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【第2部〜魔界編〜】

第8章 魔獣

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 あれから幾日が過ぎた。
私は相変わらず書状の山に追われて、激務をこなす毎日だ。これだといつゲートを奪いに行けるか分からないな、と溜息をついた。もう少し仕事を分散して、楽が出来ないかなぁ?とか思ってる。よくTVドラマなんかでは、皇帝がお忍びで抜け出して街を散策したり、民の暮らしぶりを観察・把握したりしてるが、正直無理だろ?コレは、とイライラする。
 朝起きて支度をし、朝餉(朝食)を頂いて、朝礼に出て、午後からはずっと書状を読んで指示を書き込み続け、夕餉(夕食)を頂いてから沐浴(お風呂)して寝ると言う毎日。全く自由がないルーティンを毎日、毎日、毎日ただ繰り返すだけ。ストレスも溜まるわ。唯一の癒しはロードやルシエラと肌を合わせる事くらいね?と思いながら、そろそろ来るはずのロードをベッドの中で待っていた。
「陛下、申し訳ございません。ロード様は、いらっしゃいません」
侍女が、申し訳なさそうな困った表情をしていた。
(ロードが突然来れなくなるなんて、何だか胸騒ぎがする)
「何かあったのか?」
「はい、城内が慌ただしい様です」
(だから何があったのか知りたいんだけど、侍女も知らないんだろうな?)
侍女をその場に残して駆け出した。
「陛下、お待ち下さい!陛下!」
遠のく声をスルーして、朝議の場へと向かった。何かあった場合、大臣や将軍達が相談する場所だ。
「おぉ、陛下!」
「陛下に拝礼」
思った通り皆ここに集まって来ていた。
「礼は良い。それよりも、何があったんだ?」
畏まる配下を立たせて聞いた。
「はい、それが、商人が品物の輸送中に魔獣に襲われたと報告を受けまして、現在、討伐隊を編成している所です」
「魔獣?魔族だろう?何で魔獣なんかに襲われるんだ?」
「陛下は誤解なさってらっしゃる様子」
「?」
「つまり、人間達も地上の支配者だけど、ライオンやヒグマの群れに遭遇すれば襲われて食べられるでしょう?それと同じで、知能の高い魔獣とは協定を結んでたりもするけど、そうでないのは襲って来たりするから、討伐しなくちゃいけないのよ」
クラスタが口を挟んで来た。
「なるほど、それでロードは?」
この場にいないので気になって聞いた。
「お姉様は勝手に討伐に向かったわ」
「ロードから連絡は?」
「まだございません」
ファルゴが応えた。
「うーん、ロードだから心配はしてないけど、私も魔獣が見てみたいな。討伐に向かおう」
「ダメです、陛下!」
その場にいる全員から、軽率な行動はお慎み下さいと言われて反対された。ダメだと言われるほど、どうしても行きたくなったし、どんな魔獣がいるのか興味が湧いて来た。
「黙れ、絶対に行く。ビゼルついて来い!」
ビゼルは自分だけが呼ばれた為に、他の大魔王達にドヤ顔してついて来た。
 私はちょっと乱暴で横暴過ぎたかな?と思ってドキドキしていた。毎日城内で自由がなくて爆発しちゃったみたいだ、私。強引に城を出て来たから、後で皆んなに謝っておこうと反省した。


「…で、ビゼル。勢いで飛び出したものの実は、何処に行ったら良いのか分からないの」
「うははは、面白い冗談ですな。北の街道を沿って西の山を越えると砂の森が見える。その森で商人が襲われた様ですな」
森の中で魔獣と遭遇したと聞いたから飛龍には乗らず、地龍に乗って駆けている。地龍は羽のない飛龍版みたいな感じで、やっぱりトカゲに似ている。足はめちゃくちゃ速く、スポーツカー並みにスピードが出てるんじゃないの?怖くて必死に、しがみ付いていた。
