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【第7部〜虞美人編〜】

第4話 韓信との出会い

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 項梁軍は黥布の軍が合流した為に、総兵力が7万に膨らんだ。殷通を殺して会稽から決起した時は、わずか8千の兵だった。
 淮陰(現在の江蘇省淮安市)で徴収した兵士の中には、のちに有名な韓信がいた。
阿籍ア・ジー、あの者は誰なの?」
「ん?あぁ、あ奴か…。ただの股夫こふよ」
股夫こふとは?」
「あいつは昔ならず者に絡まれた時、腰に下げている剣は飾りか?飾りでないなら俺を斬ってみろ!それが出来ないのなら、俺の股をくぐれ!と言われて潜る方を選んだ腰抜けよ…情け無い。しかも偉そうに献策までして来おったわ」
「その書状を見せてもらえる?」
「無いな」
「無い?」
股夫こふの献策など見ずに捨てたわ。気分が悪い」
「そう…」
 なんだかとても気になる。あのたたずまいは只者では無い気がする。
 俺は韓信が1人でいる時に後をつけ、小石を拾って死角から投げ付けると、わされた。
「嘘っ?」
 偶然などでは無い。明らかに察して避けたのだ。その証拠に、避けた小石を目で追っていた。
「凄い。これほどの達人が腰抜けなはずがない。きっと大望を抱いているに違いない。秦の法律は厳しく、殺人を犯せば死罪だ。くだらない相手を斬るのは簡単だが、敢えて屈辱に耐えて見せたに違いない」
 もしその推測が正しければ、こいつはとんでもない大物に違いない。残念なのは阿籍ア・ジーに献策した書状の中身が見れなかった事だ。
「韓殿!韓殿!」
「これは上将軍。私などに何かご用でしょうか?」
「いや、もし宜しければ、一献差し上げたいと思って声を掛けたのです」
「上将軍と一緒に飲む理由がございません。失礼致します」
「あー、待って、待って。実は先程、小石を投げ付けたのは、私なのです」
「なぜその様な真似を?」
「いや、申し訳ない。韓殿がどう見ても只者ではない気がして、試させて頂いたのです。お詫び、と言う事で一緒に飲みませんか?」
「なるほど、そう言う事でしたら…」
 酒を酌み交わすと、韓信の考え方に非常に共感し、楚軍になくてはならない将になると感じた。
「韓殿、阿籍ア・ジー…いや、若殿に是非とも推薦したい」
 韓信も酒を酌み交わしている相手が、虞美人の弟だと知って、期待に胸を膨らませた。虞子期は、項羽の義弟だからだ。
小虞シャオ・ユー!」
 阿籍ア・ジーは俺達の姿を見ると、大声で怒鳴って来た。
「ちょっと、何考えてるのよ?今は虞子期だよ?」
 声をひそませて詰問調に言うと、怒った項羽は俺の右腕を取ってねじり上げた。
「痛い、痛いっ!折れちゃう、折れちゃうよ…あーっ!」
 本当に折れそうになり、少しゴキっと音が聞こえた気がした。俺が目に涙を浮かべたのを見ると、項羽は少し落ち着いたが、韓信と2人で飲んでいたのを再確認すると、更に怒り出して抜剣した。
「わぁあ、ダメダメダメ」
 項羽にしがみ付いて止めたが、意に返さず引きずられた。
「私が誘ったんだから、私が悪いの。韓殿を斬ったら自害するわよ!」
「何だと!?そんなにこの男を気に入ったのか?男娼にでもするつもりか?このアバズレが!」
「何を言っているの?怒るわよ!」
 恐らく初めて喧嘩をして、項羽と睨み合った私の姿は、完全に虞美人になっていた。
「ど、どうなっている?」
 側で見ていた韓信が1番驚いた。先程まで男性であり、確かに虞子期であったのだ。どうやって女性に、虞美人になったのか?
 それから、基本的に女性は結婚すれば、夫のモノとなる。他人ひとモノと2人で酒など酌み交わしていれば、不貞を疑われても仕方がないし、人妻を誘惑しようとしていると見られても仕方がない。項羽が激怒するのも無理はなかった。
阿籍ア・ジーお願い、私が悪いの。許して…」
 泣いて項羽にしがみ付いていると、背中をさすられた。
「お前に怒ってるんじゃない。股夫こふの奴が、俺の大事な妻にちょっかいをかけていたから、腹が立ったのよ」
「だから、私から誘ったって言ったじゃないの」
 私は韓信に手で、今のうちに向こうへ、とジェスチャーした。韓信は私に頭を下げると、逃げる様にして立ち去った。
「何をしていたんだ?」
「あの韓殿は、やはり只者ではなかったの」
 そう言って、今あった出来事を話した。
「わははは。可愛いのぅ、小虞シャオ・ユーは。それにしても股夫こふだけでなく、ペテン師であったか」
「どうして彼がペテン師なのよ?」
「石を避けたのはただの偶然で、先入観からお前にはそう見えただけだ。あ奴の戦略とやらは、机上の空論よ。絵に描いた餅で、何の役にも立たぬわ。もうあ奴に関わるのはよせ。今度2人でいる所を見たら、有無を言わさずに斬る」
 私を愛してくれているのは分かるが、嫉妬が激しくて、束縛がキツい。そのうち、虞子期の姿で出歩く事も禁じられそうだ。
「分かったわ…もう関わらないから、今日の事は水に流してあげて。お願い」
 目をうるうるさせて、下から見上げるポーズに男が弱いのは、今も昔も同じだ。そのまま押し倒されると、いつも以上に尽くした。自分から積極的に腰を動かすと、項羽は喜んだ。
 3度も行って果てると、疲れて眠ったが、阿籍ア・ジーはお構いなしに、眠っている私を気が済むまで抱いていた。
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