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第8幕 求婚される乙女
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「ア、アヴェリアァァァ!!」
恭しく膝をつく王子に手を取られたアヴェリアの前に、鬼の形相の兄グロウ・ブラウローゼが現れる。
彼の性格を知っているブラウローゼ公爵家の使用人たちは、一気に青ざめた。
「こ、これはいったいどういう状況ですか!?」
駆けつける早さから、陰から覗いていたのだろうな、とアヴェリアは思う。
妹のこととなると周りのことが見えなくなるグロウは、すぐさまアヴェリアからハルサーシャを遠ざけると、守るように間に入った。
「失礼ながら、あなたは?」
「愛する妹アヴェリアの兄、グロウ・ブラウローゼと申します。ハルサーシャ・ルーデアス第三王子殿下」
顔を引き攣らせながら笑う兄の言葉は、誰が聞いても棘しかなかった。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ハルサーシャ・ルーデアスと申します、ブラウローゼ小公爵殿」
自分に向けられた敵意は感じ取っているはずだが、ハルサーシャは自分よりも年上の相手に怯むことなく冷静に応じた。
フォリオとは違う大人の対応に、グロウは一瞬調子を崩される。しかし、すぐに本題に入った。
「私の聞き間違いでなければ、妹にけ、けっこ……けっこん……」
あまりの衝撃で、グロウはまともに言葉を発することができないくらい動揺していた。
その言葉の続きを、ハルサーシャが引き取る。
「アヴェリア公爵令嬢に、結婚の申し込みをさせて頂きました」
なんと澄んだ瞳で答えるものか。
ちゃんと話を聞いていたのかと、アヴェリアは再度説明する。
「私の使命はお伝えしたはずです。すぐにいなくなるかもしれない人間をパートナーとして迎えるなど、お考え直しください」
「知っている。だが、それが運命だとしても、俺はあなたを伴侶として迎えたい」
冗談で言っているわけではない、至極真剣な眼差しだった。
「いったい、なぜそこまで……」
「あなたに強く心惹かれた。それでは理由にならないだろうか?」
「それは、私が預言者だからでは?」
「会う前はそうだった。だが、今は違う。あなただから結婚したいと思ったんだ」
アヴェリアに与えられた預言者の使命を知った上で、それでも伴侶として迎えたいのだと、その熱意を伝えた。
『一生一緒にいたいと思うやつがいたら、結婚してもいいだろ』
そうキリーは言っていた。
ハルサーシャは、アヴェリアの使命を知っても、それでも一緒にいたいという。
アヴェリアはどうだろうか。使命を盾にして、人から向けられる好意を跳ね除けてきた身としては、戸惑うしかなかった。
(使命を知っても、退かない相手だなんて……)
考え込んだまま口を閉ざすアヴェリアに対して、ハルサーシャは言葉をかける。
「今すぐに返事をもらえなくてもいい。最初は友人から始めてもらえないだろうか? 俺のことをもっと知って、それから決めてほしい。だが、チャンスが欲しいんだ」
諦める気はさらさらない、とその目は語っていた。
「……分かりました。そこまでおっしゃるのなら、少し考えてみます」
妹の答えにグロウは卒倒しそうな勢いで、ハルサーシャは満面の笑みで応じた。
「近いうちに、我が国に招待させてほしい。ルーデアス王国に来たことは?」
「ありません」
「それなら、俺が観光名所を案内しよう。退屈はさせない」
「殿下自ら案内して頂けるなんて、光栄ですわ」
「大切な友人のためだ。気を遣わず、思う存分楽しんでほしい」
アヴェリアの重荷にならないように、あえて友人という言葉に留めるところからも、本当に大切に想われているのだと気づかずにはいられなかった。
今まで感じたことのない不思議な気持ちで、アヴェリアは頷いた。
恭しく膝をつく王子に手を取られたアヴェリアの前に、鬼の形相の兄グロウ・ブラウローゼが現れる。
彼の性格を知っているブラウローゼ公爵家の使用人たちは、一気に青ざめた。
「こ、これはいったいどういう状況ですか!?」
駆けつける早さから、陰から覗いていたのだろうな、とアヴェリアは思う。
妹のこととなると周りのことが見えなくなるグロウは、すぐさまアヴェリアからハルサーシャを遠ざけると、守るように間に入った。
「失礼ながら、あなたは?」
「愛する妹アヴェリアの兄、グロウ・ブラウローゼと申します。ハルサーシャ・ルーデアス第三王子殿下」
顔を引き攣らせながら笑う兄の言葉は、誰が聞いても棘しかなかった。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ハルサーシャ・ルーデアスと申します、ブラウローゼ小公爵殿」
自分に向けられた敵意は感じ取っているはずだが、ハルサーシャは自分よりも年上の相手に怯むことなく冷静に応じた。
フォリオとは違う大人の対応に、グロウは一瞬調子を崩される。しかし、すぐに本題に入った。
「私の聞き間違いでなければ、妹にけ、けっこ……けっこん……」
あまりの衝撃で、グロウはまともに言葉を発することができないくらい動揺していた。
その言葉の続きを、ハルサーシャが引き取る。
「アヴェリア公爵令嬢に、結婚の申し込みをさせて頂きました」
なんと澄んだ瞳で答えるものか。
ちゃんと話を聞いていたのかと、アヴェリアは再度説明する。
「私の使命はお伝えしたはずです。すぐにいなくなるかもしれない人間をパートナーとして迎えるなど、お考え直しください」
「知っている。だが、それが運命だとしても、俺はあなたを伴侶として迎えたい」
冗談で言っているわけではない、至極真剣な眼差しだった。
「いったい、なぜそこまで……」
「あなたに強く心惹かれた。それでは理由にならないだろうか?」
「それは、私が預言者だからでは?」
「会う前はそうだった。だが、今は違う。あなただから結婚したいと思ったんだ」
アヴェリアに与えられた預言者の使命を知った上で、それでも伴侶として迎えたいのだと、その熱意を伝えた。
『一生一緒にいたいと思うやつがいたら、結婚してもいいだろ』
そうキリーは言っていた。
ハルサーシャは、アヴェリアの使命を知っても、それでも一緒にいたいという。
アヴェリアはどうだろうか。使命を盾にして、人から向けられる好意を跳ね除けてきた身としては、戸惑うしかなかった。
(使命を知っても、退かない相手だなんて……)
考え込んだまま口を閉ざすアヴェリアに対して、ハルサーシャは言葉をかける。
「今すぐに返事をもらえなくてもいい。最初は友人から始めてもらえないだろうか? 俺のことをもっと知って、それから決めてほしい。だが、チャンスが欲しいんだ」
諦める気はさらさらない、とその目は語っていた。
「……分かりました。そこまでおっしゃるのなら、少し考えてみます」
妹の答えにグロウは卒倒しそうな勢いで、ハルサーシャは満面の笑みで応じた。
「近いうちに、我が国に招待させてほしい。ルーデアス王国に来たことは?」
「ありません」
「それなら、俺が観光名所を案内しよう。退屈はさせない」
「殿下自ら案内して頂けるなんて、光栄ですわ」
「大切な友人のためだ。気を遣わず、思う存分楽しんでほしい」
アヴェリアの重荷にならないように、あえて友人という言葉に留めるところからも、本当に大切に想われているのだと気づかずにはいられなかった。
今まで感じたことのない不思議な気持ちで、アヴェリアは頷いた。
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