 突然、地龍がバランスを崩して跳ねる様に飛んだ為、私は振り落とされ、猛スピードで木に激突した。どーんっ。ボキボキぐちゃ。自分の身体が潰れる不快な耳音がして意識を失った。
 暫くして意識を取り戻したが、まだ頭がしっかりしない。身体の痛みは無かった。身体状態異常無効と不死のスキル効果で治ったのだろう。
「うふふふ、あははは、くすぐったい」
首筋から左肩にかけて、何かに舐められてる。薄っすら目を開けてギョッとした。
「ビゼル…?」
口付けをされて、声を封じられた。押し除のけようとしたが、物凄い力でびくともしない。
「ちょっと、何…?止めて…」
ビゼルはお構いなしに私の胸を揉みながら首筋を舐めた。
「あははは、くすぐったいってば!」
女性が胸を触られて感じるなどと思ってる男は、AVの見過ぎだ。そりゃ上手い人は別なんだろうけど、大抵は触られると、くすぐったいだけだ。くすぐったくて我慢しているのを、よがってるとか勘違いしているのだ。
「ちょっと、どうしちゃったの?貴方、そんなキャラじゃなかったじゃん。人間なんて虫ケラなんじゃないの?」
「誰が言ったんだ?」
「えっ?いや、そんな態度に見えたから…」
「心外だな。俺は陛下を愛してる」
服を捲り上げられて、胸を吸われた。
「わぁあぁ、ダメダメダメ。これ以上は。今なら気の迷いって事で、冗談で許してあげる」
ビゼルの両肩をポコポコと叩いて拒絶する。
「ダメダメダメ。これ以上やったら絶対に許さない!」
「何でだ?陛下も俺を愛してくれてたんじゃないのか?」
(確かに誘われてデートしたけども…)
「誤解させちゃったなら、謝る。ごめんなさい。でも私は友達と思ってる」
友達って言葉は便利だ。相手を傷付けない様に配慮した断り方だ。
 ビゼルは私を抱き起こして、埃を払ってくれた。
「友達から恋仲になれる可能性は何%くらいある?」
「えっ?えーっと、50%くらいかな?」
私には巧がいるから、その可能性は限りなく0%なんだけども。辺りを見回すと、虎に似た魔獣の死骸が8体ほど転がっていた。
「こいつらのせいで、陛下は振り落とされたんだ」
私の乗っていた地龍が、この魔獣に驚いてバランスを崩した所を横から襲撃されたらしい。やや先を走っていたビゼルは、それに気付いて戻って来て魔獣を倒してくれたそうだ。私を解放してる間に欲情して襲ってしまったと謝られた。それにしても、どうしちゃったんだ、コイツ?『隠しスキル』でビゼルのステイタスを覗き見ると、状態異常「魅了」になっていた。何なのコイツ?魔王のクセに魅了されてるんじゃないわよ。普通、魔王って状態異常無効なんじゃないの?って、魅了耐性Bか…。私の「絶世の美女」は魅了耐性B以下には必ず効くんだっけ?魔王すら魅了させる私の美しさ…って、何私喜んでるの?私の回復魔法なら魅了を解除出来ると思うけど、正気に戻った時、ブチ切れて敵に回ったりしたら面倒だしな。どうしよう…暫くはこのままにしておこうか。
 生活魔法の『衣装替』を唱えて、服を新調した。服は裂け、私の血がベッタリ付いていたからだ。私が乗っていた地龍は、右後ろ脚と左脇腹を食い千切られていて重症だった。
「そんなの捨てて、俺の地龍の後ろに乗れば良い」
「何言ってんの!」
非情な言葉にカッとなって、思わず声を荒げる。こう言う所は悪魔らしいな、薄情で。直ぐに回復魔法で治療してあげた。地龍は喜んで、私に頭をゴロゴロと擦り寄せて来たので、頭を撫でた。見た目は大きいトカゲなのに、何だか可愛いく見えて来たから不思議だ。
「で、商人を襲ったのはコイツらなの?」
「違いますな。商人を襲ったのは、四手熊(クワトロハンドベアー)ですな」
「前足が4本ある熊なの?」
「左様です」
(それは強そうだな…)
「この虎みたいなのと比べると、どっちが強いのかな?」
「砂虎(サンドタイガー)なら、100頭いても四手熊の相手ではない強さです」
