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第2章 神子の旅立ち編

「サラ」①

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 関係のありそうな場所を転々としながら、ソルとリュシカ、そして護衛の騎士たちは記憶を取り戻す旅を続けている。
 国王から言い渡された期限まで1ヶ月を切っており、残された時間はわずかだった。不安な気持ちを押し隠しながら、リュシカは今まで通りソルと接していた。
 今のところ、彼が新たな記憶を思い出すことはなかった。本人も焦っているようだが、記憶が戻っても、そうでなくても、一緒にいられる時間はもう残されていない。

 馬車に揺られながら向かう先は、ソルとサラが襲撃された教会だった。ソルが捕えられた場所でもある。記憶を取り戻せる可能性が高いからと、目的地には最初から組み込まれていた。むしろ、ここ以外の場所は、訪れたことがあるかもしれないと当たりをつけていただけで、実際にソルが行ったことがあるかどうかは分からない。

(お兄様は、ソルさんを助けてくださった。この人が記憶を取り戻すのを手助けするのは、有益な情報を持っているから? それとも‥‥‥)

 実際のところは、リュシオンたちが計画を実行に移すまでの時間稼ぎをするためだった。
 リュシオンたちが現国王もろとも王妃を城から追い出す算段であることを、リュシカは知らされていない。
 巻き込みたくない、それにリュシカにとっては実の両親である。色々な事情が重なって、事が済むまで隠しておくつもりでいた。
 それをリュシカが知った時、嫌われ、恨まれることもリュシオンは覚悟している。大切な妹を傷つけることになると分かっていた。それでも、国を背負う者として、そして世界を崩壊から救うためには、そうするしかないのだ。

 そして、リュシオンがソルを助けたのは、国王を失脚させ、「本物のサラ」の元へ帰すためでもあった。約束を果たしてくれたサラに、何としても報いなければならなかった。

 記憶が戻っても、戻らなくても。リュシオンの計画が成功しても、しなくても。ソルがリュシカの元から離れていくのは変えられない。

「浮かない顔だね。ごめん、まだ思い出せないんだ」

 考え込んでいたリュシカに、ソルは申し訳なさそうに謝った。

「いいえ、焦らなくていいのです。無理に思い出さなくとも、いいのですよ」

 すべてを思い出してしまったら、ソルはきっと傍からいなくなってしまう。残された時間を今まで通り過ごすためには、思い出さない方がいい。そんな自分勝手なことを考えてしまう。

「サラは優しいな」

 ちくり、と胸が痛む。
 優しいなんて、そんな言葉をかけてもらえる人間ではない。最初から嘘をつき続けてきた。何もかも、偽りで塗り固めてきたというのに。

「これから行く場所で、俺は記憶を失ったんだっけ」
「そう聞いております」
「そうか‥‥‥今度こそ、思い出せるといいんだけど」

 思い出したら、思い出してしまったら。もう、「サラ」とは呼んでもらえない。妹として扱ってはもらえないだろう。

「‥‥‥お兄様」
「どうした、サラ?」

 特に理由はなく、ソルを呼んだ。そうすれば、何の疑いもなく「妹」の名を口にする。
 すべてが偽り。初めからつくられた嘘の関係。そんなこと、分かっていたはずなのに。

「もうすぐ、着きますね」
「ああ、降りる準備をしておこう」

 窓の外に目をやったソルは、手荷物をまとめ始める。
 リュシカは初めて見る場所。ソルとサラが離れ離れになった教会が、窓から確認できた。

「到着です。ご準備を」

 馬車が停まり、同行していた騎士たちも続々と降りていく。

「ここか‥‥‥」

 教会の前に立ったソルは、建物を見上げる。その少し後ろから、リュシカは不安げにその様子を見つめていた。
 ソルとサラの襲撃事件があった後、この教会は使われなくなっていた。リュシカたち以外の人の気配は感じられない。
 
「中に入ってみよう」
「あっ」
「どうかしたか?」

 足を踏み出そうとしたソルを、思わず出てしまったリュシカの声が呼び止める。
 不思議そうに首を傾げるソル。何か言おうとした口を閉ざし、リュシカはソルの隣に歩み寄った。

「いいえ、何でもありませんわ。参りましょう、一緒に」
 
 これが、最後になるかもしれない。
 覚悟を決めたリュシカは、ソルと共に教会の中へと足を踏み入れた。
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