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【第1部〜序章編〜】

第9章 恐怖、刀男現る

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「ねぇ先輩、聞いて下さいよぉ」
お昼休憩を報せるチャイムが鳴ると同時に、話しかけて来たのは後輩の山下巧だ。
「最近全然、瑞稀ちゃんに会えてないんですよぉ」
「忙しいんじゃないのか?向こうも」
「だって連絡先を聞いてもはぐらかされるし、偶然会うしかないんですよね。見掛けたら教えて下さいよ。飛んで行きますから」
そう言ってスマホの待ち受けの女性を眺めた。
「お前っ。か、隠し撮りを…」
「え?あぁ、美人でしょう?」
そう言って待ち受け画面を見せて来た。
それ、私なんだよ。私が女性に変身した姿だよ!とは、とても言えない。本人を目の前にして、恋愛相談しているとは、こいつも思ってないだろうな。会えないって?避けてるから当然だな。そっちの瑞稀に会うのは諦めてくれ。
 そっちの瑞稀と言うのは、2回目に山下に会ってしまった時に名前を聞かれ、本名を名乗ってしまった後、苗字を聞かれて頭が真っ白になり、思わず母の旧姓を名乗ってしまったのだ。なので、女性の時の私は神崎瑞稀と言う名前になっている。
「さて、昼飯だ。昼飯だ」
そう言って、お弁当を持つと、山下を尻目に職場を出た。
 私は屋上か会社近くの公園にあたりを付け、外でお弁当を食べるのがルーティン化している。会社専属の女医さんと仲が良く、ゲームの話で盛り上がるものの、自分から食事に誘う勇気はない。女医さんは、見た目はお淑しとやかな美人だが、中身は可愛いらしく、ゲームとアニメをこよなく愛する隠れオタクだ。そのギャップがまた良い。それを知ってるのは、社内では私だけだ。お昼休憩時間、彼女が1人寂しく屋上でスマホゲームしている所を偶然見掛けた。好奇心でどんなゲームをしているのかスマホをチラ見すると、自分もハマっているゲームだったので、思い切って話しかけたのだ。女性の免疫が無い私は、結構な勇気を振り絞って話しかけた。すると、彼女は目を輝かせてゲームについて語り出したのだ。突然話しかけられて、何こいつキモっとか思われる態度も覚悟していた私にとって、最高のリアクションが返って来た。それからは、時々会ったり、一緒にお弁当を食べながらゲームやアニメの話を熱く語り合う仲になったのだ。見た目だけじゃなく、中身も最高で、気も合う(そのつもり)私が彼女に夢中になるのは仕方ない事だろう。彼女がオタクだと知っているのは社内では自分だけなので、見た目の美しさだけで、彼女は男性社員達から何人も交際を求められていたが、全員お断りしていた。
 そんな彼女は社内では浮いた存在で、女性社員達からは嫉妬と妬みでハブられていて、いつも1人外で寂しそうに食べている。実は毎日一緒にお昼を食べたくて探しているのだが、いつも偶然を装って一緒にお弁当を食べていた。一歩間違えればストーカー扱いか。純愛なのに、全く嫌な世の中になったものだと思う。今はそれだけで幸せなのだが、私も山下と同じだな、と気付いて笑いが込み上げて来た。たまには山下に女性の時の姿を見せてあげようかな、と思った。
 公園に来てみたが、女医さんはいなかった。女医さんの名前は、麻生佳澄さんと言う名前だ。肩を落として隅のベンチに座り、お弁当を広げてボソボソと食べ始めた。
 お弁当は実は私が作っている。男の時のテンションでは作れないので、女性に変身して作っている。心も女性だからなのか分からないが、自分でもびっくりするくらい料理が上手うまい。性格も女性の時と男性の今とでは、全くの別人だ。とても同一人物には見えないだろう。女性の自分が男性の自分に手作り弁当を作っているのだ。その姿を想像すると少し滑稽な感じがするが、要は自分で自分のお弁当を作っているだけの事である。
