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第3章 動乱編

崩壊②

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 空が――割れた。
 ひび割れた空がバラバラと崩れ、隙間からぐにゃりと歪んだ空間が見える。

 それは、空だけには留まらなかった。
 大地が裂け、空と同じく歪んだ空間が覗く。レイリア王国全体を飲み込むように、歪みは広がっていった。

「何が起こっている!?」
「お兄様、闇の力が‥‥‥レイリア様の加護が‥‥‥感じられません」

 青ざめたリュシカの言葉に、リュシオンは言葉を失う。

「闇の魔法がまったく使えなくなっています。レイリア様に、祈りが届いておりません!」
「やっと国が変わろうっていう時に、何とまぁ‥‥‥」

 いつもはへらへらしているマキディエルでさえ、焦りの表情を隠しきれていなかった。ようやくレイリア王国が変わろうとし始めた矢先に、こんなことになるなんて、どうして想像できただろうか。


 誰もが嘆き、混乱する中、城の前の人だかりの中に道ができた。

「皆様! レイリア様への祈りを途絶えさせてはなりません!!」
「姉上!?」

 その道を歩き、広場に姿を現したのはフェリシアだった。
 レイリア王国の異変を察知し、駆け付けたフェリシアは今にも崩壊しそうな現状を目の当たりにし飛び出した。
 彼女の護衛をしていた騎士たちは、彼女の命で国民たちが崩壊に飲み込まれないよう警護に当たっている。彼女らしい判断だが、その分、彼女の周りは手薄になっていた。

 それを察したマキディエルが、バルコニーの手すりを握りしめ、身を乗り出すようにしてフェリシアを見つめていた。

「行け、マキディエル。この混乱の中では危険だ。姉上の護衛を」

 見かねたリュシオンが、マキディエルに命じる。
 フェリシアに対する彼の想いを知っているリュシオンは、自分の護衛をするために残ったマキディエルに常々申し訳ないと思っていた。

「しかし、そしたらあなた方は――」

 行きたいのは山々だが、リュシオンたちのことも放って置けない。マキディエルはなかなか行動に移せなかった。
 そんな彼の背中を押したのは、ずっと後ろに控えていたソルだった。

「ここは、俺に任せてもらえるかな? 多少は腕に自信がある。俺も騎士だからね」

 そう名乗り出た彼に続いて、リュシカも後押しする。

「行ってください。今ここで、の力を失うわけにはいきません。よろしくお願いいたします」
「行け、迷うな。姉上の意志を守りたいのなら」
 
 三人の顔を見渡してから、マキディエルは決心した。

「感謝します」

 本当は、早く駆け付けたくて仕方がなかった。傍で守りたいと願っていた。
 迷いを断ち切ったマキディエルは、全速力でフェリシアの元へと走った。

****

「まさか、こんなことになるとは……おのれ‥‥‥皆、私の邪魔ばかりしおって‥‥‥」

 混乱に乗じて城から抜け出したティリアは、頭から布を被り、さっさと逃げてしまおうと考えていた。
 思いもよらぬ裏切り、忌々しい前王妃の子の策略――思い出してまた怒りが湧いてきた。
 逃げたからといって、その先のことを考えているわけではない。ただ、現実から目を背けることで頭がいっぱいだった。

 頭に血が上り、混乱した状態で走るティリアだったが、城の前の広場で見覚えのある顔と遭遇する。
 あれは、前王妃――それによく似た、憎らしい子。王族の血をまったく引いていないにも関わらず、前王妃に似ているというだけで国王から可愛がられ、大きい顔をしているフェリシア。

 ああ、こいつさえいなければ。こいつを慕ってリュシオンが自分を陥れようとすることもなかったし、リュシカだって味方でいてくれただろう。
 すべて、すべてフェリシアが悪い。こいつさえいなければ、私はこんなことにならずに済んだのに。

 自分が悪かったという考えは微塵もなく、全ての元凶がフェリシアだと思い込んだティリアは、隠し持っていたナイフをフェリシア目がけて振り下ろす。

「お前さえ‥‥‥お前さえいなければ!!」
「ティリア王妃‥‥‥!」

 民衆の中から走りこんで来た人間の頭を覆っていた布がとれ、隠れていた顔が露わになる。
 鬼の形相のティリアを見とめたフェリシアだったが、突然のことに身体が硬直し動けない。
 もう駄目だ、と目を瞑ったフェリシアの耳に、金属のぶつかり合う音と穏やかな男性の声が届いた。

「何とか間に合いましたねぇ」

 フェリシアを庇うように前に立ち、剣を携えた男――マキディエルは内心ひやひやしながらも、それを悟られないよう取り繕う。
 ナイフを弾き飛ばされた王妃はバランスを崩し、その場に倒れ込む。顔がばれたことで民衆の攻撃の的になり、あっという間に人の波にのまれて消えてしまった。

「マキディエル、なぜここに‥‥‥リュシオンたちの護衛はどうしたのですか?」

 こんな時でさえ、フェリシアは他人の心配をする。
 もしそれが、フェリシアの意志を守るためになることならば、マキディエルはリュシオンの傍を離れなかっただろう。
 今すべきは、神子を守ること。リュシカの方には、リュシオンとソルがいる。信頼できる騎士が二人もいるのなら、自分は他の神子の元へ。
 自分は「神子」を守る騎士だ。闇とも、光ともつかない、どっちつかずの神子。そう呼ばれてきたフェリシアの騎士でもある――それを示したくて、あえて「闇の」とは言わなかった。
 
 騎士となってから、ずっと傍で守りたいと願い叶わなかった人。
 でも、ようやく今になって手が届く。

「俺は、あなたの道の妨げになることが許せない。世界を崩壊から救う、それがあなたの望みだ。それを叶えるために必要なことなら、俺は何よりも優先しますよ。で、考えた結果、今ここであなたを失うわけにはいかないって結論に至ったまでのこと。少しでも多く、神子の祈りが必要なんでしょう? それに、リュシオン様はもちろんのこと、リュシカ様にもをよろしくと頼まれてますから」
「リュシカが?」

 思いもよらぬ名前に、フェリシアは目を丸くする。
 父も、母も違う妹。ティリアの妨害もあって、名前くらいしか聞いたこともない形ばかりの姉だっただろう。

「あの子は、血の繋がりのない私のことを、姉と認めてくれるのですね」

 自然とフェリシアの顔が緩む。
 この崩壊を止めたら、ちゃんと会って話をしてみよう。リュシオンがあれだけ大切にしてきた妹だ。どんな少女なのか、興味がある。
 そのためにも、この場を何としてでも乗り切らなくては。

 フェリシアは、気を引き締める。そして、改めて人々に向けて言葉を発した。

「レイリア様は世界を見捨てたわけではありません。祈りが届かなくなっているのは、この国だけです。だからこそ、祈りを、心からこの国を守りたいという想いをもってレイリア様に祈るのです」

 混乱の中、掻き消されそうになる声を届かせようと、声を張り上げる。

「神子だけではありません。レイリア王国の存続を望むのなら、国民の皆様も一緒に祈りを捧げてください。この国はまだやり直せる、ここで終わりはしないのだとレイリア様にお伝えするのです」

 少しずつではあるが、フェリシアの声が届いた国民たちが冷静さを取り戻し、言われた通り、フェリシアの真似をして祈り始める。神子か、そうでないかは関係ない。
 この国はまだ終わらない、終わらせない。レイリア王国は、まだやり直せる。人々の想いはまだ潰えていない。
 
 この世界を形づくる女神よ、どうかこの声を聞き届け給え――
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