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第13章 水面に映る乙女
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「……ということがありまして」
「それは、シエナ嬢もだいぶ戸惑っただろうね」
ゆっくりボートを漕ぎながら、フォリオは苦笑する。
「シエナ様の婚約者候補の中には、フォリオ殿下のお名前もあったそうですが」
「……父上の仕業だな」
アヴェリアがシエナと引き合わせようとしていることは知っているので、フォリオはさほど驚かなかった。
「僕の婚約者なんだから、僕に一言相談してくれたっていいのにさ」
「殿下は、婚約者の話をまともに聞こうともしないそうではないですか」
予言の内容を伝えるため、時折城にやってくるアヴェリアは、国王からフォリオやパトリックの情報を手に入れている。
「僕だって、最近は少し考えるようになったさ。一国の王太子がいつまでも婚約者を保留にしておいたら、国民も不安がるだろうし」
「あら、それはそれは」
驚いたように、アヴェリアが眉を上げる。
少しずつではあるが、フォリオも成長していた。理由があるとはいえ、いつまでも自分に与えられた使命から逃れるのは、アヴェリアに対しても失礼だと考えるようになった。
「彼女の気持ちは分からないけど、シエナ嬢は確かにいい相手だと思う」
アヴェリアに与えられた、預言者としての使命も知っているなら尚更。
彼女であれば、今すぐに婚約者として選ばなくとも、事情を汲んで、ゆっくり事を進めてくれるだろう。シエナがアヴェリアをとても慕っていることは、フォリオも知っていた。
もし、彼女も自分と同じくアヴェリアを救うために動いてくれるのなら。どれほど心強い味方になってくれることだろう。
しかし、それではシエナの婚期が遅れてしまう。
一人の令嬢としての彼女の人生を、フォリオは自分の目的のために利用したくはなかった。
「殿下の口から、そんなお言葉が聞けるなんて。私も頑張った甲斐がありましたわ」
「何度も言うようだけど、僕は彼女の意思を尊重したい。それに、君の使命についても知ったわけだよね? 婚約者の話を出すのは、時間を置いた方がいいと思う」
「……今回ばかりは、フォリオ殿下のお考えに賛同いたします」
いつまでも黙っているわけにもいかないと思い打ち明けたが、自分の使命がシエナの重荷になるだろうことも理解していた。
「まだフォリオ殿下が正式な王太子になると決まったわけではありませんし、気長に待つことにいたします」
「そうだね。まだ僕が王太子になるには時間がかかりそうだよ」
そう話すフォリオの表情に焦りはない。王太子になるべく努力を続け、それでもまだ自分に足りない力があることを理解している。その上で、必要な能力を身につけるためにかかる時間をしっかり考えているのだ。アヴェリアは、その様子からも成長を感じるのだった。
そこで思い出すのは、もう一人の王太子候補のこと。
「最近、パトリック殿下から連絡はありましたか?」
宣言通り、ことあるごとに近況報告をしにくるハルサーシャとは対照的に、パトリックは音沙汰がなかった。
「いや、ずっと学園にいらっしゃる。休みの日にも帰ってきたことはないよ」
心配そうにフォリオは眉を下げる。
兄同様の存在として慕っていたパトリックとは、学園に入学してから疎遠になっていた。
「……フォリオ殿下、予言をいたします。このままだと、近いうちにパトリック殿下がお倒れになります」
「詳しく聞かせてくれる?」
水面に映る二人の姿が揺らいだ。
「それは、シエナ嬢もだいぶ戸惑っただろうね」
ゆっくりボートを漕ぎながら、フォリオは苦笑する。
「シエナ様の婚約者候補の中には、フォリオ殿下のお名前もあったそうですが」
「……父上の仕業だな」
アヴェリアがシエナと引き合わせようとしていることは知っているので、フォリオはさほど驚かなかった。
「僕の婚約者なんだから、僕に一言相談してくれたっていいのにさ」
「殿下は、婚約者の話をまともに聞こうともしないそうではないですか」
予言の内容を伝えるため、時折城にやってくるアヴェリアは、国王からフォリオやパトリックの情報を手に入れている。
「僕だって、最近は少し考えるようになったさ。一国の王太子がいつまでも婚約者を保留にしておいたら、国民も不安がるだろうし」
「あら、それはそれは」
驚いたように、アヴェリアが眉を上げる。
少しずつではあるが、フォリオも成長していた。理由があるとはいえ、いつまでも自分に与えられた使命から逃れるのは、アヴェリアに対しても失礼だと考えるようになった。
「彼女の気持ちは分からないけど、シエナ嬢は確かにいい相手だと思う」
アヴェリアに与えられた、預言者としての使命も知っているなら尚更。
彼女であれば、今すぐに婚約者として選ばなくとも、事情を汲んで、ゆっくり事を進めてくれるだろう。シエナがアヴェリアをとても慕っていることは、フォリオも知っていた。
もし、彼女も自分と同じくアヴェリアを救うために動いてくれるのなら。どれほど心強い味方になってくれることだろう。
しかし、それではシエナの婚期が遅れてしまう。
一人の令嬢としての彼女の人生を、フォリオは自分の目的のために利用したくはなかった。
「殿下の口から、そんなお言葉が聞けるなんて。私も頑張った甲斐がありましたわ」
「何度も言うようだけど、僕は彼女の意思を尊重したい。それに、君の使命についても知ったわけだよね? 婚約者の話を出すのは、時間を置いた方がいいと思う」
「……今回ばかりは、フォリオ殿下のお考えに賛同いたします」
いつまでも黙っているわけにもいかないと思い打ち明けたが、自分の使命がシエナの重荷になるだろうことも理解していた。
「まだフォリオ殿下が正式な王太子になると決まったわけではありませんし、気長に待つことにいたします」
「そうだね。まだ僕が王太子になるには時間がかかりそうだよ」
そう話すフォリオの表情に焦りはない。王太子になるべく努力を続け、それでもまだ自分に足りない力があることを理解している。その上で、必要な能力を身につけるためにかかる時間をしっかり考えているのだ。アヴェリアは、その様子からも成長を感じるのだった。
そこで思い出すのは、もう一人の王太子候補のこと。
「最近、パトリック殿下から連絡はありましたか?」
宣言通り、ことあるごとに近況報告をしにくるハルサーシャとは対照的に、パトリックは音沙汰がなかった。
「いや、ずっと学園にいらっしゃる。休みの日にも帰ってきたことはないよ」
心配そうにフォリオは眉を下げる。
兄同様の存在として慕っていたパトリックとは、学園に入学してから疎遠になっていた。
「……フォリオ殿下、予言をいたします。このままだと、近いうちにパトリック殿下がお倒れになります」
「詳しく聞かせてくれる?」
水面に映る二人の姿が揺らいだ。
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