ここからは私の独壇場です

桜花シキ

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第7幕 元預言者の息子と預言者の乙女

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 パトリック・ファシアス。
 父である王弟が亡くなったあと、母親の実家がある隣国に移り住んだ、フォリオの従兄弟。

 五年前、パトリックの父は、二歳になったばかりのパトリックを残して、預言者の使命を全うしてこの世を去った。
 まだ幼かったパトリックは、父親のことをほとんど覚えていない。それ故に、寂しさや悲しさを感じることはあまりなかったが、母親が泣いている姿を見るたびに心が痛んだ。

「ファシアス王国に来るのも久しぶりだな」

 父の祖国でもあるファシアス王国には、何度も足を運んでいる。
 しかし、今回は少し間が空いてしまい、一年ぶりの入国となった。

「フォリオは元気にしているかな」

 本当の弟のように可愛がっている従兄弟。父が亡くなった年に生まれた子だった。
 叔父の息子で、ファシアス王国の王太子。だが、そんな重々しい肩書きとは裏腹に、まだまだ無邪気な少年だ。
 他に兄弟もいないパトリックにとって、フォリオは大切な存在になっていた。

 ファシアス王国に着いたパトリックは、まず国王である叔父と面会するために王宮を訪れていた。
 慣れた足取りで城の中を歩いていると、ひときわ存在感を放つ少女が向こうからやってくるのが見えた。

 はっ、と思わず息を呑む。
 年齢こそ自分とさほど変わらなく見えるのに、何と妖艶な美しさを持っていることか。
 滑らかな赤い髪に、上品な歩き方。整った顔立ちは、誰もが見惚れずにはいられないだろう。
 目が合った。その瞬間、雷に打たれたような衝撃を受ける。

(黄金色の瞳……彼女も父上と同じ、預言者なのか?)

 フォリオの婚約者候補を進言しに来ていたアヴェリアと、パトリックの初めての出会いだった。

「あの、どうかされました?」

 急に足を止めたパトリックに対し、アヴェリアは鈴が鳴るような声で尋ねる。

「あ、いや……ジロジロ見てしまって、すまない。私は、パトリック・ファシアス。久しぶりに陛下に顔を見せにきたところだったんだ」
「ああ、フォリオ殿下の従兄弟の。私が預言者だとお気づきになったのですね」

 名前を言っただけで、アヴェリアはパトリックの心の内を見透かした。足を止めた本当の理由が、アヴェリアが亡くなった父と同じ預言者であることだと。

「私の父も、預言者だったからね」

 そう言って、表情を曇らせる。
 パトリックの父が亡くなり、その後、予言の力を継いだのがアヴェリアだった。
 預言者は、必ず使命を持って生まれてくる。そして、その使命を果たせば、予言の力を失って命を落とす。
 今度はこの少女が、父のような運命を辿るのかと、やるせない気持ちが湧いてきた。
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