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【第9部〜巨人の王国編〜】

第1話 アナト去し後(のち)

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 神々や人類がアナトを失った日、全世界に柔らかく温かな光の結晶が雪の様に降り注いだ。その穏やかな光に世界は包まれ、その日夜が来る事は無かった。
 その光は建物の中に居ても注がれて、その光に触れた者に数々の奇跡を起こした。起き上がる事が出来ない程の病人も、今にも心臓が止まりそうな重症者も、アルビノとして生まれて来たが故、得体の知れない呪術に使われる為に、非道にも手足を斬り取られた者までもが回復したのだ。
 更には砂漠をも緑生い茂る豊かな大地へと変貌させ、食物を実らせた。豊穣の女神アナトの最期らしい、人類への贈り物であった。
 その温かな光は人間界だけではなく、天界、魔界、そして冥界にも降り注がれた。魔界を光で満ち照らし、固い岩盤だった大地をも緑豊かで肥沃な土地へと変えて見せた。最早ここが魔界だとは誰も思わないだろう。
 冥界に降り注いだ光は、特定の者だけを生き返らせた。そのうちの1人がアナトの母、アシェラであった。アシェラは瞬時にアナトの死を悟った。悲しみに打ち震え、アナトを死に追いやった者をこの手で始末しようと、アナトの気配が絶った場所へと急行した。
 アシェラが到着すると、そこにはかつての夫であったダゴンがいた。聡いアシェラは、それだけで何があったのかを把握した。ダゴンの能力スキルを知っていたからである。
 ノーシーボ効果と言うのがある。1883年にオランダで、死刑囚を使った実験が行われた。死刑囚をベッドに拘束し、その横で医師団が聞こえる様に会話した。
「三分の一ほど血液を抜いたら人間は死ぬだろう」
 死刑囚は恐れた。
「それでは実験を始めます」
 医師が死刑囚の足の親指にメスを入れると痛みを感じ、容器に血が滴り落ちる音を聞いた。数時間が経ち、医師団が会話を始めた。
「どのくらいになる?」
「間も無く三分の一になります」
 すると死刑囚は息を引き取った。この実験は、実はメスで切った様な痛みを与えたものの1滴の血も流れてはおらず、容器に滴り落ちていた音は水であった。
 この様にして人は思い込みにより、自らの心臓すら止めてしまうのである。
 ダゴンの能力スキルは、相手に信じさせた事が現実となると言う、恐るべきものだった。例え不死のアナトでさえも、自分は本当は不死では無いと信じてしまえば、死が訪れてしまう。
 娘の死に激しく動揺し、冷静な判断が出来ず、闇雲に怒りの鉄拳を喰らわした…つもりだったが、寸での所で受け止められてカウンターを喰らって拘束された。自分はどうなっても娘の仇だけは討つと、拘束された痛みを無視して力を入れると、左腕が千切れてしまったが、アナトの受けた痛みに比べれば大した事無いと、ダゴンの顔面に頭突きを喰らわした。
 怒り狂ったダゴンによってアシェラは気を失わされ、連れ去られた。
「アナト…」
 アシェラは娘の仇も討てず失意の中、意識が遠くなった。

 それから数時間後、冥界のゲートを開いて地上に現れた者がいた。アシェラと同じく、アナトの最期の場所を目指した。彼女が到着すると、争った形跡があるものの、既に誰も居なかった。
「アナト…貴女が死ぬなんて…。きっと私が仇を討ってあげる」
 そう言って破壊され、既に機能を失ったゲートに花束を添えた女性は、アナトに瓜二つの麻里奈だった。
 麻里奈はアンデットだったが、冥界にも降り注いだアナトの光によって身体が蘇生し、アンデットでは無くなった。この時、アナトの身に何か起きた事が想定され、冥界のゲートをアシェラが開いていた為、それを通って人間界に出たのだ。
 アンデットでは無くなった為に麻里奈は、これまで使う事の出来なかった光魔法が使える様になっていた。
「私にはアナトの様な天界の加護は無く、支援は期待出来ない。私1人でやらなくては…」
 麻里奈は、魔法箱マジックボックスから白面を取り出して装着した。アナトと同じ顔の私が、素顔を晒す訳にはいかない。ダゴン王の側近を1人1人倒し、力を弱めてから仇を討つ。そう決意を胸に秘め、中南海を目指した。
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