ここからは私の独壇場です

桜花シキ

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第15章 学園に舞う乙女

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 ファシアス王立学園では、社交界で必要なスキルを身につけるための授業がある。
 数ある授業の中でも、今日はダンスの授業がある日だった。

「基本的なステップは、先日確認しましたね。今日は、実践編です」

 多くの生徒たちが、まだステップに不安が残るのか、ざわつき始める。

「とはいえ、相手がいなくては始まりません。どうぞ、お入りください」

 先生が扉を開けると、ダンスホールに上級生たちが入ってきた。その顔ぶれを見て、女子生徒たちのざわつきが大きくなる。
 それもそのはず。ダンスの相手役として呼ばれたのは、パトリックやハルサーシャといった王族をはじめ、名だたる貴族の令息ばかりだった。

「パトリック殿下、お美しいわ……」
「ハルサーシャ殿下の鍛えられたお姿……素敵だわ」

 ダンスよりも殿方のことが気になる令嬢たちに、先生が咳払いを一つする。

「コホン。彼らは、高いダンスの技術を身につけた先輩方です。貴重な時間を貴女方のために割いてくださっているのですから、失礼のないように」

 すると、恥ずかしそうに顔を赤らめながら、令嬢たちは静かになった。
 そんな中、アリア・デイモン男爵令嬢の瞳は、獲物を狩るかのようにギラギラと輝いていたが。

 ダンスの相手を選ぶ時は、基本的には男性側から声をかけるのが、この国のマナーだ。

「一緒に踊っていただけますか?」

 アヴェリアに流れるような美しい所作で手を差し出してきたのは、やはりハルサーシャだった。

「喜んで」

 すぐに了承の意を示し、ホールの中央へ向かう。
 相手が見つかった令嬢たちは、次々とアヴェリアたちに続いた。

「パトリック様! 私と踊っていただけませんか?」

 声をかけてくれた令息が他にいたものの、彼女のお眼鏡に敵わなかったのか断られていた。これは練習の場なので、それだけでも失礼なのだが、自ら王太子候補に声をかけるとは。

「もう私のパートナーは決まっている。他を当たってくれ」

 不愉快そうな顔をして、パトリックはアリアを軽くあしらう。
 そして、傍にいたシエナの手をとった。

「シエナ嬢、行きましょう」
「はい」

 その様子を視界の端に捉えていたアヴェリアは、胸を撫で下ろした。

(やはり、シエナ様が一緒なら問題ないようですわね)

 初対面の時の印象がよくないハルサーシャではなく、パトリックに狙いをつけると踏んでいたが、その通りだったようだ。
 自分が振られたことが信じられず、なんであんたが! などと、貴族令嬢らしからぬ暴言を吐いている。
 周りが呆れて見ているのも知らず、彼女は見かねた先生に外に連れ出されてしまった。

(この調子であれば、私がわざわざ手を出さずとも自滅してくれるでしょうか)

 考えに耽っていると、ぐいと身体を抱き寄せられる。

「今は俺に集中してくれないか?」

 甘い声で、ハルサーシャが囁く。

「失礼いたしました。今はハル様とのダンスに集中すべきでしたわね」

 すぐに滑らかにステップを踏む。
 二人のダンスに、周りにいた生徒たちが、ほぅとため息を漏らす。

「流石はアヴェリア様……ダンスも美しいですね」

 パトリックのパートナーを務めているシエナも、思わず見惚れてしまう。

「シエナ嬢もお上手ですよ」
「ふふ、ありがとうございます。パトリック様のリードのおかげで、とても踊りやすいです」

 和やかな雰囲気で、シエナとパトリックも無事にダンスを終えることができた。

 特に大きな問題も起きずに授業は終わったものの、アヴェリアは胸騒ぎを覚えていた。


「何なのよ! あの女アヴェリアだけじゃなく、目障りな女シエナって!!」

 自室に戻ったアリアは荒れていた。
 物に八つ当たりしながら、鼻息荒く叫ぶ。

(可愛いアリア。心配するな、オレが力を貸してやるから)

 そう囁くのは、彼女に憑いている悪魔。

(お前はもっと我儘になっていいんだ。こんなに可愛いお前を悲しませるやつらを見返してやろう)

 それを聞いたアリアが、にたりと笑う。
 アリアの嫉妬、憤怒、傲慢さーー止まることを知らない彼女の黒い感情は、悪魔にとって最上のご馳走だった。
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