28 / 94
第5幕 天使に愛された少女と預言者の乙女
27
しおりを挟む
「あまり殿下に悪戯をしてはいけませんよ」
子どもたちと遊び疲れ、木陰に腰を下ろして休憩しながら、隣に立つキリーに優しく忠告する。
「悪かったよ。つい、な」
二人だけの時は、砕けた話し方になる。アヴェリアも、それをよしとしていた。
ずっと大人のように振る舞っていたアヴェリアにとって、キリーは兄のような存在になっている。実際には主従関係にあるものの、彼との距離感は心地いいものだった。
変に気をつかう必要もないし、新しい視点を教えてくれる。そんな彼のことを、アヴェリアは好ましく思っていた。
「……王子様の運命の相手が見つかったのか?」
相変わらず耳がいいのか、あるいは近くで様子を窺っていたのか。
「まだ分かりません。でも、彼女ならばよいなと思うご令嬢には出会いました」
そう答えるアヴェリアの顔は、ひどく穏やかだった。
「ったく……お貴族様は、どうしてそんなに結婚を急ぐのかねぇ」
「家門の存続のため、仕方のないことなのです」
「でも、お前は結婚を考えていないんだろ?」
「次期ブラウローゼ公爵は、私のお兄様ですもの。家門の存続は、心配ありませんから」
あくまでも、家のため。使命のため。
アヴェリア自身の考えはどうなのか。
「本当に興味がないならいいけどよ。もし、結婚したいって少しでも考えたことがあるなら、いつもの行動力で何とかすればいいんじゃねぇか?」
「すぐにいなくなる花嫁を、誰が欲しがるというのです?」
そう微笑むアヴェリアからは、悲しみも、怒りも感じられない。自分の運命を受け入れているのだ。
子どもにこんな顔をさせる神のことが、キリーは許せなかった。
「少なくとも俺は、最期までお前の側にいると誓った」
一緒に過ごすうちに、側にいたいと思った。
「お前に限らず、人はいつ死ぬかなんて分からねぇ。だから、時間とかは関係ない。一生一緒にいたいと思うやつがいたら、結婚してもいいだろ」
「ふふ、キリーは優しいですね」
運命を受け入れた相手に、こんなことを言うのは残酷かもしれないとキリーは考える。それでも、言わずにはいられなかった。
「そうですね……そんな人が現れたのなら、頑張ってみてもよいかもしれません」
まだ運命に囚われたままの表情で、アヴェリアは遊んでいる子どもたちを眺める。
「もし、そんな相手が見つからなかったら」
視線をキリーの方に移し、アヴェリアは美しく微笑む。
「あなただけは、ずっと私の側にいてくださいね」
一瞬だけ虚をつかれたような顔をしたが、片腕で顔を隠してそっぽを向く。
「だから……そう誓ったって言ってるだろ」
子ども相手に、何を照れているのやら。キリーは恥ずかしさで、しばらく顔を合わせられなかった。
子どもたちと遊び疲れ、木陰に腰を下ろして休憩しながら、隣に立つキリーに優しく忠告する。
「悪かったよ。つい、な」
二人だけの時は、砕けた話し方になる。アヴェリアも、それをよしとしていた。
ずっと大人のように振る舞っていたアヴェリアにとって、キリーは兄のような存在になっている。実際には主従関係にあるものの、彼との距離感は心地いいものだった。
変に気をつかう必要もないし、新しい視点を教えてくれる。そんな彼のことを、アヴェリアは好ましく思っていた。
「……王子様の運命の相手が見つかったのか?」
相変わらず耳がいいのか、あるいは近くで様子を窺っていたのか。
「まだ分かりません。でも、彼女ならばよいなと思うご令嬢には出会いました」
そう答えるアヴェリアの顔は、ひどく穏やかだった。
「ったく……お貴族様は、どうしてそんなに結婚を急ぐのかねぇ」
「家門の存続のため、仕方のないことなのです」
「でも、お前は結婚を考えていないんだろ?」
「次期ブラウローゼ公爵は、私のお兄様ですもの。家門の存続は、心配ありませんから」
あくまでも、家のため。使命のため。
アヴェリア自身の考えはどうなのか。
「本当に興味がないならいいけどよ。もし、結婚したいって少しでも考えたことがあるなら、いつもの行動力で何とかすればいいんじゃねぇか?」
「すぐにいなくなる花嫁を、誰が欲しがるというのです?」
そう微笑むアヴェリアからは、悲しみも、怒りも感じられない。自分の運命を受け入れているのだ。
子どもにこんな顔をさせる神のことが、キリーは許せなかった。
「少なくとも俺は、最期までお前の側にいると誓った」
一緒に過ごすうちに、側にいたいと思った。
「お前に限らず、人はいつ死ぬかなんて分からねぇ。だから、時間とかは関係ない。一生一緒にいたいと思うやつがいたら、結婚してもいいだろ」
「ふふ、キリーは優しいですね」
運命を受け入れた相手に、こんなことを言うのは残酷かもしれないとキリーは考える。それでも、言わずにはいられなかった。
「そうですね……そんな人が現れたのなら、頑張ってみてもよいかもしれません」
まだ運命に囚われたままの表情で、アヴェリアは遊んでいる子どもたちを眺める。
「もし、そんな相手が見つからなかったら」
視線をキリーの方に移し、アヴェリアは美しく微笑む。
「あなただけは、ずっと私の側にいてくださいね」
一瞬だけ虚をつかれたような顔をしたが、片腕で顔を隠してそっぽを向く。
「だから……そう誓ったって言ってるだろ」
子ども相手に、何を照れているのやら。キリーは恥ずかしさで、しばらく顔を合わせられなかった。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々
くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。
「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。
お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。
「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました
さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア
姉の婚約者は第三王子
お茶会をすると一緒に来てと言われる
アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる
ある日姉が父に言った。
アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね?
バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

もう尽くして耐えるのは辞めます!!
月居 結深
恋愛
国のために決められた婚約者。私は彼のことが好きだったけど、彼が恋したのは第二皇女殿下。振り向いて欲しくて努力したけど、無駄だったみたい。
婚約者に蔑ろにされて、それを令嬢達に蔑まれて。もう耐えられない。私は我慢してきた。国のため、身を粉にしてきた。
こんなにも報われないのなら、自由になってもいいでしょう?
小説家になろうの方でも公開しています。
2024/08/27
なろうと合わせるために、ちょこちょこいじりました。大筋は変わっていません。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

婚約する前から、貴方に恋人がいる事は存じておりました
Kouei
恋愛
とある夜会での出来事。
月明りに照らされた庭園で、女性が男性に抱きつき愛を囁いています。
ところが相手の男性は、私リュシュエンヌ・トルディの婚約者オスカー・ノルマンディ伯爵令息でした。
けれど私、お二人が恋人同士という事は婚約する前から存じておりましたの。
ですからオスカー様にその女性を第二夫人として迎えるようにお薦め致しました。
愛する方と過ごすことがオスカー様の幸せ。
オスカー様の幸せが私の幸せですもの。
※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
21時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる