Perverse second

伊吹美香

文字の大きさ
上 下
194 / 196
episode 6

決着

しおりを挟む
「最近浮かない顔をしているな。」

 マーカスが、王宮で話しかけて来た。

「イライザ夫人どうだった?」

「それがどんどん疑惑は深まる一方だと言うより、イライザに秘密があるのは確実だ。」

「そうなのか?
 イライザ夫人に限って、そんなことあるのか?」

「僕も信じたくないけれど、イライザは、昼間御者を木の下で待たせて、どこかへ行っている。

 さらには、渡している給金も何かに注ぎ込んでいるし、医師とのことも認めない。

 今はそんな状況だ。

 僕が追求しようとすると、キスをして来て、それ以上は話してくれない。

 イライザには男がいる、多分。
 僕を誤魔化したいほどの大切な男が。」

「待てよ。
 でも普通そんな感じなら、リカルドとキスしたり、色々しないだろ?」

「誤魔化すためだよ。
 僕は頭がおかしくなりそうだ。」

 僕はたまらず頭を抱える。

「結論づけるのは、まだ早いぞ。
 まだ、浮気していると決まったわけじゃないだろ?」

「ああ、今邸の私兵に探らせているところだ。」

「なら、最後まで希望を捨てるな。」

「なぁ、僕達に子供ができなかったからだと思うか?

 いや、今のは聞かなかったことにしてくれ。」

「子供がいてもいなくても、するやつはするし、しないやつはしない。

 でも、イライザ夫人がする人とはまだ思えないんだ。」

「僕もそう思っていた。」

 僕は、疑惑が大きくなればなるほど、不安だし、疑心暗鬼になっていく。

 最近は、王宮に行っても、心ここにあらずで、何も言わないけれど、多分僕の異変に王子も勘付いている。

 侯爵当主として情けないが、イライザを愛している分、僕はどんどん不安定になって行く。





「ねぇ、聞いているの?」

「聞いているよ、母上。」

 母がいる棟の庭園で、日課の母のお茶に付き合っている。

 同じ邸の中だけど、こちらは、父が亡くなってから、ますます静かになり、母のキンキン声だけが響く。

「もう、リカルドだけなんだから、私の話を聞いてくれるのは。

 旦那様が亡くなってからは、あなたしかいないのよ。」

 そう言うが、イライザを拒否したのは、母だ。

 もし、子供ができなくともイライザを認めていたならば、こんなに一人寂しい思いをしなくても済んだのに、自分のせいだとは、母は気づいていない。

「ねぇ、そろそろ、第二夫人でも娶ったら?」

「何度も言わせないでくれ。
 母上だって、父上に認めなかっただろ?」

「一緒にしないで。
 私はあなたを産んだわ。
 あの人とは違うわ。」

「そうだとしても、嫌な気持ちは一緒だろ?

