ここからは私の独壇場です

桜花シキ

文字の大きさ
上 下
26 / 94
第5幕 天使に愛された少女と預言者の乙女

25

しおりを挟む
 誕生日パーティーから程なくして、シエナ・エインズワース侯爵令嬢から、個人的なお茶会への招待状を受け取った。

「こんなに早く招待していただけるなんて、少しは仲よくなれたみたいですわね」

 可愛らしい便箋に綴られたメッセージを読みながら、アヴェリアは微笑む。

「アヴェリア~……そんなに嬉しそうにして、誰からの手紙なんだい?」

 自分以外に人がいることを忘れていたな、と庭先でティータイムを嗜んでいたアヴェリアはカップを傾ける。

「近いうちに、殿下にも紹介いたしますわ」
「まさか、君のこ、こん……」

 お互いの近況報告がてら、ブラウローゼ公爵家にやってきていたフォリオは、いつの間にやらアヴェリアに婚約者ができてしまったのではないかと慌て始める。
 しかし、アヴェリアが預言者としての枷を付けられている限り、婚約者をつくる可能性は低い。そのことを思い出したフォリオは口をつぐんだ。

「エインズワース侯爵令嬢の、シエナ様です。殿下の婚約者候補として如何かと思っておりまして」
「ぶふっ!?」

 アヴェリアではなく、自分の相手だったと知り、お茶を噴き出す。王子の失態は、従者がすぐさまハンカチを取り出し、何事もなかったかのように片付けられた。
 お見事、などとアヴェリアは優雅に昼下がりを楽しんでいる。

「いいよ、まだ婚約者なんて……」
「いけません。あなたは、この国の王太子なのですから。いつ、何があってもいいように、生涯の伴侶をなるべく早く見つけておくべきなのです」

 乗り気でないフォリオに対して、アヴェリアはキッパリと言い切る。

「くれぐれも、私に課された使命のことはお気になさらずに。殿下は殿下のやりたいようにすればよいのです。私も私のやりたいように致しますので」
「そう言われてもね……」

 本当にやりたいようにできるのであれば、今すぐアヴェリアを婚約者にしたい。だが、その想いが実ることはないのだ。
 まだ恋心を捨てきれずにいるフォリオにとって、自分が好きな相手から、他の婚約者候補を勧められるのは複雑な気持ちだった。

「とりあえず、今度公爵家でもお茶会を開きますので、そこに殿下も参加してください。シエナ様には、予め伝えておきますから」
「なんでシエナ嬢にこだわるの? 僕は話したこともないのに」
「まだ確実ではありませんが……おそらく、シエナ様は天使の祝福を受けています」

 その言葉に、フォリオは息をのんだ。

「どうしてそう思ったの?」
「デイモン男爵令嬢……殿下にダンスを申し込んできた、あの少女ですが、彼女は悪魔に魅入られています。神も肯定していたので、間違いないかと」

 アヴェリアとのダンスの記憶でほぼ埋め尽くされていたデビュタント。しばらく思案して、ようやく朧げにアリアの顔を思い出す。

「先日の誕生日パーティーで、シエナ様が近づいた途端、デイモン男爵令嬢を取り囲んでいたご令嬢たちが、我に返ったような反応をしました。悪魔の力を打ち消せるのは、天使の力を得ている証拠です」

 悪魔と対を成す存在、天使。
 悪魔が周囲の人々の心を掻き乱すのに対して、天使はささやかな祝福をもたらす。
 もし本当にシエナが天使の祝福を受けているのなら、フォリオを守ってくれるだろうと考えていた。








しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました

さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア 姉の婚約者は第三王子 お茶会をすると一緒に来てと言われる アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる ある日姉が父に言った。 アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね? バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

君の小さな手ー初恋相手に暴言を吐かれた件ー

須木 水夏
恋愛
初めて恋をした相手に、ブス!と罵られてプチッと切れたお話。 短編集に上げていたものを手直しして個別の短編として上げ直しました。 ※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。 ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

21時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

【完結80万pt感謝】不貞をしても婚約破棄されたくない美男子たちはどうするべきなのか?

宇水涼麻
恋愛
高位貴族令息である三人の美男子たちは学園内で一人の男爵令嬢に侍っている。 そんな彼らが卒業式の前日に家に戻ると父親から衝撃的な話をされた。 婚約者から婚約を破棄され、第一後継者から降ろされるというのだ。 彼らは慌てて学園へ戻り、学生寮の食堂内で各々の婚約者を探す。 婚約者を前に彼らはどうするのだろうか? 短編になる予定です。 たくさんのご感想をいただきましてありがとうございます! 【ネタバレ】マークをつけ忘れているものがあります。 ご感想をお読みになる時にはお気をつけください。すみません。

処理中です...