ここからは私の独壇場です

桜花シキ

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第16章 楽園で微笑う乙女

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「一応聞いておきますが、預言者という存在そのものを生み出さないという選択肢はありませんこと?」
「私の楽しみがなくなってしまうじゃないか!」

 聞いた自分が馬鹿だったと、アヴェリアはため息をつく。ミハエルもあからさまに軽蔑の眼差しを向けていた。

「この力さえなければ、私も悩まずに済むというものですのに」
「こいつに何を言っても無駄だな」

 その時だけは、両者とも意見が一致した。
 これ以上は時間の無駄だと判断し、アヴェリアは改めてミハエルに向き直る。

「今は私にデイモン男爵令嬢の意識を向けさせていますが、いずれはまたシエナ様に危害が及ぶかもしれません」

 自分が祝福を与えているシエナのことは気にしているのか、難しい顔をしたまま顔を逸らしている。

「だが、貴様はシエナのことを利用しようとしているだろう。悪魔の力に魅入られた人間と対抗させるなど、それこそ危険が伴うことではないのか?」

 フン、と鼻で笑われてしまうが、アヴェリアは表情を崩さずに応じる。

「デイモン男爵令嬢の好きにさせていては、成長に伴って力が増大し、いずれ止められなくなります。そうなる前に、先手を打ちたいのです」

 それに、とアヴェリアは続ける。

「シエナ様のことは、私が守ります」
「ハッ、貴様が?」
「預言者の力……シエナ様を守るために使うことも、許されないでしょうか?」

 はい、とも、いいえとも答えないミハエルに代わって、神が口を挟む。

「いいんじゃない。面白そうだし、ミハエルがいいっていうなら、シエナを守るために必要な情報を教えてあげるよ」
「こいつ……」

 天使にとって、祝福を与えている人間は特別な存在だ。自分の子どものように大切にしている。
 自分が力を貸すとさえ言えば、シエナの身に迫る危険を事前に知ることができる。

「お願いいたします。私には、未来を知ることはできても、悪魔に対抗できる力はありません」

 天使たちが預言者という存在ごと嫌っている以上、アヴェリア自身が祝福を授けてもらえる可能性は無に等しい。

「私には、絶対にできないことなのです」

 シエナを危険に晒すことにはなるが、未来の出来事を知っておけば、回避できるだろう。
 ミハエルは、頭の中で天秤にかける。

(これからのシエナ様の行く末を、邪魔する者があってはいけませんから)

 アヴェリアは、使命を果たすためにシエナを巻き込んでしまったことを申し訳なく思っていた。
 彼女が運命の相手と決まったわけではないが、これまで関わりを持ってしまった以上、無関係とはいかない。アヴェリアのそばにいる限り、面倒ごとに巻き込まれていくだろう。
 だからせめて、彼女の穏やかな未来は保証したかった。

 そんな思いを知ってか知らずか、ミハエルは苦々しく言葉を紡いだ。

「……シエナの努力次第だな」

 そう吐き捨てると、ミハエルは姿を消してしまった。
 それとほぼ同じくして、神の笑い声を遠くに聞きながら、アヴェリアの意識は浮上した。
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