 食べ終わってお弁当を包んでいると、奇声を上げて刀を振り回す若い男が乱入し、公園にいた子連れの主婦や、私と同じくお昼休憩を取っていた人達が悲鳴をあげて逃げ惑った。あの神の声が聞こえて能力を得た事件を、「その日、能力を得た事件」と呼ばれている。あれ以来、こう言う頭のおかしな奴が増えた。恐らく、侍か剣の達人かを願ったのだろう。力を得ると試してみたくなるものだ。だからこうして、犯罪に手を染める奴も少なく無い。宗教家達は、「これは神が私達に与えた試練だ」と都合の良い解釈を唱えた。全くイライラする。要は神から得た能力を正義の為に使うか、悪用するかは本人の心持ち次第だと言う事だ。そんな分かり切った事を、わざわざ尤もらしく言い、宗教の会員を増やしている。宗教なんてただの金の亡者だろ?と思っているのは私の偏見だ。まともな人もいるのかも知れないが、まだそんな人に出会った事はない。
 子供が躓いて転ぶと、母親が子供をかばう様にして折り重なった。男は追いつくと、振り上げた刀を振り下ろした。私は咄嗟にアルミのお弁当箱を盾にして、刀から母子を救ったが、怒った男の2振り目で胸を斬られて地面に倒れた。恐怖で泣いている母子を斬ろうと追い掛ける男の足を掴んで、「逃げろ!」と叫んだ。
「鬱陶しいんだよ!」
男は怒りの矛先を私に向け、刀を振り下ろした。その瞬間、私の背中は刀で突かれて胸まで貫通した。
(ダメだ。これは走馬灯が見える奴だ…)
私の不老不死は女性変化時の私のスキルだ。このままでは死んでしまう。こんな時にまで、正体がバレるのを恐れて辺りを見回した。皆、散り散りに逃げ惑い、こちらを振り返る余裕も無い。早くしなければ、痛い思いをしてまで救ったあの母子が殺されてしまう。
『女性変化』
女性に変身すると、身体状態異常無効のスキルのお陰で、傷は自動回復されていく。
『衣装替(チェンジ)』
衣装を一瞬で着替え、白面を付けて顔を隠した。服をわざわざ着替えたのは、スーツのままだとウエストとか体型が違って動きにくいのと、女性はやはり女性らしい服装の方が良いと私自身そう思っているからだ。それに服を切り刻まれているから、女性になった時、胸がはだけていたって言うのもある。辺りを見回しても誰も私に気付いていない。ほっと安堵すると、あの母親が子供を庇って背中を刺され、子供を逃そうとして更にお腹を刺されていた。
『光の拘束』
男を拘束すると、母親の元に駆け付けて回復呪文を唱えた。
『上級回復』
母親の傷は、みるみるうちに回復していく。子供は母親にしがみ付いて泣いていた。
「警察に通報して下さい。私、スマホ持ってないので(嘘)」
例の如く、自分では通報はしない。私の正体が特定されるのが怖いからだ。母親に何度もお礼を言われながら、私は飛んで立ち去り、『影の部屋』を唱えて影の世界を移動して公園のトイレで男に戻った。闇魔法の『影の部屋』は、影の世界に入れる様になる呪文だ。これを悪用すると、覗きなんかは簡単に出来る様になるが、私は当然そんな事はしない。正義の味方を気取っているからだ(笑)
「ヤバい!休憩時間が過ぎてるよ」
慌てて会社に戻ると、課長にめちゃくちゃ怒られた。お腹が痛くてトイレにいましたと言い訳したが、中々許してくれなかった。
 後日、身体を張って守った母子が会社にやって来てお礼を言われた。課長から「あの時、休憩が遅かったのは人助けの為か?何で正直に言わなかったんだ?」と聞かれた。私は「人助けなんて柄じゃない事をして恥ずかしい」と答えた。課長の満足のいく答えでは無かったみたいだが、社内での私の好感度は鰻登りで、女性社員達から連日ランチやディナーに誘われた。麻生さんとお昼を一緒に出来る日はいつになる事やら…。
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