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【第9部〜巨人の王国編〜】
第9話 喜びと哀しみ
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「ふんっ!」
曹が振り降りした右拳を、真祖キュルテンが両腕で受け止めると、両足首まで床にめり込んだ。
「おらぁ!」
左の裏拳を喰らい、キュルテンは吹き飛んで壁に背中を埋めた。全身の骨が砕ける音が聴こえ、私の身体は強張った。
吸血鬼は怪力で知られる。真祖ともなれば、その腕力は桁違いだ。真祖は、始祖と呼ばれる「始まりの吸血鬼」から血を分け与えられた者の事だ。始祖の血を濃く(多く)与えられた順で序列が決まる。この序列は絶対であり、下位の真祖が上位の真祖に勝つ事はあり得ない。
真祖ハンス・キュルテンは、12人いる真祖のうちの序列第7位階であり、決して弱い訳では無かった。だからそのキュルテンを凌駕する力を持つ曹が、どれほど強いのか察する事が出来る。
『練気剣』
私は全ての気を練って、空中から全力でその背に叩き込んだ。
『練気盾』
曹が練気盾と唱えると、全身が青白く光った気に覆われて、練気剣を弾き返して傷一つ受けなかった。
「そんな…」
「貴様も気を操れるのか?だがまだ青いな」
勝利を確信して下卑た笑みを浮かべた。
「白面を着けていても分かるぞ。良い女に違いない。俺の女になるなら全て許そう。たっぷりと可愛がってやるぞ?」
全身を舐め回す様にイヤラしい目で、足首から胸まで見られた。
「冗談じゃない。お前なんかに抱かれるくらいなら、死んだ方がマシだ!」
『死誘鎮魂歌』
闇の即死呪文を唱えたが、やはり効果が無かった。
「ふわぁっは、はははは。無駄な事を!」
全身に気を纏った状態の曹が掴み掛かり、避けると苛立ってパンチを繰り出した。当たらなくとも風圧によって弾き飛ばされ、受け身を取ろうとしてバランスを崩して背中を壁に打ち付けた。
「あぐっ」」
背中を強打して床に倒れた所へ、曹が捕まえようと手を伸ばした。
『腐敗の瘴気』
反射的に口から瘴気を吐き出した。不死者之女帝と名乗っていた時の得意技だ。
曹は悲鳴を上げると、右手は腐って肉が削げ落ち、骨が剥き出しになった。
「おのれぇ!」
全身から青白い気が湯気の様に立ち昇り、渾身の気を込めて放った。
ドゴーン
爆裂音がいつまでも耳に残るほどの爆音と、砂埃の煙の中で曹は仁王立ちしていた。
「ちっ、この書斎はお気に入りだったんだぜ?」
その言葉を吐いた次の瞬間、前のめりになって崩れ落ちた。腰から下が骨だけになっていたからだ。
「はぁ、はぁ、はぁ…。早く逃げなくては、皆が集まる…」
全力で逃げていると、待ち伏せをされていた。
「ここを必ず通ると予測していたぞ、白面」
「高…さん…」
高は白面の正体が麻里奈とは知らず、捕える為に攻撃をして来た。
「銅鞭?」
銅鞭は、三国志では呉の黄蓋が、水滸伝では呼延灼の得意武器として知られる。名前に鞭の文字が使われてはいるが、文字通りの鞭では無く、例えるなら棍棒に近い。
剣よりも手加減がし易い為、敵を捕えるのに有効な武器である。しかし当然、頭や背中などを強打すれば、十分な殺傷能力がある。
高さんは、私と分からない為に全力で攻撃をして来た。やむを得ず身を守る為に練気剣で銅鞭を受けたが、凄まじい連撃を受け切れずに左手首を叩かれて骨折し、練気剣を手放すと気が霧散して掻き消えた。
「うぅ…」
折れた左手首を押さえて、高を見つめたが、容赦なく頭に二撃目を加えられギリギリに避けたが、頭を掠めて白面が割れると素顔を晒した。
