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【第4部〜西洋の神々編〜】

第7章 猿神

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 私達はヴィシュヌの居城を取り囲むと、降伏勧告の使者を送った。城を守るのはヴィシュヌの妻である吉祥天(ラクシュミー)だ。
 前ループでは、夫が行っていた事を薄々感じていたのに止められず、無力な妻で申し訳ないと言っていたな。あまり手荒な真似をしたくなくて、降伏を促したのだ。
 すると、城壁から使者の首が落ちて来た。使者の首の口の中に返書があった。それには、「夫を殺した者に降伏はしない。城を枕に討ち死にする覚悟」と書かれていた。恐らく時間を稼ぎ、援軍の到着を待っているのだろう。
「援軍に備えて警戒を怠るな。それから部隊を分ける」
ルシエラが指示を出した。
「奥様、あれをご覧下さい!」
吉祥天(ラクシュミー)が城壁から見ると、魔軍の後方が騒がしく、一目見て色めき立っているのが分かる。
「おぉ、あれは忉利天からの援軍ですぞ!」
「よし!今こそ城門を開け、魔軍を駆逐する時ぞ」
吉祥天(ラクシュミー)は、城兵を率いて打って出た。魔軍は神兵の挟撃に合い、壊走し始めた。
「それ!皆殺しだ!」
吉祥天(ラクシュミー)は大薙刀を振るいながら、魔兵を追い散らし、敵将を見つけて打ちかかった。魔将の方も敵総大将に気付いて、戦斧を振り上げた。
「うぉぉぉ」
戦斧を躱すと、大薙刀を横に払う。受け止められると、下から上に掬い上げる様に斬るが弾かれ、戦斧が前髪を掠めた。お互い強敵である事を認めると、距離を取った。
「私はヴィシュヌ神の妻・吉祥天(ラクシュミー)である。お前は?」
「私は大魔王・クラスタ。西方統帥を務める」
「思ったより大物ね。貴女、気に入ったわ。降伏しなさい。援軍も到着したし、もう貴女達に勝ち目はないわ」
「くっ、ははは。軍師の策にハマったな。あれが本当に援軍なら、私達はとっくに壊滅している。よく見てみろ!」
吉祥天(ラクシュミー)が目を凝らしてみると、援軍のはずの神兵が我が軍に攻撃を加えている。
「ここに来るまでに、どれだけ神兵と戦ったと思っている?あれは剥ぎ取った鎧を我が軍が着て、援軍のフリをして、城から打って出させたのよ。見ろ!」
振り返ると魔軍の大軍が城に押し寄せ、落城寸前だった。
「くそっ!こんな手に引っかかるとは…」
「お前の方こそ降伏しろ。陛下が何故かお前を気に入られていてな?丁重にお迎えしろと言われている」
「ふざけるな!」
吉祥天(ラクシュミー)は城を捨てて逃げた。敗残兵をまとめながら、落ち延びて行ったのは流石の手腕である。
「逃すな!追撃しろ。何としても捕えろ!」
「陛下、あの者に固執する理由は?」
「吉祥天(ラクシュミー)は前ループで、夫の敵討ちで暗殺しに来たのよ。必ず復讐しに来る。それに、今ループでは猿神(ヴァナラ)達にまだ会っていない。きっとハヌマーンに援軍を求めに行く。そうなると面倒くさい事になる」
「なるほど。ビゼル!吉祥天(ラクシュミー)を追い、捕らえて連れて来るのだ。抵抗するなら殺して良い」
「はい。軍師、朗報をお待ち下さい!」
ビゼルが大人しく言う事を聞く相手は、私とルシエラだけだ。扱いに慣れると、上手く操縦が出来る。ビゼルはおだてて気分良くしてやればいいのだ。単純過ぎて、他の魔将よりも実は扱いやすい。
 魔兵はしつこく追撃して来て、何度も追い付かれた。既に体力も神力も底を尽きそうだ。猿王スグリーヴァの城に到着した時には、100人も神兵はいなかった。追いつかれていれば、ここで討ち死にしていただろう。ボロボロになりながら、猿王城の門を潜くぐった。
 ビゼルが到着した時は、ちょうど吉祥天(ラクシュミー)が城内に入り、城門が閉じようとしていた時だった。
「しまった。あと一歩遅かったか。後退し、野営の準備をしろ!」
こうなってしまっては、長期戦になると踏んだのと、地理は相手の方が知り尽くしている。夜襲を警戒して見晴らしの良い場所まで後退させたのだ。
 夜半になり、果たして城から続く松明の灯りが、大軍であることを物語っていた。その灯りは陣を取り囲んだ。完全に包囲され、逃げ場は無い。
プオォォーン!プオォォーン!
低い笛の音が大音量で奏でると、騎馬隊が近づいて火矢を放つと、すぐに第2陣が走り寄せ火矢を放ち、後方に向かう。これを繰り返す「車懸かりの陣」だ。矢を撃ち終わると、今度は投げ槍に持ち替えて繰り返した。ビゼルの陣は火の海となり、壊滅した。
「報告(ポー)!」
「何事だ?」
「はっ!北方統帥・ビゼル様の陣が壊滅。ビゼル様も消息不明との事です!」
「くっ、全軍、続け!」
「陛下お待ちを。敵はビゼルを壊滅し、勢いに乗っております。また、地の利は敵にこそあれ、我が軍は不利です。朝まで待つべきです」
「それではビゼル達が全滅してしまう」
「お気持ちは分かりますが、陛下に万が一の事があれば魔軍は終わりです。それを承知なら、お止め致しません!」
「ファルゴ!捜索隊を出して、1人でも多くの北方軍を救うのよ。それからビゼルの消息を探って頂戴!」
「畏まりました!」
「焦って頭に血が昇ってたよ。冷ましてくれて有難う、ルシエラ」
ルシエラは確かに沈着冷静で頭の切れる軍師だ。だが、クール過ぎると思う。本当は誰よりも情熱的で優しい事を私は知っているのに。心配で眠れず、朝日が昇るとすぐに出発した。陣が張ってあったと思われる場所は、焼け焦げて生存者はいなかった。
『死者蘇生(リアニメーション)』
黒焦げに、消し炭の様になった魔兵が生き返っていく。
「凄い。何と凄い呪文なんだ」
「あー、言い忘れていたわ。私は唯一神の娘らしい。だから私だけ、不老不死で死者を蘇生出来るらしいよ」
「何と!」
皆んな絶句した。
「陛下、今の話は我々以外では、してはダメですよ」
眉を顰めながらルシエラは、声を顰めた。人間が神と呼ぶ存在をも創り出したのが、唯一神だ。その唯一神も唯一と言うくらいだから1人だと思われていたのだが、どうやら同族が存在するらしいと、神々の中ではタブー視される噂話だ。唯一神の娘が存在するなら、あの話は事実と言う事になる。
「もうここまで聞いたんだから、出し惜しみせずに最後まで教えて」
聞いても嘘か真か誰にも分からない、私から聞いたとは口外されない様に、と念を押されると、話し始めた。
 唯一神は「旧世界の魔神」と呼ばれた神の1人らしい。「旧世界の魔神」は、今の神々でさえ、行う事が出来ない力を持っていたと言われている。要約すると、それだけの事なのだが、勿体ぶる話なのに蛇足が長い。これは、真実を隠す為に、後から付け加えられたもので、全て事実なんだろうと感じた。何故なら、私が唯一神の娘だからだ。なるほど、「旧世界の魔神」か…他にもあんなのがいるかも知れないのか?前ループで攻撃を防ぐ事も出来なかった。身体状態異常無効スキルも何の役にも立たなかった。あれが「旧世界の魔神」ね。
 話をしていると斥候が駆け込んで来た。
「陛下!猿神(ヴァナラ)達が攻めて参りました!」
「何だって?」
大軍に城を攻められているのだ、通常なら籠城を選択する。城に籠っている方が敵を撃退しやすいからだ。攻めて来たと言う事は、自分達の強さに余程の自信があると言う事を示している。
「何と強気な」
フィーロが呆れた様子で絶句した。
「ビゼルを倒したのだ、強気にもなるだろう?」
ロードが吐き出す様に言った。
「だが、所詮は猿。思い知らせてやる!」
クラスタが息巻いた。
「鶴翼の陣を敷け!」
ルシエラが号令すると、兵達はすぐに鶴翼の形に陣形を取った。
「恐らく、中央突破を図るに違いないよ?」
「流石は陛下、よく戦況を読んでいらっしゃる。策を成功させる為に、陛下には囮になって頂きます」
「分かった」
私はすぐに兵を連れて中央に配置した。中央が薄く、両翼は厚く布陣されている。
 猿神(ヴァナラ)達は、総大将である私の兵が少ないと見て、正面突破を図り、猪突猛進して来た。両翼が包み込むよりも速く私達は交戦する事となった。驚くべき事に、軍師であるハヌマーン自ら突撃して来ていた。
「多方おおかた、敢えて突破させて時間を稼ぎ、両翼に包み込ませて殲滅を狙ったのであろうが、愚かよな?総大将である、お前を討ち取れば俺達の勝ちだ」
ハヌマーンは私を見つけると、槍を振り回して突撃して来た。繰り出された槍を受け流してカウンターを入れるが、軽く弾かれて、交錯した。
「知ってるよハヌマーン。ゲームじゃ有名だよ」
「訳の分からない事をほざくな!」
高速で繰り出された槍は、無数の連撃となって私を襲う。全てを弾き、受け流す事が出来ずに、急所をずらして左肩と胸の間を貫かれた。
