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【第8部〜龍戦争〜】

第42話 大魔王サタンの脅威⑧

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ポゥー!(報告!)」
 早朝から慌ただしく駆け馬が到着した。報告によれば、冥界の王ハーデスが討たれ、信長の本隊が全軍でこちらに向かっていると言う。
 先陣30万、中軍50万、後軍70万、大本営は100万の合わせて250万の軍が向かっていると言うのだ。それに対してこちらは、織田四天王を吸収したが、それでも30万に届かなかった。
「敵の先陣とは、どうにか戦えよう。中軍相手にも、やりようがある。しかし、後詰、大本営までもが相手となると、いつまでも城を守り続ける事など出来ぬだろう」
 重苦しい空気が皆にのし掛かる。考えても打開策は思い浮かばない。
「選択は3つ。1つは、こちら側から攻めて敵先陣を討って一撃を加えた後、籠城する。2つ、籠城して英気を養いつつ敵を迎え撃つ。3つ、城を捨てて逃げる」
 降伏するとは言わないんだな?と、その気概に感心した。だが考えようによっては、ここで信長を倒せれば大魔王サタンに刃が届く。奴は閻魔王との戦いで、こちらに全力を出せない。そこを突けばチャンスはこちらにある。大魔王サタンを倒す為に閻魔王と共闘するのだ。しかし全ては、信長を倒してからの話だ。
「2つ目はダメだ。援軍も無い今、城を枕に討ち死にするのを待つだけだ」
「となると1つ目か3つ目」
「だが1つ目は、結局は2つ目と同じ道を歩む事になるのではないか?」
 議論は数時間に渡り、3つ目の城を捨てて逃げる事となった。
 殿しんがりは、上杉謙信が引き受ける事となった。敵の先陣は武田信玄であり、よく知る間柄である為、謙信に目が向いて我々が逃げるとは思わないだろうと考えたからだ。
「でもそれでは謙信殿が犠牲になってしまう」
「ははは、それがしの心配ならご無用」
 戦国最強の武将である上杉謙信は、武田信玄といくども戦い、ただの1度も敗北した事は無い。よく知る相手だけに、妙案があるのかも知れない。生きて逃げ仰せてくれると信じるしか無い。
 私達は逃げる準備を始め、上杉謙信は3万の軍勢を率いて出陣した。兵を失うのが惜しいと、減らす事を謙信は提案したが、それより少なければ信玄に怪しまれるだろうと、3万を率いる事になった。
 この3万の兵士は、生命をかけて仲間を逃す為に残る殿しんがりである為、全員が既に死を覚悟している。驚くべき事に、この3万の兵士は全員が立候補した。
 自分達のお館様(上杉謙信)を必ず生きて返す、自らの生命と引き換えにしても、そう決意していた。謙信は女性である事をしていたが、実は配下に知られており、皆がアイドルを慕う推しの様に絶対の忠誠を誓っていた。
 自分を慕う兵だ、その士気の高さは尋常では無い。
「1人十殺だ!10人殺すまでは死なん!」
 上杉謙信3万に対して、武田信玄30万。その差10倍であったが、なんと謙信は突撃を行なった。
「正気か?何度もお主には煮え湯を飲まされたが、これで終わる。これでようやくお主がわしのモノとなる」
 かつて武田信玄は、上杉謙信の美しさに惚れ込み求婚したが、自分より強い者にしかとつがないと言われて断られた。
「お主より強いと証明して見せようと、川中島の戦いを5度行ったが、結局勝つ事は出来なかったわ。だが今度こそ勝つ!」
 真っ直ぐ向かって来る謙信に対して、信玄はその横腹を突く様に指示すると、山県昌景、高坂昌信、馬場信春ら武田二十四将の猛将として知られる彼らが右腹に突っ込んで来ると、謙信は合図を送って柿崎影家と甘粕景持に迎え撃たせた。
 戦国最強の武勇を誇る上杉謙信だ。寡兵でありながら武田軍の敵陣を突破して丘に陣取った。柿崎と甘粕も戻り、陣を立て直した。
「流石よの。高台から火の如く駆け降り、我が軍に打撃を与えるつもりだろうが、果たして思った通りになると思うなよ。兵力差は10倍。いくらお主でもどうにもならぬわ」
 信玄は決して謙信を傷付けてはならぬ、無傷で生け捕れ、と無茶な命令を下した。低所より高所へ登るのは不利だが、信玄は数を頼みに人海戦術を取った。
 謙信は丘より駆け降りて武田軍を蹴散らし、信玄に迫った。そこへ左横から真田幸村が突撃して来たのである。不意を突かれ、謙信3万のうち2万も失った。
「お館様、もはやこれまでです。十分に足止めの役目を果たしました。我らも退却しましょう!」
「いやまだだ、まだ足りぬ。これでは直ぐに追いつかれる」
 1万に削られた謙信は構わずに、信玄に突撃した。
「ふふふ、流石は儂が惚れた女よ。そうで無くてはな」
 信玄は立ち上がり、馬にまたがって迎え撃った。ガギィィィンと金属が交わる鈍い音がし、謙信と信玄はすれ違った。上杉謙信は名前に恥じぬ武勇を示したが、多勢に無勢で次第に押され始めた。
「包囲して殲滅しろ!」
 泡や全滅を救ったのは1人の武者だった。その男は武田軍の背後を突いて現れた。真田幸村が応戦したが、まるで子供扱いであしらわれ、右肩と腕の付け根を正確に貫かれて馬から転げ落ちた。
 山県昌景と鬼美濃と謳われた原虎胤がその男に向かって行ったが、同じく右肩と腕の付け根を貫かれた。
 この男こそが、天下一の歌舞伎者と言われた前田慶次であった。
「貴様!何を考えておる!」
 信玄は怒鳴った。
「なぁ~に、こっちの方が面白そうだったもんでね?」
「何処まで歌舞伎よる!」
 信玄は歯軋はぎしりして怒りをあらわにした。
「もうアンタは十分にやった。死ぬには惜しい。それに俺の盟友がアンタに心酔していてね?死なす訳にはいかないのさ」
 前田慶次の盟友とは、上杉四天王の1人、直江景綱の養子である直江兼続の事である。
 上杉謙信は前田慶次の援護を得て退却を開始した。その殿しんがりを務めるのは、第四次・川中島の戦いにいても殿しんがりを務め、そのあまりの強さに上杉謙信本人だと間違われたと言う逸話のある甘粕景持が受け持った。
「影持、すまぬ」
「お館様、笑って送ってやって下さい。きっと戻って見せます!」
 甘粕景持は笑って謙信を逃した。謙信と慶次は並んで駆け去った。
「男だな。見事な歌舞伎ぶりよ」
 前田慶次は甘粕景持を褒め称えた。上杉謙信が私達の本隊に合流したのは翌日の晩であった。
「よくぞ無事で」
「多くの犠牲を出してしまった。彼らの生命の上に今の私がある…」
 謙信は合掌し、念仏を唱えた。そこへ訃報が届いた。
“甘粕景持、討ち死に”
 謙信は崩れ落ちて泣いた。私は掛ける言葉が見つからず、うつむいて涙を流した。
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