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【第5部〜旧世界の魔神編〜】

第3章 異変③

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自動書込地図オートマッピング
「もの凄い勢いで生命が失われていく…」
「これからどうするんだ?小虞シャオ・ユー
 拘束を解かれた項羽が、戟を握りしめて聞いて来た。
「もう私は貴方の小虞シャオ・ユーでは無いのよ。だから阿籍ア・ジーとも呼ばないわ」
「来世でも夫婦でいようと、誓い合っただろう?誓いを反故ほごにするつもりなのか、小虞シャオ・ユー
「ごめんなさい。確かに虞美人の生まれ変わりだと分かっているけれど、記憶は無いし、好きな人がいるの私。だから貴方とは夫婦にはなれない」
「そうか…あの時に、我らの縁は切れてしまったのだな…」
 項羽は、両目を閉じて何か考えているみたいだった。
「魔界の生き残りは少ない。力を合わせて対策を練りましょう」
 ルシエラはいつだって冷静だ。動揺した姿を見た事がない。だけど、こんな事態になって動揺していないはずがない。部下の手前もあるので、見せない様にしているだけだろう。
「では、あのスライムについて知っている情報をまとめてみよう」
① XNUMX人である
②他者の生命を取り込む本能で動いている
③②で取り込んだ者の知識や知恵を持つ
④物理攻撃無効
⑤魔法抵抗値が高く、効いても効果が低い
⑥触れられた部分から取り込まれる為に、直接攻撃は勿論、攻撃を受けてはいけない
⑦消化した者の能力が使える(固定スキルが使用可能なのかは、要検証)
⑧取り込まれた者は、完全に消化吸収されてしまう為、生き返らせる事が出来ない
「…と、まぁこんな所かしらね?」
「触れてはダメ、攻撃を受けてもダメ。相当に厄介な相手なのは間違いないわね」
「それに、かなり強力な魔法を近距離で唱えたけど、動きを少し鈍らせただけよ」
 ロードが喰われそうになった時、喰わせまいと必死で呪文を唱えたのを思い出して涙ぐんだ。
「辛い目に合ったんだな」
「何か対策は…」
「…魔法が効きにくいだけで、効かない訳では無いのですね。それなら…スライム系に有効なのは、冷却系の魔法です。凍らせる事が出来れば封印出来るかも…それも永遠に」
「よし、やってみよう」
 ルシエラは配下を分散させた。1箇所に集まっていると、まとめて捕食しようとするエルダー・スライムに、狙われると考えたのだ。私達には、準備の為の時間が必要だ。
 ルシエラの提案で、魔法だけでは足りないと考えて、あらかじめに冷却の罠を仕掛けて誘い込み、動きが弱った所で冷却呪文を掛け続けて倒す、と言う作戦だ。
 私達は拠点を変えながら、罠を仕掛ける場所へ交代で作業を行った。作業は可能な限り、最小人数で行い、私は必ず作業現場にいた。自動書込地図オートマッピングで常に、エルダー・スライムの襲撃に備えていたからだ。近くに現れたら、一斉に逃げる合図を送る為に。
 苦労の末に、およそ1ヶ月かけて罠を完成させた。その間、エルダー・スライムは猛威を振るい、私達以外で魔界の生存者はいなくなった。罠におびき寄せる為に私達は集まると、果たしてエルダー・スライムは動き出した。
「皆んな、気を付けて!こっちに向かってるよ。手筈通りに行くよ!」
 エルダー・スライムと罠の場所までは、距離にしておよそ、東京-博多間くらいだったが、ものの1時間足らずで、それは現れた。
 罠は、岸壁をくり抜いて横穴状に掘り進めて作った。エルダー・スライムは、1人も逃さないと言う意思表示なのか、巨大な身体を岸壁に纏わり付かせながら、進んで来た。これは想定外だった。罠を起動するタイミングが難しい。中途半端に凍らせてしまっては、核分裂を起こして、逃れられてしまう。それでは意味がない。
「アナト様、どうか必ず仕留めて、私達の仇を討って下さい」
 静かにそう言うと、ルシエラは配下を率いて囮になった。エルダー・スライムは誘い出され、ルシエラの配下に追いつくと、1人、また1人と捕食しながら奥へと誘われた。
 あと1歩で罠だ、と言う所でエルダー・スライムの動きが止まってしまった為、ルシエラは自らが囮となって罠の中に入った。
「今よ!起動して!」
 ルシエラは自らを犠牲にして、エルダー・スライムと差し違えるつもりだ。
「そんな事…出来る訳が…」
 涙が溢れ、起動スイッチを握る手が震えた。項羽はその手を握って、首を振った。
「これがあいつの覚悟だ。無にするつもりか?犬死にだ」
 ルシエラはエルダー・スライムに捕らえられ、身体が溶かされながら体内に取り込まれていく。
「早く…早く…スイッチを…」
 私がスイッチを押すと、罠は起動した。液体窒素が罠を覆い尽くし、全てを凍らせていく。
氷流竜巻アイスブリザード
 エルダー・スライムは逃れようと身体をくねらせたが、片っ端から凍り付いて行く。
「終わった…」
 しかし油断した隙を突かれて、エルダー・スライムの攻撃を受けたが、直前で項羽が私をかばって突き飛ばした。
「逃げろ!死ぬなよ…」
阿籍ア・ジー!」
 項羽はエルダー・スライムに半身を取り込まれて消化されていたが、阿籍ア・ジーと叫んだ私に対して笑顔を見せた。
「来世こそは、再び夫婦めおとに…」
そう言うと、身体が消化液によって溶かされ、絶命したので目を伏せた。悲しみで心が張り裂けそうだった。しかし、皆んなの生命で繋いだチャンスだ。
終焉氷絶対零度アブソリュートゼロ
 エルダー・スライムは完全に凍り付いて、活動を停止した。
「終わった…今度こそ本当に…」
 力無くその場に崩れ落ちた。魔界で生き残ったのは、私1人だけだ。
「皆んな…皆んなのお陰で、倒したよ…」
 急激に眠気に襲われた。とても疲れた1日だった。大きな犠牲を払ってエルダー・スライムを倒した。全宇宙の生命の危機を救ったのだ。

地獄之大爆風ゲヘナインパクト
 岸壁がドロドロに溶けるほどの超高温で包まれ、凍り付いたエルダー・スライムの氷が溶けていく。私の身体も蒸発する様に溶けていくが、その都度、身体は修復されていく。身体状態異常無効のお陰だ。
「そんな…」
 エルダー・スライムの氷が完全に溶けると、魔力の尽き掛けているアナトに襲い掛かった。殴られると、当たった箇所は取り込まれて肉は削り取られ、骨が見えた。そのまま勢い余って、岸壁に全身を叩き付けられた。
「うぐっ、ぐほぉ…げほっ、ごほっ…」
 身体の回復を上回る攻撃力に起き上がる事が出来ずに地面に這いつくばった。エルダー・スライムがにじり寄って来た。
「ごめん、ルシエラ…仇を取れなかったよ。ごめん、阿籍ア・ジー…逃げる事も出来なかったよ…」
 私はエルダー・スライムに取り込まれると、意識を失った。私は消化され、「私」と言う存在は消滅するのだ。
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