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第1幕 真紅の薔薇の乙女
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ブラウローゼ公爵家に到着したフォリオは、やはり緊張していた。しまくっていた。
それは、護衛の騎士たちですら見て分かるほどに。
「殿下、手と足が同時に出ております!」
「殿下、冷や汗が!」
「殿下、笑顔が引き攣っています!」
王室にも引けを取らない権力を持ち、その財力は計り知れない。
ブラウローゼ公爵家が見えてきた途端、あからさまにフォリオの挙動がおかしくなる。
自分の方がもっとすごい場所に住んでいるというのに、派手ではないものの歴史を感じさせる立派な豪邸を前に、圧倒されていた。
「だ、大丈夫だ。こういう時は、まず深呼吸……すっすっはっは、すっすっはっは」
「殿下、それは走る時のやつでごさいます!」
従者たちに心配されながら、ようやく公爵家の門前へと辿り着くことができた。みんなハラハラである。
「ようこそお越しくださいました、殿下。公爵家一同、心よりお待ちしておりました」
門前では、熟練したオーラを放つ、執事長と思しき初老の男性が待ち構えていた。
「私は、ブラウローゼ公爵家で執事長を任されております、セバスチャンと申します。何かございましたら、何なりとお申し付けください」
美しい所作で腰を折り、礼をする。
フォリオ一行は、セバスチャンに案内されるまま、公爵令嬢アヴェリアの待つ庭園へと向かうのだった。
「ニア、例のものは準備してあるな?」
フォリオは、側仕えの男性ニアに確認する。
「はい、滞りなく」
よし、とフォリオはタイを結び直す。
真紅の薔薇の乙女と呼ばれるくらいだ。きっと赤い薔薇が似合うだろうと思い、とびきり綺麗なものを選別し、花束を作ってきた。
彼女と会ったら、まずはその花束をプレゼントしようと考えていた。
丁寧に手入れが行き届いている庭園へ足を踏み入れると、白い丸テーブルの席につき、一足先に待っている少女の姿が目に入った。
その瞬間、フォリオに稲妻に撃たれたような衝撃が走る。
(想像以上に、何て美しい人なんだろう……)
思わず足を止めて、ぽーっと見惚れてしまう。
真紅のドレスに身を包み、その色さえも霞んで見えてしまいそうな真っ赤な髪は、サラリと風になびき、なんとも言えない魅力を放っている。
そして、その時代にたった一人しか存在しないという、「黄金の瞳」。「予言者」のみがもつという、特別な色だった。
彼女が、予言の力をもって生まれた子であることは予め聞いていたが、今はどうでもいい。
ただ、一目惚れしてしまったのだ。
王族にとって、婚約者は政治的な意味をもって決められてしまうもの。だが、それがアヴェリアなら、こちらから土下座してでも頼みたいと、今この瞬間、フォリオは思った。
もっと近くで彼女を見たい。
その気の焦りから、とんでもない失態をおかしてしまう。
薔薇の花束を抱えたままアヴェリアに近づいた。彼女の方もフォリオに気がついて立ち上がる。
その瞬間。フォリオはあろうことか、何もないところで足をもつれさせ、バランスを崩してしまった。
アヴェリアを目掛けて。
それは、護衛の騎士たちですら見て分かるほどに。
「殿下、手と足が同時に出ております!」
「殿下、冷や汗が!」
「殿下、笑顔が引き攣っています!」
王室にも引けを取らない権力を持ち、その財力は計り知れない。
ブラウローゼ公爵家が見えてきた途端、あからさまにフォリオの挙動がおかしくなる。
自分の方がもっとすごい場所に住んでいるというのに、派手ではないものの歴史を感じさせる立派な豪邸を前に、圧倒されていた。
「だ、大丈夫だ。こういう時は、まず深呼吸……すっすっはっは、すっすっはっは」
「殿下、それは走る時のやつでごさいます!」
従者たちに心配されながら、ようやく公爵家の門前へと辿り着くことができた。みんなハラハラである。
「ようこそお越しくださいました、殿下。公爵家一同、心よりお待ちしておりました」
門前では、熟練したオーラを放つ、執事長と思しき初老の男性が待ち構えていた。
「私は、ブラウローゼ公爵家で執事長を任されております、セバスチャンと申します。何かございましたら、何なりとお申し付けください」
美しい所作で腰を折り、礼をする。
フォリオ一行は、セバスチャンに案内されるまま、公爵令嬢アヴェリアの待つ庭園へと向かうのだった。
「ニア、例のものは準備してあるな?」
フォリオは、側仕えの男性ニアに確認する。
「はい、滞りなく」
よし、とフォリオはタイを結び直す。
真紅の薔薇の乙女と呼ばれるくらいだ。きっと赤い薔薇が似合うだろうと思い、とびきり綺麗なものを選別し、花束を作ってきた。
彼女と会ったら、まずはその花束をプレゼントしようと考えていた。
丁寧に手入れが行き届いている庭園へ足を踏み入れると、白い丸テーブルの席につき、一足先に待っている少女の姿が目に入った。
その瞬間、フォリオに稲妻に撃たれたような衝撃が走る。
(想像以上に、何て美しい人なんだろう……)
思わず足を止めて、ぽーっと見惚れてしまう。
真紅のドレスに身を包み、その色さえも霞んで見えてしまいそうな真っ赤な髪は、サラリと風になびき、なんとも言えない魅力を放っている。
そして、その時代にたった一人しか存在しないという、「黄金の瞳」。「予言者」のみがもつという、特別な色だった。
彼女が、予言の力をもって生まれた子であることは予め聞いていたが、今はどうでもいい。
ただ、一目惚れしてしまったのだ。
王族にとって、婚約者は政治的な意味をもって決められてしまうもの。だが、それがアヴェリアなら、こちらから土下座してでも頼みたいと、今この瞬間、フォリオは思った。
もっと近くで彼女を見たい。
その気の焦りから、とんでもない失態をおかしてしまう。
薔薇の花束を抱えたままアヴェリアに近づいた。彼女の方もフォリオに気がついて立ち上がる。
その瞬間。フォリオはあろうことか、何もないところで足をもつれさせ、バランスを崩してしまった。
アヴェリアを目掛けて。
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