「もらったぁぁぁ!」
片手で槍を回し、遠心力で破壊力を増した一撃は、頭を掠めて私の兜を飛ばした。
「えーいっ!」
身体を伸ばして繰り出したのは、剣道の片手突きだ。ハヌマーンの左胸を刺したが心臓からズレ、力が足りず刺し切れなくて、致命傷を与えられなかった。
「おぉらぁぁっ!」
頭上から叩き付ける槍の穂先が私の頭を砕き、噴水の様に2m以上噴血すると、地龍から転げ落ちた。馬上から降りる余裕はなく、代わりに私の身体を槍で刺してそのまま持ち上げた。
「総大将、討ち取ったりぃぃぃ~い!」
猿神(ヴァナラ)達は喜び、勝利を確信して雄叫びを上げた。しかし、魔兵は意に返さず両翼が突撃して来た。左右の翼が閉じる様にして猿神(ヴァナラ)軍を包み込んだ。怒号が飛び交い、剣槍がぶつかり合う音が木霊する。挟撃された猿神(ヴァナラ)軍は恐慌状態となり、逃げるも味方同士がぶつかり合って転び、そこを仲間に踏み潰されて命を落とす者もいた。
「狂ってやがる。手前てめぇらの総大将がお死んじまったてのに、気にもしてやがらねぇ。忠誠心のカケラもない奴らだな。ま、人間なんかに忠誠なんざ誓う訳もないか。こいつも可哀想に、悪魔共に利用されただけだな」
槍を振るって、私の遺体を地面に向かって放り投げた。私は身体を捻って着地した。
「ふぅー。槍が抜けなくて困ってたのよね」
そう言いながら『魔法箱(マジックボックス)』から魔剣を取り出して構えた。
「な、何だと!?確かに死んでいたはずだ!」
「ようやくだけど、自分の戦い方が見えて来たわ」
剣帝の剣技で攻撃を畳み掛けると、ハヌマーンは防戦一方となった。
「どうしたの?そんなものなの?あなた達は斉天大聖・孫悟空のモデルなのよ?」
「誰だ、そいつは?」
西遊記の物語の主人公なので、当然実在しないし、神々の中にはいない。
『猛毒霧幻(アシッドファントム)』
「ごふっ…ぐ、がぁ…」
ハヌマーンは、口から血を吹いてよろめいた。
「光、闇、即死、魅了、石化、麻痺、睡眠など殆ほとんどの状態異常が無効だったけど、唯一毒だけ耐性がDだったね」
ハヌマーンは苦しそうに喉を押さえて地面に倒れ込んだ。
「ふふふ、剣で斬りかかると思った?剣に注目させて、毒を撒き散らしたのよ。だから、誰も私を救出に来なかったのよ。私は全ての状態異常無効持ちだからね。毒だって平気で口に出来るのよ?美味しくないから、しないけどね」
話を最期まで聞く事なく、ハヌマーンは絶命していた。
「あははは…」
私は勝利し、高らかに笑った。わざとらしい笑いなどではなく、心の底から笑った。
「これだ、これ。私の強味は不老不死、状態異常無効な事だ。死なないし、状態異常にならないのだ。そんな事は分かり切っていた。敵の攻撃を避ける必要がない事も。周りを巻き込んで皆殺しにすれば良い。どうせ後から生き返らせれば良いんだ。私に足りないものは覚悟だけだった。」
私は自分の半径10mに腐敗する毒ガスを撒き散らしながら、猿王スグリーヴァ目指して突っ込んだ。
私の毒ガスに巻き込まれて、多くの味方も死んだ。
「正気か、こいつ?狂ってやがる」
「私を追い詰めたのは、お前達だよ。悪魔っぽいだろ?敵味方お構いなしなんて?あははは」
スグリーヴァは剛力無双で、猿神(ヴァナラ)の中で最強だ。一撃一撃を受ける度に、肩から真っ二つにされたり、胴斬りで真っ二つにされたり、手足を落とされたりしたが、すぐに元に戻り、ゆっくり歩きながらスグリーヴァに詰め寄って行く。
「ふふふ、何をしても死なない相手だ。絶望を感じた?」
スグリーヴァは顔面蒼白になり、槍を投げ出した。
「降伏する。頼む、命だけは、命だけは助けてくれ~」
「ねぇ、あれを見て?」
右後ろを確認させて、スグリーヴァがそっちの方向を見ると、剣を一閃して首を落とした。
「ダメよ。助けるはず無いじゃないの」
猿王スグリーヴァが死に、残った猿神(ヴァナラ)達は震えて降伏した。
「吉祥天(ラクシュミー)を連れて来い!」
猿神(ヴァナラ)達は恐れて、吉祥天(ラクシュミー)を引き摺って来た。
「貴女が貞淑な妻で、善人だと言う事は知ってる。でも貴女はここで死ぬの。安心して、すぐに生き返らせるから」
剣を一閃すると、吉祥天(ラクシュミー)の首は落ちた。
この戦で亡くなった者を全員、生き返らせた。
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