「へぇ~(確かヒグマは、虎に負けて食べられちゃうって聞いたけど、魔界のは熊の方が強いんだ?)」
地龍に乗って商人が殺されたポイントに着いた。荷馬車であっただろう車輪やドアなどの板が散乱していて、辺り一面に血糊が付いていた。周囲の木や草をよく見ると、犠牲者の肉片らしきモノが飛び散っている。
「酷いな…」
吐き気を催すのを堪えて、辺りに注意を配る。魔獣はどうか分からないけど、ヒグマの習性は執念深く、獲物に固執するんだっけ?しかも腐りかけた肉が大好物だから、食べ切れなかった獲物は土に埋めるのよね?犠牲者が埋められていたりして…と思ってると、土が盛られている箇所があり、掘り起こすと思った通り、無惨に食い散らかされた犠牲者だった。
 気配を感じて、咄嗟に飛び避けた。
「あぐぅっ」
躱し切れずに、4本の爪が背中から腹にかけて引き裂さいて、内臓が飛び出た。すぐに傷は塞がるが、痛みが遅れてやって来る。襲って来たモノを見ると、目を見開いて硬直した。これが四手熊か!驚くべきは、その巨体さだ。ダンプカー2台分くらいの大きさがある。2撃目は辛うじて躱せた。その巨体からは信じられないほど俊敏で、前脚の張り手の1撃は全く見えない。可能な限り全力回避して、奇跡的に当たっていないレベルだ。
『完全物理攻撃防御(PFOI)』
物理攻撃を無効にする防御魔法だが、四手熊の1撃は、簡単を破って左胸を抉り、左肩から先を全て吹き飛ばした。血溜まりの中に膝から崩れ落ちて、地面に着いた時には、傷が治っていた。
 四手熊は、不思議な生き物を見る様に警戒して、少し後退りした。ビゼルを目で追うと、5、6頭の群れに囲まれていたが、既に2体の屍体が転がっていた。私は1頭でさえ勝てそうに無いのに、擦り傷1つ負わないなんて流石は大魔王だわ。私のカテゴリーは魔法使いだった事を思い出した。身体能力は圧倒的に向こうが上だ。距離を取った今なら、私のターンだ。
『死誘鎮魂歌』
唱えると同時に四手熊はゆっくりと前のめりになって倒れ、息絶えていた。闇魔法で、闇耐性の無い相手を100%即死させる最強呪文だ。魔界の魔獣なら闇耐性があるかと考えて、効かないと思い込んでいたが、魔王のビゼルが魅了されたのを見て、先入観は視野を狭くすると反省して試してみた。
「何だ最初からやってれば余裕だったな」
ビゼルに加勢して、『死誘鎮魂歌』の効果範囲を広げて一掃した。
 残らず倒した安堵感と魔力切れで、意識を失いかけて倒れる所をビゼルが抱き止めてくれた。
「気を失ってる間にHな事したら許さないから…」
一言伝えて意識を失った。意識を取り戻すと、ビゼルの腕の中で抱かれていた。右手で魔石を使ってくれていた。
「ありがとう。どのくらい気を失ってた?」
「10分も経っていないな」
「ロードを探して合流しよう」
「陛下、気を抜かないで注意を。この中には群を率いるボスがいない」
「もっと強いのがいるって事?」
「そうですな。それだけでなく、もっと厄介な…」
言いかけて何かに気付いた様だ。反射的に私も振り向いた。
「狼?」
「フェンリルです。血の匂いを嗅ぎ付けて来たのでしょう」
フェンリルと言うと、北欧神話なら3本指に入るくらい強いアレか?ゲームでも1体がとんでもなく強いのに、群だ。10、12…そんなのが16頭もいる。絶対絶命のピンチなのでは?フェンリル達は陣形を取って私達を取り囲み、低い唸り声で威嚇して来た。
「この数は流石に無傷では厳しいですな。陛下は私の背にいながら回復し続けて下さい。俺が1匹ずつ倒しますので」
『完全自動回復』
魔力が尽きない限り、HPを常に満タンまで回復し続ける最高レベルの回復呪文の1つだ。
 フェンリルは知能が高く、言葉が話せるので魔法も使える。って、話せるならダメ元で交渉して見ようか?
