上 下
33 / 52
第2章 神子の旅立ち編

穏やかな日々は終わりを告げて

しおりを挟む
 いつかこの日がやってくると覚悟はしていた。 
 人など滅多に訪ねてこない暗い森の塔に、騎士たちがやってきた。日課となっていた朝練を終えたソルは、思わず身構える。

「お前がソルだな? 国王陛下から直々のお呼び出しだ。すぐに準備するように」

 騎士の一人が、無機質な声でそう告げる。
 騒ぎを聞きつけた「サラ」が、塔の中から顔を出すと騎士たちは軽く会釈をした。王女であるリュシカに対して、無意識に出た動作だろう。だが、それにソルが不信感を持った様子はなかった。
 それよりも、異常な事態にサラはソルへと駆け寄った。

「お兄様、これは一体‥‥‥」

 不安げにサラの瞳が揺れる。

「陛下がお呼びだそうだ。ちょっと行ってくるよ。大丈夫、すぐ戻るから」

 安心させるために、ソルはなるべく穏やかに言った。だが、それに「サラ」が――リュシカが納得できるはずがなかった。すぐ戻るから、なんて。なんと信頼できない言葉だろう。

「陛下は、なぜお呼びなのですか?」

 リュシカは騎士たちに向き直り、そう尋ねた。

「詳しいことは、我々も聞かされておりません」
「そうですか‥‥‥では、私も連れて行ってください」
「しかし、連れてこいと命じられたのはソルだけで‥‥‥」
「お兄様が行くのなら、私も参ります」

 頑なに譲らないリュシカに、騎士たちも困ってしまった。
 今は「サラ」として振る舞っているとはいえ、その実はレイリア王国の王女。その頼みを無碍にするのも躊躇われた。

「責任はとりませんよ」
「ありがとうございます」

 しばらくの沈黙の後、ついに騎士が折れた。

「サラ、無理してまで一緒に来ることはないんだぞ? 仕事の話だろうし、第一呼ばれてもいないのに城に入れてもらえるかどうか‥‥‥」
「それでもいいのです。ただ、どうしても胸騒ぎがして‥‥‥追い返されれば、諦めますから。途中までご一緒させてください。お願いします」
「心配性だなぁ‥‥‥まぁ、それで納得するなら」

 ソルも説得しようと試みたが、その意志が揺らぐことはなかった。仕方なく、二人揃って城へ向かうことが決まった。


 騎士たちに付き添われ、ソル、そしてリュシカはレイリア城へと足を運んだ。
 リュシカの同行を知った門番は目を丸くしつつも、何とか平常心を取り戻し入城を許した。さすがにその場で、王女であるリュシカを追い返すことはできないと判断したのだろう。
 自分の立場を利用したようで申し訳ないが、リュシカにはそれに構っている余裕はなかった。

「お兄様、二人だけの約束――覚えていらっしゃいますか?」
「ああ」
「約束、守って下さいね」
「‥‥‥ああ、約束するよ」

 城内へ足を踏み入れる前、リュシカはソルに懇願した。
 フォートレインについて話すのは、もう少し記憶を取り戻してからにする。その約束を再度確認した。
 先日、リュシカが城に報告に来たばかりである。まさか、これほど早くソル本人に呼び出しがかかるとは思ってもみなかった。
 マキディエルからも、まだ話すべきではないと念押しされている。彼は姉兄の味方なので、リュシオンのためを思えば、やはり黙っておくべきなのだろう。
 それに、ソルの傍にいるためには、その方がいい。
 兄のためと言い訳しながら、本当は自分の私欲のためにそうしているだけかもしれない。
 リュシオンのために、そう思って引き受けた仕事は、もうそれだけの理由ではなくなっていた。

 途中でリュシカは別室に通され、国王にはソルひとりで謁見することになった。
 リュシカ単独になったことで、従者たちもせっせと王女をもてなし始める。民の現状を考えれば、過度な贅沢は憚られた。
 自分のために準備してくれるのをやんわり断りながら、今頃ソルはどうしているだろう、無事だろうかとそればかり考えていた。

 一緒についてきたはいいものの、だからといって何ができるわけでもない。
 もしかしたら、これが最後になってしまうかもしれない。そんな最悪なことも考えて、我儘を言ったようなものだ。

(お願いします、レイリア様‥‥‥どうか、あの人を)

 光の国出身であるソルが信仰するのは女神ルクシアだ。闇の女神に祈ったところで意味はないのかもしれない。
 それでも、無事を祈らずにはいられなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?

ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」 「はあ……なるほどね」 伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。 彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。 アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。 ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。 ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

処理中です...