ここからは私の独壇場です

桜花シキ

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第13章 水面に映る乙女

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 目を覚ますと、柔らかなベッドの上だった。

「ここは……」
「学園の医務室だ」

 ベッドサイドに目をやれば、腕組みをして椅子に座っているハルサーシャと目が合った。

「いったい何が……」

 パトリックが体を起こそうとするのを、ハルサーシャが手で制する。

「もう少し休んでおけ。人を呼んでくる」

 そのまま部屋を出ていく友を見送り、取り残されたパトリックは記憶を整理するため、再び横になる。

(たしか、預言者に関する情報を図書室で調べていて……甘い香りがしたと思ったら、気を失ったんだ)

 意識を手放す前に聞こえた声。あれはアヴェリアのものだった。

(幻聴かと思ったが、まさかーー)

「目が覚めたとお聞きしました。少々手荒な手段をとってしまいましたが、急を要しましたのでお許しください」

 そのタイミングで、ハルサーシャに連れられて医務室にやってきたのは、アヴェリア本人だった。

「幻聴かと思ったが、本物だったとはね……」

 起き上がろうとするパトリックを強めの口調で制し、アヴェリアはベッドサイドの椅子に腰掛けた。

「パトリック殿下、最近あまり眠っていないのではありませんか? お食事も適当に済ませているのでしょう」

 少し会っていなかっただけのはずなのに、パトリックは明らかにやつれていた。
 目の下にくっきりとが浮かんでいるし、顔色も悪い。

「こうなる前に、俺がもう少し強く止めておくべきだった。すまない」

 アヴェリアの後ろに控えるハルサーシャは、悔しそうに顔を伏せた。

「事情が掴めないんだが……」

 困惑するパトリックに、アヴェリアが予言の内容を伝える。

「このまま放っておけば、殿下はお倒れになるはずだったのです。無理にでも休ませなければ、命に関わる可能性もありました」

 過労とストレス。それは、じわじわとパトリックの体を蝕んでいた。

「荒療治ではありましたが、睡眠促進作用のある薬を使って、強制的に眠っていただいたのです」

 あの時に感じた甘い香りは、それのことかとパトリックは合点がいった。

「しかし、あくまでも促進作用があるだけで、しっかりと毎日睡眠をとっている人間であれば、いきなり意識を失うほどの効果はありません。それだけ、殿下がご無理をなさっていたという証拠です」

 諭しながらも、アヴェリアの言葉からは心配していることが感じられた。

「フォリオ殿下も、とても心配されております。今回の件を受けて、私も、国王陛下も少し考えました。もう少し休まれたら、一度城へお戻りください。大切なお話がございます」

 多くの人に不安を与えてしまったことは申し訳なく、パトリックは素直に頷いた。
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