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【第7部〜虞美人編〜】

第3話 反秦の旗

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 あれから数年が経ち、24歳になっていた。
 天下の情勢は大きく動き、前年には始皇帝が亡くなったのだ。これによって各地では、秦の圧政に苦しんでいた民が反発し反乱が起こった。国を滅ぼされた忠臣達が声を上げて反秦の旗を掲げた。
 その中で最も有名で、大きな反乱軍こそが「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや」で有名な陳勝と呉広が率いた、史上初の農民反乱軍だろう。
阿籍ア・ジーよ、遂に天の時がやって来たぞ」
「その、天の時とは?」
「この会稽の郡守である殷通は、中央から派遣された秦の役人じゃ。生命惜しさから反乱軍がここにも押し寄せる前に、反秦の旗を掲げて逃れようとしておるのじゃ」
「くだらん奴だ」
「そう言うな。そのお陰でチャンスが訪れたのじゃ。ワシが合図を送ったら迷わず殷通を殺せ!会稽を制圧し、反秦の狼煙のろしを上げるぞぃ」
 危険だから来るなと言われたが、俺は虞子期として密かに項羽について行った。
「おお、よく来て下さった。既に聞き及んでおられると思うが、江南地方のほとんどが反乱を起こしたのだ。これは秦を滅ぼす天意だろう。『先んずれば人を制し、後るれば人に制せられる』と言う。私は挙兵して、項梁殿と桓楚を将軍にして攻めようと考えている」
「郡守殿は、桓楚殿の居場所はご存知でしょうか?」
「それが弱った事に、人をやって探しておるのだが、まだ見つけられぬのだ」
「それならワシの甥の項羽が知っておりまする」
「誠か?」
「はい。では呼びましょう。阿籍ア・ジー!郡守殿がお主に尋ねたい事があるそうじゃ。お答えせよ!」
「ははっ!」
 項羽は入るなり剣を一閃すると、一刀の下に殷通郡守を斬り捨てた。すぐさま衛兵らが駆けつけて項羽らを取り囲んだが、項羽はお構いなしに斬り込むと、数十人を一瞬で斬殺した。衛兵達は項羽の常人離れした強さに恐れをなして、近寄れずにいた。
「よく聞け!殷通は秦の役人。天に代わってこれを成敗したまで。さもなくば、反乱軍がこの城を飲み込む所ぞ。降伏すれば良し、我が甥の強さを見たであろう?死にたい者は遠慮なくかかって来るが良い!」
 すると衛兵達は、剣を捨てて降伏した。
「あーあ、何だよ。全く良い所無しじゃないかよ」
 虞子期は拗ねて見せた。
小虞シャオ・ユー、危険だから来るなと言っただろう!」
「この姿の俺に小虞シャオ・ユーと呼ぶな!」
 俺だって江湖では、名の知られた豪傑だぞ?女子供扱いしやがって…まぁ実際、女子おなごなんだが…。
 会稽郡を制圧すると、近隣から桓楚が傘下に加わった。そのまま反秦の旗を掲げて北上し、長江を越えて東陽県(現在の安徽省)に着くと、この地方の元役人だった陳嬰が2万の軍勢を連れて傘下に加わった。陳嬰は自分では役不足でリーダーの器では無く、誰か名家の者がいれば、その配下になりたいと思っていた。項梁は、楚の名将項燕の子であった為、いわゆる七光的な知名度があったのだ。
 淮水(黄河と長江の間を流れる大河)を渡ると、英布が傘下に加わった。
 英布は若い頃に占い師によって、「いずれ刑罰を受けて刺青を入れられるがその後、王になるだろう」と予言されていた。そして本当に刑罰を受けて顔に刺青を入れられると、「これで俺が王になる事が確定した」と言って喜んだと言う。いつしか人は、彼を黥布と呼んだ。黥とは、刺青の意味である。
「おお、よくぞいらしてくれた」
 項梁は、黥布が傘下に加わった事をいたく喜んだ。この頃、既に黥布の武名は天下に轟いていたからだ。
 余りにも黥布がチヤホヤされるのが面白くなく、俺は黥布に喧嘩を売って斬りかかろうとしたが、殺気を浴びると蛇に睨まれた蛙の様に身動きが出来なくなった。
「くっ…クソっ、動け!何で足が動かない…」
 黥布は殺気を放って間合いに入って来たので、殺されると思い、死を覚悟したが、阿籍ア・ジーが間に入って黥布を睨んだ。
「よせよせ、仲間同士で斬り合ってどうする?これから秦を討つと言う時に。黥布よ、ワシに免じて許してやってくれんかの?実はこの子期は、阿籍ア・ジーの嫁なのじゃ」
 突然何を言い出したのか理解が出来ず、馬鹿にされたのかと思って憤った。
「信じられんのも無理はない。虞子期は虞美人なのじゃ。他言無用じゃぞ?」
 叔父上に肩を叩かれると、緊張が解けて、その場に座り込んだ。顔を上げると女性になっており、黥布と桓楚は驚いた。
「この事は他言無用じゃ」
 項梁の言葉に2人はただ頷いていた。
「うーむ、何と言う美しさだ。羨ましい…」
 黥布は時折チラ見しては溜息をついた。武勇で負けた俺は、黥布が俺に見惚れているのに気付いて、悪い気はしなかった。
 項羽は、この女は俺の女だとアピールしているのか、日頃は引っ付いたりして来ないのに、ずっと肩を抱いていた。
 その晩は、いつも以上に激しく阿籍ア・ジーに抱かれた。
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