「あ、あの~、私達は敵対する意思は無いのですが、戦わないとダメですか?」
前衛が唸り声を上げながら、にじり寄って来る。
「神狼と呼ばれる貴方達が、獣と同じ様に有無を言わさず、襲い掛かって来るつもりですか?」
すると、そのうちの1匹が後ろから歩み寄って来た。他のフェンリル達が道を開ける所を見ると、この群のボスかも知れない。
「言うではないか、人間の小娘。何故、人間がこんな所にいる?」
「小娘では無い、無礼者。この方は、皇帝陛下であらせられるぞ!」
「ほう、この娘が魔界を統一した噂の…。くっくっく…笑わせる。人間の小娘なんぞを皇帝に祭り上げるとは、魔族もいよいよ焼きが回ったな」
高笑いをすると、群の仲間達も馬鹿にした様に大笑いし始めた。
「貴様ら魔族は永きに渡って、この魔界の支配者顔して来おったな?これを機に我らが終わらせてくれようか?」
「お願い、争いたい訳じゃないの。仲良くは出来ませんか?」
恐れずに前に歩み寄って行く。
「面白い人間の小娘だ。我を見て、畏れぬのか?」
近づいて神狼フェンリルに抱き付いて頭を撫でると、怒って私の右肩を食い千切った。真っ白な毛が、鮮血によって赤く染まって行く。食い千切った私の右手を口でブラブラさせると、群のフェンリル達は大喜びで騒ぎ立て始めた。
「醜く命乞いでもしろよ、人間の皇帝」
ゲラゲラと下品に群の1匹が揶揄った。
「我を舐めるな、次は頭を丸齧りにするぞ!」
威嚇して唸り声を上げた。食い千切られた右手は既に治っていた。
「何?まさか、アンデットか?」
「アンデットじゃ無いよ、私は不老不死だよ」
フェンリル達がざわめきたった。先程まで私を茶化していた群のフェンリル達が、一斉に頭を垂れて腹這いになった。
「信じられん。もしそれが本当なら、我が一族は貴様の傘下となろう。だがその前に、我が攻撃を凌いで見せてからだ」
凄まじい気を感じる。赤と金が混ざった炎の様な闘気が全身を包み込んでいる。神狼と呼ばれたフェンリルのボスの全力攻撃だ。受けて立とう。どうせ躱せないだろうから。
「いくぞ!」
言葉と同時に閃光が走った様に見えた。体当たりを受けて私の身体は、下半身を残して粉々に消し飛んでいた。フェンリル達が見ている前で、私の上半身が再生して行く。
「信じられぬ。救世主様が我が前に現れた」
ボスフェンリルも私に対して、頭を垂れた。話を聞くと、いつの日か不死者が現れ、全てのフェンリル達の苦しみを救うと言う伝説があるそうだ。
「苦しみって何?」
「この魔界とオサラバして、バルハラ(天界)に帰る事だ」
「なるほど、私達の目的と同じだ。私達の目的はゲートを開き、神国に行く事だ」
「うぁははは、これは良い。同じ目的だったとは」
「だから話を聞いてって言ったじゃない」
「救世主様はこれからどちらへ?」
「四手熊のボスがいるらしいんだけど、知ってる?」
「勿論知ってます。我らも迂闊に手が出せない相手ですので、奴の縄張りには近づきません」
「そいつの所に連れて行ってくれる?」
「まさか、やり合うので?」
「うん、倒さなくちゃいけないの」
「それは…(ビゼルと私を見比べながら)畏れながら、この戦力では無理でしょう。救世主様が不死者でも歯が立たないでしょう。ここにいる我ら16頭でも、我が瀕死で生き残るだけで全滅しましょう」
「そんな化け物なの?」
「俺1人で十分だ。舐めるなよ犬ころ」
