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第3幕 社交界の華の乙女
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少女たちは、年頃になると社交界デビューを果たし、正式に貴族社会の一員として認められる。
デビュタントは15歳から。アヴェリアは、自分とは無縁のものだと気にも留めていなかった。
「デビュタントですか? 私が?」
夕食の席で父から聞かされたのは、自分の社交界デビューが一週間後に迫っているということだった。
「お父様、私が何歳か覚えておられますか?」
「私が大事な娘の歳を忘れるわけがないだろう」
自信たっぷりに父は答える。
「記憶が正しければ、デビュタントは15歳からのはずですが」
「さすが我が娘。よく覚えているな。しかし、それは昨日までの話だ」
嫌な予感がする、とアヴェリアは眉間に皺を寄せた。
「陛下に直談判して、デビュタントの年齢を引き下げた。あの憎らし……オホン、王太子殿下もパーティーに参加されて、社交界デビューとして正式な場であると証明してくれる」
「なぜそのようなことを?」
「どうしても、お前が社交界デビューした姿が見たかったのだ」
明らかな職権濫用ではないか。
アヴェリアの父であるブラウローゼ公爵は、この国の宰相である。長く続いてきた歴史をねじ曲げてまですることかと、ため息がもれる。
「おやめ下さいませ。私はデビュタントに興味はありません」
「そう言うな。私がどうしても見たいのだ」
そう話す公爵の顔は、どこか悲しみを帯びていた。
本来ならこんなことをしなくても見ることができたはずの娘の晴れ姿を、自分は見せることができない可能性が高い。
父のしたことが正しいとは言えなくても、それを強く責めることはできなかった。
「それに、もう招待状も出してしまっているしな。かなりの数の令嬢が集まるようだ。友達もできるかもしれないな」
友達。生まれてこのかた、話し相手といえば、家族を除いて、夢の世界で会う神の存在くらいだった。先日、ようやくフォリオと出会ったことで、同世代の知り合いができたばかりだ。
「当日のエスコートは、私がするよ」
そう名乗り出たのは兄だった。
「あのバ……王太子殿下から誘いがあっても無視していいからね」
(お父様も、お兄様も、フォリオ殿下の扱いが雑ですわね)
仮にも未来の国王だというのに。確かに面白くはあるが、悪い人間ではないとアヴェリアは思っている。
「アヴェリアのデビュタントだなんて、夢のようだわ」
ここまで静かに聞いていた母が、涙ぐみながらそうこぼす。
「当日までの準備はお母様に任せなさい。パーティーで一番の華にしてみせるわ!」
力強く意気込む様は、普段の優しくおっとりした姿からは想像できない。
父、母、兄と、家族の視線を一身に浴びる。
「……分かりました。参加するからには、完璧にして参りましょう」
ここまで期待されては、断るという選択肢はない。
神も、こうなることを事前に知っていたのに教えてくれなかったのではないか。絶対面白がっているなと、アヴェリアは思う。
こうして、アヴェリアの社交界デビューに向けた準備が始まったのだった。
デビュタントは15歳から。アヴェリアは、自分とは無縁のものだと気にも留めていなかった。
「デビュタントですか? 私が?」
夕食の席で父から聞かされたのは、自分の社交界デビューが一週間後に迫っているということだった。
「お父様、私が何歳か覚えておられますか?」
「私が大事な娘の歳を忘れるわけがないだろう」
自信たっぷりに父は答える。
「記憶が正しければ、デビュタントは15歳からのはずですが」
「さすが我が娘。よく覚えているな。しかし、それは昨日までの話だ」
嫌な予感がする、とアヴェリアは眉間に皺を寄せた。
「陛下に直談判して、デビュタントの年齢を引き下げた。あの憎らし……オホン、王太子殿下もパーティーに参加されて、社交界デビューとして正式な場であると証明してくれる」
「なぜそのようなことを?」
「どうしても、お前が社交界デビューした姿が見たかったのだ」
明らかな職権濫用ではないか。
アヴェリアの父であるブラウローゼ公爵は、この国の宰相である。長く続いてきた歴史をねじ曲げてまですることかと、ため息がもれる。
「おやめ下さいませ。私はデビュタントに興味はありません」
「そう言うな。私がどうしても見たいのだ」
そう話す公爵の顔は、どこか悲しみを帯びていた。
本来ならこんなことをしなくても見ることができたはずの娘の晴れ姿を、自分は見せることができない可能性が高い。
父のしたことが正しいとは言えなくても、それを強く責めることはできなかった。
「それに、もう招待状も出してしまっているしな。かなりの数の令嬢が集まるようだ。友達もできるかもしれないな」
友達。生まれてこのかた、話し相手といえば、家族を除いて、夢の世界で会う神の存在くらいだった。先日、ようやくフォリオと出会ったことで、同世代の知り合いができたばかりだ。
「当日のエスコートは、私がするよ」
そう名乗り出たのは兄だった。
「あのバ……王太子殿下から誘いがあっても無視していいからね」
(お父様も、お兄様も、フォリオ殿下の扱いが雑ですわね)
仮にも未来の国王だというのに。確かに面白くはあるが、悪い人間ではないとアヴェリアは思っている。
「アヴェリアのデビュタントだなんて、夢のようだわ」
ここまで静かに聞いていた母が、涙ぐみながらそうこぼす。
「当日までの準備はお母様に任せなさい。パーティーで一番の華にしてみせるわ!」
力強く意気込む様は、普段の優しくおっとりした姿からは想像できない。
父、母、兄と、家族の視線を一身に浴びる。
「……分かりました。参加するからには、完璧にして参りましょう」
ここまで期待されては、断るという選択肢はない。
神も、こうなることを事前に知っていたのに教えてくれなかったのではないか。絶対面白がっているなと、アヴェリアは思う。
こうして、アヴェリアの社交界デビューに向けた準備が始まったのだった。
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