「お前は、まさか瑞稀か?死んだと聞いていたが、生きていたのか?」
私は高が驚いてる一瞬の隙を突いて、影の中に逃げ込んだ。
「ううっ、酷い…何も本気で殴らなくても…」
折れた腕の痛みよりも、心が受けた傷の方が痛かった。傷は高邸に着く前に、呪文を唱えて治した。
寝室に着くと布団を深く被り、肩を振るわして号泣した。私は高さんと深く愛し合っているのに、本来の姿の私は彼の敵なのだ。この紛い物の姿の私が敵では無く、本当の姿の私が敵なのだ。「一体何なのだ私は」もう訳が分からず、ただただ泣いていた。
その日、高さんは帰っては来なかった。恐らく曹が殺された為に、今後の会議をしているのだろう。
私は、高さんに殴られたショックで眠る事が出来なかった。朝、侍女が起こしに来たが、体調不良を訴えて寝させてもらった。鏡で顔を見ると、目を真っ赤に泣き腫らしていた。
「酷い顔…高さんには見せられないわ…」
『自動洗浄』
身体も髪の毛だけでなく、着ている寝巻きまでもが、洗濯された様に綺麗になる便利な生活魔法だ。勿論、顔も洗った様に綺麗になるので、泣き腫らした目も治った。
「高さんを除けば後5人…。その度に高さんと戦う事になるなら心が保たないわ」
心が折れそうで、その日はベッドから立ち上がる事が出来ず、ずっと寝たままだった。
高さんは、その日の夜にようやく戻って来た。私が伏せていると聞いて、帰るなり心配して私の寝室に来てくれた。
「どうした?寂しかったか?」
降り注ぐ様な笑顔に、心が救われた気がした。我慢が出来ずに、飛び付くと首に手を回して口付けを交わした。
「ふふふ、どうした麻里奈?今日はいやに積極的だな」
高さんに押し倒され、そのまま可愛がってもらった。幸せ過ぎて泣き出すと、何処か悪いのか?と心配された。優しい高さんと、左腕を折られた時の高さんが重なり、余計に涙が出て来た。
「大丈夫…何でも無いの…」
これが自分が選んだ道だと、目を閉じて自分に言い聞かせた。
曹が振り降りした右拳を、真祖キュルテンが両腕で受け止めると、両足首まで床にめり込んだ。
「おらぁ!」
左の裏拳を喰らい、キュルテンは吹き飛んで壁に背中を埋めた。全身の骨が砕ける音が聴こえ、私の身体は強張った。
吸血鬼は怪力で知られる。真祖ともなれば、その腕力は桁違いだ。真祖は、始祖と呼ばれる「始まりの吸血鬼」から血を分け与えられた者の事だ。始祖の血を濃く(多く)与えられた順で序列が決まる。この序列は絶対であり、下位の真祖が上位の真祖に勝つ事はあり得ない。
真祖ハンス・キュルテンは、12人いる真祖のうちの序列第7位階であり、決して弱い訳では無かった。だからそのキュルテンを凌駕する力を持つ曹が、どれほど強いのか察する事が出来る。
『練気剣』
私は全ての気を練って、空中から全力でその背に叩き込んだ。
『練気盾』
曹が練気盾と唱えると、全身が青白く光った気に覆われて、練気剣を弾き返して傷一つ受けなかった。
「そんな…」
「貴様も気を操れるのか?だがまだ青いな」
勝利を確信して下卑た笑みを浮かべた。
「白面を着けていても分かるぞ。良い女に違いない。俺の女になるなら全て許そう。たっぷりと可愛がってやるぞ?」
全身を舐め回す様にイヤラしい目で、足首から胸まで見られた。
「冗談じゃない。お前なんかに抱かれるくらいなら、死んだ方がマシだ!」
『死誘鎮魂歌』
闇の即死呪文を唱えたが、やはり効果が無かった。
「ふわぁっは、はははは。無駄な事を!」
全身に気を纏った状態の曹が掴み掛かり、避けると苛立ってパンチを繰り出した。当たらなくとも風圧によって弾き飛ばされ、受け身を取ろうとしてバランスを崩して背中を壁に打ち付けた。
「あぐっ」」
