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桜花シキ

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第12章 王の資質

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 別に、王太子になりたいと思ったことはなかった。ただ生まれながらに王太子と定められ、将来は王になるのだろうと疑わなかった。

 フォリオ・ファシアスは、自分の他にも王太子候補が現れたことで、不思議な感覚に陥っていた。

(別に、王太子になりたいと思っていたわけじゃないけど……このままだと、パトリック兄上にその座は奪われるだろう)

 兄のように慕うパトリック。彼が王太子になることを反対しているわけではない。
 自分よりもずっと聡明で、行動力もある。現状、フォリオよりもパトリックの方が、王としての資質を備えているように思えた。

 自分が王太子にならなければ、恋慕うアヴェリアと結ばれる可能性も出てくるというのに、フォリオの表情は暗かった。

「浮かない顔をして、どうされたのですか?」

 定期的に行われているブラウローゼ公爵家でのお茶会。預言者の使命を果たすため、情報共有の場として設けられていた。
 美しい庭園に置かれたテーブルの向かい側に座るアヴェリアに問われ、フォリオは何と答えたものかと思案する。

「僕は、王太子として相応しいんだろうかと思って」

 そう答えたフォリオに対し、アヴェリアは少し驚いたように黄金色の瞳を丸くした。

「ようやく王太子候補としての自覚が芽生えたのですか。一時は、王太子の座を投げ捨てそうだったので、心配しておりましたわ」
「正直なところ、王太子になりたいなんて、今まで考えたことがなかったんだけどね。最近は、どうしてだろう。モヤモヤするんだ」

 胸に手をやり、フォリオは首を傾げる。
 今まで欲しいなんて思ってこなかった王太子の座。それなのに、いざ失うかもしれないと分かると、胸が苦しくなった。

「殿下は、この王国が好きですか?」

 まっすぐな瞳で、アヴェリアが問いかける。

「もちろん。大好きだよ」

 まったく迷いなく答えたフォリオに、アヴェリアは微笑んだ。本当に満足そうに。

「それが、殿下の悩みの正体ですわね」
「どういうこと?」

 意味が分からず、フォリオは首を傾げる。

「殿下には、生まれながらにして王としての資質が備わっている、ということですわ」

 ただこの国で生まれたから、この国が好きなのではない。
 フォリオの言葉の背景からは、この国に住む国民たちの姿が読み取れた。

「気持ちを偽らず、王太子になるべく邁進なさいませ」

 民を愛したいと思う心を失わないで。それこそが、王として最も重要な資質であるのだから。

「確かに、パトリック殿下は優秀なお方です。今のフォリオ殿下では、敵わないかもしれません」

 しかし、とアヴェリアは続ける。

「歳の差が二年あります。それは仕方のないこと。これからの二年をどう過ごされるか、私は楽しみにしておりますわ」
「……君の代償のことは忘れられないけど」

 預言者を代償から救うことは諦めない。
 でも、そのために自分の運命から目を逸らすのは、運命と真正面から向き合っているアヴェリアに対して失礼だ。
 だから、フォリオは決めた。

「僕は、王太子になるよ。そして、君のことも救ってみせる」
「それはそれは。ますます楽しみですわね」

 心から嬉しそうに、アヴェリアは笑みを浮かべるのだった。
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