血鬼ヴァンパイアなどいつでも滅ぼせるからな?」
「ガハハハ。そうこなくちゃな、兄弟ロキ

 巨人族と吸血鬼ヴァンパイア仲違なかたがいは終戦し、吸血鬼ヴァンパイア達は魔界と冥界に行ったとの情報が、間者スパイによってしらされた。
「くそ!共倒れになれば良いものを!」
 天帝・帝釈天インドラは、地団駄じだんだ踏んだ。
「まだか?阿弥陀如来や梵天ブラフマーの援軍はまだか?」
 帝釈天インドラは気が焦り、玉座の前を行ったり来たりしていた。彼に使える神兵らは、「天道神君アナト様さえ居てくれたならば」と、その死を嘆いた。彼らはまだ、アナトが生き返った事を知らなかった。
 そこへ城内に歓声が響いた。
「何事だ?」
 城壁でも崩れたのかと思ったが、悲鳴による歓声では無く、喜びに満ちた歓声である事に気付いた。
「はい、阿修羅王の援軍です!巨人達と交戦中です!」
 城内の重く、沈んでいた空気が一変した。
「やはりそうか!吉報じゃな?此方も打って出よ!」
「待たれぃ!しばしのご猶予を!!」
「何故じゃ?」
「我らが巨人どもの攻撃に耐えているのは、この城壁があっての物です。これ無くして、どの様に守るおつもりか?」
 太上老君が、白い顎髭を左手でさすりながら止めた。
「老子よ、ではどうすれば良い?阿修羅には勢いがあっても無勢ぞ。このままでは見殺しとなろう?」
 帝釈天インドラの妻は、阿修羅王の娘だ。姑である阿修羅王を見殺しなんて、とんでもない話だ。
「これは良く考えなければなりませぬ」
 太上老君は鋭い目で、帝釈天インドラを諌め、神々は平伏して天帝の再考を求めた。
「いつまで…いつまで待てば良い?」
 帝釈天インドラは天を仰ぎ見ると、目を閉じて聞いた。
梵天ブラフマー様の援軍が到着するまで」
 帝釈天インドラは、か細い声で「善きに計らえ」と言った。恐らく援軍は間に合わないだろう。姑である阿修羅王の死を予測して、涙を流した。
「すまぬ…妻よ、許してくれぃ」
 天帝として天界に君臨しながら、無力である自分を嘆いた。


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