「犬ころだと!」
今にも飛び掛かる勢いで唸り声を上げる。
「落ち着いて。速く連れて行って」
「地龍は遅いから、我の背に乗れ」
「背に?こ、こう…」
「ひゃあ!」
いきなり加速されてGがかかり、身体が後ろに反って落ちそうになる。
「救世主メシア様、すみません。頭に血が昇ってしまい、あの無礼な男を引き離そうとして、乱暴に走り過ぎました」
「地龍がスポーツカーならフェンリルは新幹線ね」
「?」
「ああ、いえ、めっちゃくちゃ速いねって事」
「ははは、そうだろう、そうだろう。我は魔界一の俊足だからな。本気で走ったら救世主メシア様を振り落としてしまうからな。これでも手加減して走ったのだ」
「その救世主メシア様ってのは、止めない?せめて様は取って」
「了解した」
目に映る景色が一瞬で視界から消えていく。身体にかかるGが凄くて時折り意識が遠のくが、すぐに回復する。目も開けていられない。
「近い」
ボスフェンリルはスピードを落とすと、風下から忍び足で近づいていく。風下だと匂いで相手に気付かれないかも知れないが、攻撃では風上の方が有利だ。
いた…。
「あれがボス?」
さっき見た四手熊もダンプカー2台分の大きさだったが、このボスは、二階建て一軒家くらいの大きさがある。血の匂いと、剣撃の鈍い音がする。誰かが戦っているみたいだ。目を凝らして見たが、速過ぎて目で追えない。残像の雰囲気でロードだと分かった。どうやら手傷を負っているみたいだ。左胸の辺りが血に染まっている。
ふと目線をずらすとロードの配下が4、5人倒れている。ロードの事だ、配下を庇って手傷を負ったのかも知れない。ビゼルが追いついて来た。ボスフェンリルとは目も合わせずに、私に話かけた。
「ふん、あいつは非情になり切れない甘ちゃんだからな。部下など庇うから、あのザマだ。四手熊の爪には遅効性の毒があり、動きを奪う。本来なら苦戦などするまいに」
「毒?魔王なのに毒にかかるの?」
「魔王とて毒は食らう。陛下、さっきから誰に聞いた知識ですかな?」
「え?いや…その…」
ゲームで得た知識とは流石に言えない。
(魔王も毒にかかるの?元は神様だよね?そうすると神様も毒なんかにかかるの?そんな事ある?)
「ふーん、でも、まぁ良いか…」
四手熊のボスに向かって歩き始めた。
「はぁ?陛下、何やってる!」
ビゼルも仕方なく私の後をついて来た。四手熊のボスが私に気付いて、攻撃態勢に入った所へボスフェンリルが背後から首筋に噛み付いた。
「ロード!」
名前を呼んでこっちに来させて、すかさず解毒する。その隙を突いて立ち上がり、背後から振り上げた手を勢いよく振り下ろした。ガギィィィン鈍い金属音がして、ビゼルが鋭い爪を弾き返した。
 くるりと反転して、私は呪文を唱えた。
『死誘鎮魂歌』
しかし全く効いてない。
『隠しスキル』
四手熊のボスのステイタスを見ると、闇耐性があった。死誘鎮魂歌レクイエムは、闇耐性持ち以外を100%死に至らしめる呪文だから効かなくて当然だ。それならと、光呪文の即死呪文を唱えた。
『聖光讃美歌』
しかし、効いてない。何故だ?光耐性が無いのに?と疑問に感じる。
「陛下、ここはアイツの縄張りです。つまり、結界内である為、アイツは恩恵で攻撃などのステイタス上昇に加え、此方は全ての攻撃と呪文の効果を半減させられているのです」
(なるほど、即死呪文の成功確率が低くなってるって事ね?)