 どうして、自分がされたくないことを人には求める?」

「仕方ないでしょ。
 後継は必要なんだから。」

「その話は、親族の者をもらうと言うことで、決着がついている。」

「嫌なものは嫌なの。
 あなたにそっくりな孫が欲しいのよ。」

「すまないが、それは果たせない。」

 父が亡くなってから、母はますます孫を欲しがるようになった。

 いつもなら、それを受け流すこともできたが、最近は僕にも余裕がない。

 大声で、無理なんだよ。と叫んでしまう日がいつか来そうで、自分でも怖い。

 感情的になることは、貴族として、とっくに無くして来たのに。

 僕は最近自分が嫌いだ。





「どうぞ、入って。」

 執務室で仕事をしていると、イライザの尾行を頼んだべモートが入って来る。

「リカルド様、報告があります。」

「ああ、待っていたよ。
 話してくれ。」

 僕とライナスはその話に聞き入る。

「イライザ様が、馬車から離れ向かった先は、ある邸でした。

 こじんまりとしてはいますが、誰かの別邸と言う感じで、建物は立派です。」

「なるほど。」

「そして、イライザ様がその邸に消えた後、邸に入った者は、ノーマン医師ただ一人です。

 後は使用人の出入りがあるだけです。」

「何と。
 では、ノーマン医師との密会場所なのか?」

「それがそうではなく、ノーマン医師も長くいたわけではありません。

 多分、どなたかを診察してすぐに帰られたと思います。

 そして、イライザ様以外、あの邸に出入りはありません。

 なので、イライザ様は誰かの看病をしているのではないでしょうか?」

「なるほど。
 イライザは、父の看病もしてくれていたしね。」

 母は父が倒れてからは、お茶会だとか、友人と出かけるなどと言って、父に寄り付かなかったから、その隙にイライザは父を心配して、父のいる棟を訪れていた。

「はい、私がキャサリン様がいない時、イライザ様をご案内しておりました。

 旦那様は、いつもイライザ様が来てくれるのを、楽しみに待っておられましたから。」

 ライナスは、思い出して微笑む。

 「だとしてただの看病なら、わざわざ僕に隠す相手とは誰だろう?」

「わかりません。
 そうなると、やはり男かもしれませんね。
 残念ですが。」

 ライナスは諦め顔で首を振る。

「とにかく、イライザ様がもうあの邸に通わせないようにするのは、大変なことでしょうね。

 いっそのこと、目をつぶったらいかがですか?

 下手に追い詰めると、イライザ様がリカルド様に離縁を申し出るかもしれませんよ。」

「そんなことが?」

「その相手と無理矢理引き離すのですから、覚悟がいります。

 反対に子供ができなかったから身を引くと言われたら、こちらとしても離縁を認めざるを得ないでしょう。

 不貞の証拠を掴んでいれば、話は変わりますが。

 だからと言って、イライザ夫人の不貞がキャサリン夫人に知られたら、大騒ぎでしょうし。

 よく考えてみられたらいかがですか?」

「ああ、そうするよ。」

 ライナスとべモートが、部屋を出た後、しばらく一人で強い酒を飲んだ。

 この前までは、十年経っても新婚生活などと浮かれていたのに、あっと言う間にどん底だ。

 人生わからないものだ。

 僕はいつ間違ったのだろう。

 イライザが、僕以外の男を求めるなど、今でも信じたくないし、受け入れられない。

 しかも僕はこうなるまで、全く気がつかないほどの鈍感な男で、それでも、イライザを失いたくないから、動けない。

 でも、それならどうしてイライザは変わらず僕を受け入れる?

 好きな男がいるとしたら、普通は嫌なものでないのか?

 秘密にするためなら、僕に抱かれても我慢するのか?

 僕は沼にハマって動けないように、酒に溺れ、そのまま執務室で寝てしまった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

消えた記憶

詩織
恋愛
交通事故で一部の記憶がなくなった彩芽。大事な旦那さんの記憶が全くない。

【完】あなたから、目が離せない。

ツチノカヲリ
恋愛
入社して3年目、デザイン設計会社で膨大な仕事に追われる金目杏里(かなめあんり)は今日も徹夜で図面を引いていた。共に徹夜で仕事をしていた現場監理の松山一成(まつやまひとなり)は、12歳年上の頼れる男性。直属の上司ではないが金目の入社当時からとても世話になっている。お互い「人として」の好感は持っているものの、あくまで普通の会社の仲間、という間柄だった。ところがある夏、金目の30歳の誕生日をきっかけに、だんだんと二人の距離が縮まってきて、、、。 ・全18話、エピソードによってヒーローとヒロインの視点で書かれています。

恋人契約

詩織
恋愛
美鈴には大きな秘密がある。 その秘密を隠し、叶えなかった夢を実現しようとする

トップシークレット

凛子
恋愛
池上部長が、度々小さな秘密を打ち明けてくるようになった。

じれったい夜の残像

ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、 ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。 そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。 再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。 再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、 美咲は「じれったい」感情に翻弄される。

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子
恋愛
 来るもの拒まず去るもの追わずなモテ男、神崎政人。  学歴、仕事共に、エリート過ぎることに悩む同期、橘彩乃。  ただの同期として接していた二人は、ある日を境に接近していくが、互いに近づく勇気がないまま、関係をこじらせていく。  そんなじれじれな話です。 *学歴についての偏った見解が出てきますので、ご了承の上ご覧ください。(1/23追記) *エセ関西弁とエセ博多弁が出てきます。 *拙著『神崎くんは残念なイケメン』の登場人物が出てきますが、単体で読めます。  ただし、こちらの方が後の話になるため、前著のネタバレを含みます。 *作品に出てくる団体は実在の団体と関係ありません。 関連作品(どれも政人が出ます。時系列順。カッコ内主役) 『期待外れな吉田さん、自由人な前田くん』(隼人友人、サリー) 『初恋旅行に出かけます』(山口ヒカル) 『物狂ほしや色と情』(名取葉子) 『さくやこの』(江原あきら) 『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい!』(阿久津)

処理中です...