ここからは私の独壇場です

桜花シキ

文字の大きさ
上 下
50 / 94
第9幕 狩人の乙女

49

しおりを挟む
「ここですわ」

 立ち止まったのは、特に何の目印もない、木々に囲まれた場所だった。

「予知された風景と一致しますので、間違いありません」

 よくこんなに特徴のない場所のことを、しっかり記憶できているものだ。これは確かに言葉で説明はしにくかっただろうなと、その場にいた誰もが思った。

 ーーガサリ。
 木々が僅かに音を立てる。騎士はアヴェリアたちを守るように身構えた。
 音の先を睨みつけていると、獲物を狙う獣の視線と交わった。瞬間、巨体が一行の前に躍り出る。

 巨大猪ビッグ・ボア
 ルーデアス王国の農民たちを長らく苦しめ続けた獣。
 巨大猪ビッグ・ボアとて、生きるためには仕方がなかったのかもしれないが、これまでに与えてきた被害を考えると、看過できるものではなかった。

「アヴェリア様、お下がりください!」
「あとは我々が!!」

 騎士たちの言葉を素直に聞き入れたアヴェリアは、フォリオたちと共に後方に避難する。
 アヴェリアは、驚く馬をなだめながら、騎士たちが戦っている様子を眺めていた。

「流石は、アヴェリア嬢。見事、巨大猪ビッグ・ボアの居場所を言い当ててくれたな」

 ハルサーシャは、キラキラと目を輝かせている。
 だが、アヴェリアの表情は変わらない。

「居場所は突き止めましたが、急に人間が現れて驚いているはずです。どんな動きをしてくるか分かりませんわ」

 おもむろに、アヴェリアは弓矢を構える。

「アヴェリア嬢、何を……」

 パトリックが言い終わるより早く、アヴェリアの放った矢が巨大猪ビッグ・ボアの左目を射抜いた。
 その衝撃で、巨大猪ビッグ・ボアの動きが逸れる。

「ア、アヴェリア様、助かりました!!」

 フォリオたちが状況を理解するより早く、騎士の一人が礼を述べた。その騎士は、尻もちをついて、武器も吹き飛ばされてしまっていた。
 もし、アヴェリアが攻撃しなければ、この騎士は踏み潰されてしまっていただろう。

「このことも、予知していたの?」

 フォリオが目を丸くする。
 しかし、アヴェリアは首を横に振った。

「私が神託を受けたのは、居場所だけ。偶然気がつくことができただけですわ」

 恐るべき観察眼。そして、冷静に対処できるだけの精神力と正確な技術。
 ただ預言者とだけ呼ぶには、彼女は特別だった。

 アヴェリアの援護もあり、その後は騎士たちが巨大猪ビッグ・ボアを無事仕留めることに成功した。
 間違いなく狩猟大会一番の大物を仕留めたアヴェリアたち一行は、堂々優勝を収める。そして、その獲物はアヴェリアに捧げられた。
 初めは断ったが、命の恩人でもあるからと、騎士たちが頑なに譲らなかったのである。

 ルーデアス王国の国民たちも、自分たちを長らく苦しめてきた元凶を取り去ってくれたとあって、預言者に対してより一層の信仰心を持つようになった。
 騎士たちの間でも、アヴェリアの武勇伝は時に誇張されながら語り継がれる。

 隣国でも、彼女の行動力はとどまるところを知らなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

公爵令嬢を虐げた自称ヒロインの末路

八代奏多
恋愛
 公爵令嬢のレシアはヒロインを自称する伯爵令嬢のセラフィから毎日のように嫌がらせを受けていた。  王子殿下の婚約者はレシアではなく私が相応しいとセラフィは言うが……  ……そんなこと、絶対にさせませんわよ?

【完結80万pt感謝】不貞をしても婚約破棄されたくない美男子たちはどうするべきなのか?

宇水涼麻
恋愛
高位貴族令息である三人の美男子たちは学園内で一人の男爵令嬢に侍っている。 そんな彼らが卒業式の前日に家に戻ると父親から衝撃的な話をされた。 婚約者から婚約を破棄され、第一後継者から降ろされるというのだ。 彼らは慌てて学園へ戻り、学生寮の食堂内で各々の婚約者を探す。 婚約者を前に彼らはどうするのだろうか? 短編になる予定です。 たくさんのご感想をいただきましてありがとうございます! 【ネタバレ】マークをつけ忘れているものがあります。 ご感想をお読みになる時にはお気をつけください。すみません。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

どうしてか、知っていて?

碧水 遥
恋愛
どうして高位貴族令嬢だけが婚約者となるのか……知っていて?

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

処理中です...