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第13章 水面に映る乙女
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「君からボートに乗りに行こうだなんて、とても嬉しいお誘いだけど、急にどうしたの?」
雲ひとつない晴天。清々しい風がそよぐ中、ウキウキの笑顔でフォリオは二人乗りのボートを漕いでいた。
本来ならば、ブラウローゼ公爵家の庭で、いつものようにお茶会をする予定だったが、急にアヴェリアが湖に行くと言い出したのだった。
「デイモン男爵令嬢が、突然連絡もなしにブラウローゼ公爵家に現れる未来が視えまして」
やれやれ、とアヴェリアは淡い黄色の日傘をさしながら答える。
「アリア嬢が? どうして?」
ボートを漕ぐ手を止め、驚いたように目を見開く。
「もちろん、フォリオ殿下に会いに、ですわ」
「えぇ!? それなのに、どうしてアヴェリアの家に行く必要があるの?」
「殿下が我が家に通いすぎていて、なかなか捕まらないからでしょう。尤も、私的な用事で王族に会いにくること自体、あり得ないことですが」
ブラウローゼ公爵家で定期的に行われている二人のお茶会は、情報交換を主な目的としたものだ。
しかし、年を追うごとに頻度が増しており、最近ではアヴェリアが呼ばなくとも毎週のように顔を出している。
その点に関しては、フォリオもアリアも似たようなものかもしれないと、アヴェリアはため息をつく。
だが、今問題はそこではない。
アリアがフォリオに接触しようとしていること。ブラウローゼ公爵家でいつお茶会をするのか突き止めていたこと。
明らかに、アリアがフォリオのことを狙っている素振りを見せ始めたことが問題だった。
「デイモン男爵令嬢と、最近何かありました?」
「特に何もないよ。あったら君に真っ先に報告してるさ」
その瞳に嘘偽りはないようだった。そもそも、フォリオはすぐ顔に出てしまうので、人を騙すには人がよすぎるのだった。
何もないというのに、突然彼女から接触してきたということは、きっかけがあったのだろう。
「どこのご令嬢も、本格的に婚約者を探し始める頃合いですわね」
しばらく考えたアヴェリアは思い至る。
貴族の子どもともなれば、十歳前には婚約者が決まっていることも珍しくない。八歳を迎えたシエナたちにも、続々と婚約者候補があがっているのだった。
「デイモン男爵令嬢は、フォリオ殿下のことを狙っているのでしょう」
おそらく、アリアも婚約者を選ぶ時期になり、フォリオのことが頭を過ったのだろう。彼女ことだ、我儘を言ったに違いない。
フォリオ自身のことが好きなのか、王族の一員という地位が欲しいのか。後者であれば、パトリックやハルサーシャまで、彼女の魔の手にかかる恐れがあった。
「シエナ様にご協力いただくしかありませんわね」
今頃、アリアはブラウローゼ公爵家に突撃していることだろう。優秀な執事たちが、丁重に追い返しているだろうが。
アリアが悪魔に魅入られていることは、国王も知っている。そのため、アリアにフォリオの行き先を教えないよう城の者たちには伝えてあった。
今日、二人が会うことを知ったのは、アリアが悪魔の魅了の力で誰かから聞き出したのかもしれない。
成長とともに魅了の力が増しているのであれば、今後脅威になり得る。その力に対抗するために、天使の祝福を受けているシエナの協力は不可欠だった。
「シエナ嬢には、話したのかい? 君の、代償のこと」
「ええ。ちょうど婚約者の話が出てきたので、その流れで」
ーーアヴェリア様にも、婚約者の話は出ているのですか?
シエナのその一言がきっかけで、彼女はアヴェリアに与えられた預言者としての使命を知ることになった。
雲ひとつない晴天。清々しい風がそよぐ中、ウキウキの笑顔でフォリオは二人乗りのボートを漕いでいた。
本来ならば、ブラウローゼ公爵家の庭で、いつものようにお茶会をする予定だったが、急にアヴェリアが湖に行くと言い出したのだった。
「デイモン男爵令嬢が、突然連絡もなしにブラウローゼ公爵家に現れる未来が視えまして」
やれやれ、とアヴェリアは淡い黄色の日傘をさしながら答える。
「アリア嬢が? どうして?」
ボートを漕ぐ手を止め、驚いたように目を見開く。
「もちろん、フォリオ殿下に会いに、ですわ」
「えぇ!? それなのに、どうしてアヴェリアの家に行く必要があるの?」
「殿下が我が家に通いすぎていて、なかなか捕まらないからでしょう。尤も、私的な用事で王族に会いにくること自体、あり得ないことですが」
ブラウローゼ公爵家で定期的に行われている二人のお茶会は、情報交換を主な目的としたものだ。
しかし、年を追うごとに頻度が増しており、最近ではアヴェリアが呼ばなくとも毎週のように顔を出している。
その点に関しては、フォリオもアリアも似たようなものかもしれないと、アヴェリアはため息をつく。
だが、今問題はそこではない。
アリアがフォリオに接触しようとしていること。ブラウローゼ公爵家でいつお茶会をするのか突き止めていたこと。
明らかに、アリアがフォリオのことを狙っている素振りを見せ始めたことが問題だった。
「デイモン男爵令嬢と、最近何かありました?」
「特に何もないよ。あったら君に真っ先に報告してるさ」
その瞳に嘘偽りはないようだった。そもそも、フォリオはすぐ顔に出てしまうので、人を騙すには人がよすぎるのだった。
何もないというのに、突然彼女から接触してきたということは、きっかけがあったのだろう。
「どこのご令嬢も、本格的に婚約者を探し始める頃合いですわね」
しばらく考えたアヴェリアは思い至る。
貴族の子どもともなれば、十歳前には婚約者が決まっていることも珍しくない。八歳を迎えたシエナたちにも、続々と婚約者候補があがっているのだった。
「デイモン男爵令嬢は、フォリオ殿下のことを狙っているのでしょう」
おそらく、アリアも婚約者を選ぶ時期になり、フォリオのことが頭を過ったのだろう。彼女ことだ、我儘を言ったに違いない。
フォリオ自身のことが好きなのか、王族の一員という地位が欲しいのか。後者であれば、パトリックやハルサーシャまで、彼女の魔の手にかかる恐れがあった。
「シエナ様にご協力いただくしかありませんわね」
今頃、アリアはブラウローゼ公爵家に突撃していることだろう。優秀な執事たちが、丁重に追い返しているだろうが。
アリアが悪魔に魅入られていることは、国王も知っている。そのため、アリアにフォリオの行き先を教えないよう城の者たちには伝えてあった。
今日、二人が会うことを知ったのは、アリアが悪魔の魅了の力で誰かから聞き出したのかもしれない。
成長とともに魅了の力が増しているのであれば、今後脅威になり得る。その力に対抗するために、天使の祝福を受けているシエナの協力は不可欠だった。
「シエナ嬢には、話したのかい? 君の、代償のこと」
「ええ。ちょうど婚約者の話が出てきたので、その流れで」
ーーアヴェリア様にも、婚約者の話は出ているのですか?
シエナのその一言がきっかけで、彼女はアヴェリアに与えられた預言者としての使命を知ることになった。
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