ここからは私の独壇場です

桜花シキ

文字の大きさ
上 下
72 / 94
第13章 水面に映る乙女

71

しおりを挟む
「君からボートに乗りに行こうだなんて、とても嬉しいお誘いだけど、急にどうしたの?」

 雲ひとつない晴天。清々しい風がそよぐ中、ウキウキの笑顔でフォリオは二人乗りのボートを漕いでいた。
 本来ならば、ブラウローゼ公爵家の庭で、いつものようにお茶会をする予定だったが、急にアヴェリアが湖に行くと言い出したのだった。

「デイモン男爵令嬢が、突然連絡もなしにブラウローゼ公爵家に現れる未来が視えまして」

 やれやれ、とアヴェリアは淡い黄色の日傘をさしながら答える。

「アリア嬢が? どうして?」

 ボートを漕ぐ手を止め、驚いたように目を見開く。

「もちろん、フォリオ殿下に会いに、ですわ」
「えぇ!? それなのに、どうしてアヴェリアの家に行く必要があるの?」
「殿下が我が家に通いすぎていて、なかなか捕まらないからでしょう。尤も、私的な用事で王族に会いにくること自体、あり得ないことですが」

 ブラウローゼ公爵家で定期的に行われている二人のお茶会は、情報交換を主な目的としたものだ。
 しかし、年を追うごとに頻度が増しており、最近ではアヴェリアが呼ばなくとも毎週のように顔を出している。
 その点に関しては、フォリオもアリアも似たようなものかもしれないと、アヴェリアはため息をつく。

 だが、今問題はそこではない。
 アリアがフォリオに接触しようとしていること。ブラウローゼ公爵家でいつお茶会をするのか突き止めていたこと。
 明らかに、アリアがフォリオのことを狙っている素振りを見せ始めたことが問題だった。

「デイモン男爵令嬢と、最近何かありました?」
「特に何もないよ。あったら君に真っ先に報告してるさ」

 その瞳に嘘偽りはないようだった。そもそも、フォリオはすぐ顔に出てしまうので、人を騙すには人がよすぎるのだった。
 何もないというのに、突然彼女から接触してきたということは、きっかけがあったのだろう。

「どこのご令嬢も、本格的に婚約者を探し始める頃合いですわね」

 しばらく考えたアヴェリアは思い至る。
 貴族の子どもともなれば、十歳前には婚約者が決まっていることも珍しくない。八歳を迎えたシエナたちにも、続々と婚約者候補があがっているのだった。

「デイモン男爵令嬢は、フォリオ殿下のことを狙っているのでしょう」

 おそらく、アリアも婚約者を選ぶ時期になり、フォリオのことが頭を過ったのだろう。彼女ことだ、我儘を言ったに違いない。
 フォリオ自身のことが好きなのか、王族の一員という地位が欲しいのか。後者であれば、パトリックやハルサーシャまで、彼女の魔の手にかかる恐れがあった。

「シエナ様にご協力いただくしかありませんわね」

 今頃、アリアはブラウローゼ公爵家に突撃していることだろう。優秀な執事たちが、丁重に追い返しているだろうが。
 アリアが悪魔に魅入られていることは、国王も知っている。そのため、アリアにフォリオの行き先を教えないよう城の者たちには伝えてあった。
 今日、二人が会うことを知ったのは、アリアが悪魔の魅了の力で誰かから聞き出したのかもしれない。
 成長とともに魅了の力が増しているのであれば、今後脅威になり得る。その力に対抗するために、天使の祝福を受けているシエナの協力は不可欠だった。

「シエナ嬢には、話したのかい? 君の、代償のこと」
「ええ。ちょうど婚約者の話が出てきたので、その流れで」

 ーーアヴェリア様にも、婚約者の話は出ているのですか?
 シエナのその一言がきっかけで、彼女はアヴェリアに与えられた預言者としての使命を知ることになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました

さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア 姉の婚約者は第三王子 お茶会をすると一緒に来てと言われる アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる ある日姉が父に言った。 アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね? バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

【完結80万pt感謝】不貞をしても婚約破棄されたくない美男子たちはどうするべきなのか?

宇水涼麻
恋愛
高位貴族令息である三人の美男子たちは学園内で一人の男爵令嬢に侍っている。 そんな彼らが卒業式の前日に家に戻ると父親から衝撃的な話をされた。 婚約者から婚約を破棄され、第一後継者から降ろされるというのだ。 彼らは慌てて学園へ戻り、学生寮の食堂内で各々の婚約者を探す。 婚約者を前に彼らはどうするのだろうか? 短編になる予定です。 たくさんのご感想をいただきましてありがとうございます! 【ネタバレ】マークをつけ忘れているものがあります。 ご感想をお読みになる時にはお気をつけください。すみません。

私が死んだあとの世界で

もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。 初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。 だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

妹ばかり見ている婚約者はもういりません

水谷繭
恋愛
子爵令嬢のジュスティーナは、裕福な伯爵家の令息ルドヴィクの婚約者。しかし、ルドヴィクはいつもジュスティーナではなく、彼女の妹のフェリーチェに会いに来る。 自分に対する態度とは全く違う優しい態度でフェリーチェに接するルドヴィクを見て傷つくジュスティーナだが、自分は妹のように愛らしくないし、魔法の能力も中途半端だからと諦めていた。 そんなある日、ルドヴィクが妹に婚約者の証の契約石に見立てた石を渡し、「君の方が婚約者だったらよかったのに」と言っているのを聞いてしまう。 さらに婚約解消が出来ないのは自分が嫌がっているせいだという嘘まで吐かれ、我慢の限界が来たジュスティーナは、ルドヴィクとの婚約を破棄することを決意するが……。 ◆エールありがとうございます! ◇表紙画像はGirly Drop様からお借りしました💐 ◆なろうにも載せ始めました ◇いいね押してくれた方ありがとうございます!

もう一度7歳からやりなおし!王太子妃にはなりません

片桐葵
恋愛
いわゆる悪役令嬢・セシルは19歳で死亡した。 皇太子のユリウス殿下の婚約者で高慢で尊大に振る舞い、義理の妹アリシアとユリウスの恋愛に嫉妬し最終的に殺害しようとした罪で断罪され、修道院送りとなった末の死亡だった。しかし死んだ後に女神が現れ7歳からやり直せるようにしてくれた。 もう一度7歳から人生をやり直せる事になったセシル。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

処理中です...