ビゼルは大言を吐いて偉そうにしていたが、なるほど確かに強い。擦り傷1つ受ける事なくガードし、攻撃を一方的に与えているが、決定打に欠けるみたいだ。よく目を凝らすと、四手熊のボスが受けた傷が治っていく様に見える。
「まさか…?」
「そう、このアイツの縄張り内では結界と同じ効果があり、『自動回復』の恩恵を受けているから厄介なのです」
ロードも時々、私に丁寧語で話す時があるので変な感じがする。
 ボスフェンリルもかなり強く、四手熊のボスの腕を噛み千切ったが、それも直ぐに生えて来た。『自動回復オートリジェネ』とは別の固有能力かも知れない。見てると、トロールの事を思い出した。トロールも巨大でタフの上、再生能力持ちだ。
『聖石像化』
四手熊のボスの脚から石像化していく。完全に石像化した所を、念の為にビゼルが槍で叩いて砕いた。
(ようやく勝てた…)
気が抜けて急激に疲労を感じて、その場にしゃがみ込んだ。ビゼルが最後の1個だと言って魔石を使ってくれた。
「石化するとは考えましたな」
「あー、なんかトロールに似てるなぁって?」
「トロールとは?」
「えっ?もしかしていないのかな?」
「どんなのですかな?」
「身体が大きくて力が強く、再生能力があって、陽の光で石化するから、鶏の鳴き声に驚いて逃げるとか…後は確か生臭い匂いがするんだっけ?」
「ああ、トロルドの事ですか?」
「トロルド?あー、そう言えば、色々と呼び方があった気がするね。いるんだ?」
「いますが、こいつほど手強くは無いですな」
「ところで陛下、このフェンリルに名前を付けてやってはどうですか?」
「んー、フェンってどうかな?」
「フェン?我は気に入ったぞ、主あるじ」
「フェンリルのフェンからと、中国語で風と言う意味もある。風の様に走るから」
フェンはご機嫌で、どうやら気に入ってくれた様で嬉しい。
 ビゼルが言うには神狼フェンリル、四手熊クワトロハンドベアーの他にも手を焼く魔獣として、蛇龍ミズガルヅ、神猫バステト、狂神象ベヒモスの魔獣がおり、併せて「五大厄災」と呼んでいるらしい。それなら四手熊のボスを殺したのは勿体なくないの?と言う事で、蘇生した。
『黄泉還反魂』
光魔法の完全死者蘇生とは違い、この闇魔法で生き返った者は、術者に絶対服従となる。アンデットとは異なる為、蘇生すると通常の生活が営める。
「恐ろしいな。今更ながらに陛下の恐ろしさが理解出来たよ」
「そうだろう?ようやく理解したか。不死の力で相打ち覚悟で相手を倒し、あの呪文で蘇生されれば、絶対服従の帝国が簡単に出来上がる。ミズキのステイタスを最初に見た時、それが頭に浮かんだので譲位したんだ。性格的にやりそうにないがね」
ミズキには全く邪悪さが感じられない。
表も裏もなく純粋だ。男性だった自分が死んで、女性として転生したらしいが、その辺りも性格に影響したのだろう。こう言う人間は、陥れられやすい。堕ちた時は脆く、復讐心で立ち上がった時は炎よりも激しく燃え上がる。そんな所が自分と似ているから好きなんだと思う反面、この純粋さを守って行かなくてはと心で固く誓い、ミズキを見ながら微笑んだ。ロードに微笑まれて、私も微笑み返した。
「さぁ、帰ろう」
傷を負った配下を治し、死者は蘇生させる。魔獣襲撃の件で遅れたが、ゲート奪還の軍を指揮する。城を抜けてた間の書状が山積みなんだろうな?と思うとうんざりして溜息が出た。
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