背中を強打して床に倒れた所へ、曹が捕まえようと手を伸ばした。
『腐敗の瘴気』
反射的に口から瘴気を吐き出した。不死者之女帝と名乗っていた時の得意技だ。
曹は悲鳴を上げると、右手は腐って肉が削げ落ち、骨が剥き出しになった。
「おのれぇ!」
全身から青白い気が湯気の様に立ち昇り、渾身の気を込めて放った。
ドゴーン
爆裂音がいつまでも耳に残るほどの爆音と、砂埃の煙の中で曹は仁王立ちしていた。
「ちっ、この書斎はお気に入りだったんだぜ?」
その言葉を吐いた次の瞬間、前のめりになって崩れ落ちた。腰から下が骨だけになっていたからだ。
「はぁ、はぁ、はぁ…。早く逃げなくては、皆が集まる…」
全力で逃げていると、待ち伏せをされていた。
「ここを必ず通ると予測していたぞ、白面」
「高…さん…」
高は白面の正体が麻里奈とは知らず、捕える為に攻撃をして来た。
「銅鞭?」
銅鞭は、三国志では呉の黄蓋が、水滸伝では呼延灼の得意武器として知られる。名前に鞭の文字が使われてはいるが、文字通りの鞭では無く、例えるなら棍棒に近い。
剣よりも手加減がし易い為、敵を捕えるのに有効な武器である。しかし当然、頭や背中などを強打すれば、十分な殺傷能力がある。
高さんは、私と分からない為に全力で攻撃をして来た。やむを得ず身を守る為に練気剣で銅鞭を受けたが、凄まじい連撃を受け切れずに左手首を叩かれて骨折し、練気剣を手放すと気が霧散して掻き消えた。
「うぅ…」
折れた左手首を押さえて、高を見つめたが、容赦なく頭に二撃目を加えられギリギリに避けたが、頭を掠めて白面が割れると素顔を晒した。
「お前は、まさか瑞稀か?死んだと聞いていたが、生きていたのか?」
私は高が驚いてる一瞬の隙を突いて、影の中に逃げ込んだ。
「ううっ、酷い…何も本気で殴らなくても…」
折れた腕の痛みよりも、心が受けた傷の方が痛かった。傷は高邸に着く前に、呪文を唱えて治した。
寝室に着くと布団を深く被り、肩を振るわして号泣した。私は高さんと深く愛し合っているのに、本来の姿の私は彼の敵なのだ。この紛い物の姿の私が敵では無く、本当の姿の私が敵なのだ。「一体何なのだ私は」もう訳が分からず、ただただ泣いていた。
その日、高さんは帰っては来なかった。恐らく曹が殺された為に、今後の会議をしているのだろう。
私は、高さんに殴られたショックで眠る事が出来なかった。朝、侍女が起こしに来たが、体調不良を訴えて寝させてもらった。鏡で顔を見ると、目を真っ赤に泣き腫らしていた。
「酷い顔…高さんには見せられないわ…」
『自動洗浄』
身体も髪の毛だけでなく、着ている寝巻きまでもが、洗濯された様に綺麗になる便利な生活魔法だ。勿論、顔も洗った様に綺麗になるので、泣き腫らした目も治った。
「高さんを除けば後5人…。その度に高さんと戦う事になるなら心が保たないわ」
心が折れそうで、その日はベッドから立ち上がる事が出来ず、ずっと寝たままだった。
高さんは、その日の夜にようやく戻って来た。私が伏せていると聞いて、帰るなり心配して私の寝室に来てくれた。
「どうした?寂しかったか?」
降り注ぐ様な笑顔に、心が救われた気がした。我慢が出来ずに、飛び付くと首に手を回して口付けを交わした。
「ふふふ、どうした麻里奈?今日はいやに積極的だな」
高さんに押し倒され、そのまま可愛がってもらった。幸せ過ぎて泣き出すと、何処か悪いのか?と心配された。優しい高さんと、左腕を折られた時の高さんが重なり、余計に涙が出て来た。
「大丈夫…何でも無いの…」
これが自分が選んだ道だと、目を閉じて自分に言い聞かせた。
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