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第9幕 狩人の乙女
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「ここですわ」
立ち止まったのは、特に何の目印もない、木々に囲まれた場所だった。
「予知された風景と一致しますので、間違いありません」
よくこんなに特徴のない場所のことを、しっかり記憶できているものだ。これは確かに言葉で説明はしにくかっただろうなと、その場にいた誰もが思った。
ーーガサリ。
木々が僅かに音を立てる。騎士はアヴェリアたちを守るように身構えた。
音の先を睨みつけていると、獲物を狙う獣の視線と交わった。瞬間、巨体が一行の前に躍り出る。
巨大猪。
ルーデアス王国の農民たちを長らく苦しめ続けた獣。
巨大猪とて、生きるためには仕方がなかったのかもしれないが、これまでに与えてきた被害を考えると、看過できるものではなかった。
「アヴェリア様、お下がりください!」
「あとは我々が!!」
騎士たちの言葉を素直に聞き入れたアヴェリアは、フォリオたちと共に後方に避難する。
アヴェリアは、驚く馬をなだめながら、騎士たちが戦っている様子を眺めていた。
「流石は、アヴェリア嬢。見事、巨大猪の居場所を言い当ててくれたな」
ハルサーシャは、キラキラと目を輝かせている。
だが、アヴェリアの表情は変わらない。
「居場所は突き止めましたが、急に人間が現れて驚いているはずです。どんな動きをしてくるか分かりませんわ」
おもむろに、アヴェリアは弓矢を構える。
「アヴェリア嬢、何を……」
パトリックが言い終わるより早く、アヴェリアの放った矢が巨大猪の左目を射抜いた。
その衝撃で、巨大猪の動きが逸れる。
「ア、アヴェリア様、助かりました!!」
フォリオたちが状況を理解するより早く、騎士の一人が礼を述べた。その騎士は、尻もちをついて、武器も吹き飛ばされてしまっていた。
もし、アヴェリアが攻撃しなければ、この騎士は踏み潰されてしまっていただろう。
「このことも、予知していたの?」
フォリオが目を丸くする。
しかし、アヴェリアは首を横に振った。
「私が神託を受けたのは、居場所だけ。偶然気がつくことができただけですわ」
恐るべき観察眼。そして、冷静に対処できるだけの精神力と正確な技術。
ただ預言者とだけ呼ぶには、彼女は特別だった。
アヴェリアの援護もあり、その後は騎士たちが巨大猪を無事仕留めることに成功した。
間違いなく狩猟大会一番の大物を仕留めたアヴェリアたち一行は、堂々優勝を収める。そして、その獲物はアヴェリアに捧げられた。
初めは断ったが、命の恩人でもあるからと、騎士たちが頑なに譲らなかったのである。
ルーデアス王国の国民たちも、自分たちを長らく苦しめてきた元凶を取り去ってくれたとあって、預言者に対してより一層の信仰心を持つようになった。
騎士たちの間でも、アヴェリアの武勇伝は時に誇張されながら語り継がれる。
隣国でも、彼女の行動力はとどまるところを知らなかった。
立ち止まったのは、特に何の目印もない、木々に囲まれた場所だった。
「予知された風景と一致しますので、間違いありません」
よくこんなに特徴のない場所のことを、しっかり記憶できているものだ。これは確かに言葉で説明はしにくかっただろうなと、その場にいた誰もが思った。
ーーガサリ。
木々が僅かに音を立てる。騎士はアヴェリアたちを守るように身構えた。
音の先を睨みつけていると、獲物を狙う獣の視線と交わった。瞬間、巨体が一行の前に躍り出る。
巨大猪。
ルーデアス王国の農民たちを長らく苦しめ続けた獣。
巨大猪とて、生きるためには仕方がなかったのかもしれないが、これまでに与えてきた被害を考えると、看過できるものではなかった。
「アヴェリア様、お下がりください!」
「あとは我々が!!」
騎士たちの言葉を素直に聞き入れたアヴェリアは、フォリオたちと共に後方に避難する。
アヴェリアは、驚く馬をなだめながら、騎士たちが戦っている様子を眺めていた。
「流石は、アヴェリア嬢。見事、巨大猪の居場所を言い当ててくれたな」
ハルサーシャは、キラキラと目を輝かせている。
だが、アヴェリアの表情は変わらない。
「居場所は突き止めましたが、急に人間が現れて驚いているはずです。どんな動きをしてくるか分かりませんわ」
おもむろに、アヴェリアは弓矢を構える。
「アヴェリア嬢、何を……」
パトリックが言い終わるより早く、アヴェリアの放った矢が巨大猪の左目を射抜いた。
その衝撃で、巨大猪の動きが逸れる。
「ア、アヴェリア様、助かりました!!」
フォリオたちが状況を理解するより早く、騎士の一人が礼を述べた。その騎士は、尻もちをついて、武器も吹き飛ばされてしまっていた。
もし、アヴェリアが攻撃しなければ、この騎士は踏み潰されてしまっていただろう。
「このことも、予知していたの?」
フォリオが目を丸くする。
しかし、アヴェリアは首を横に振った。
「私が神託を受けたのは、居場所だけ。偶然気がつくことができただけですわ」
恐るべき観察眼。そして、冷静に対処できるだけの精神力と正確な技術。
ただ預言者とだけ呼ぶには、彼女は特別だった。
アヴェリアの援護もあり、その後は騎士たちが巨大猪を無事仕留めることに成功した。
間違いなく狩猟大会一番の大物を仕留めたアヴェリアたち一行は、堂々優勝を収める。そして、その獲物はアヴェリアに捧げられた。
初めは断ったが、命の恩人でもあるからと、騎士たちが頑なに譲らなかったのである。
ルーデアス王国の国民たちも、自分たちを長らく苦しめてきた元凶を取り去ってくれたとあって、預言者に対してより一層の信仰心を持つようになった。
騎士たちの間でも、アヴェリアの武勇伝は時に誇張されながら語り継がれる。
隣国でも、彼女の行動力はとどまるところを知らなかった。
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