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第2章 神子の旅立ち編
穏やかな日々は終わりを告げて
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いつかこの日がやってくると覚悟はしていた。
人など滅多に訪ねてこない暗い森の塔に、騎士たちがやってきた。日課となっていた朝練を終えたソルは、思わず身構える。
「お前がソルだな? 国王陛下から直々のお呼び出しだ。すぐに準備するように」
騎士の一人が、無機質な声でそう告げる。
騒ぎを聞きつけた「サラ」が、塔の中から顔を出すと騎士たちは軽く会釈をした。王女であるリュシカに対して、無意識に出た動作だろう。だが、それにソルが不信感を持った様子はなかった。
それよりも、異常な事態にサラはソルへと駆け寄った。
「お兄様、これは一体‥‥‥」
不安げにサラの瞳が揺れる。
「陛下がお呼びだそうだ。ちょっと行ってくるよ。大丈夫、すぐ戻るから」
安心させるために、ソルはなるべく穏やかに言った。だが、それに「サラ」が――リュシカが納得できるはずがなかった。すぐ戻るから、なんて。なんと信頼できない言葉だろう。
「陛下は、なぜお呼びなのですか?」
リュシカは騎士たちに向き直り、そう尋ねた。
「詳しいことは、我々も聞かされておりません」
「そうですか‥‥‥では、私も連れて行ってください」
「しかし、連れてこいと命じられたのはソルだけで‥‥‥」
「お兄様が行くのなら、私も参ります」
頑なに譲らないリュシカに、騎士たちも困ってしまった。
今は「サラ」として振る舞っているとはいえ、その実はレイリア王国の王女。その頼みを無碍にするのも躊躇われた。
「責任はとりませんよ」
「ありがとうございます」
しばらくの沈黙の後、ついに騎士が折れた。
「サラ、無理してまで一緒に来ることはないんだぞ? 仕事の話だろうし、第一呼ばれてもいないのに城に入れてもらえるかどうか‥‥‥」
「それでもいいのです。ただ、どうしても胸騒ぎがして‥‥‥追い返されれば、諦めますから。途中までご一緒させてください。お願いします」
「心配性だなぁ‥‥‥まぁ、それで納得するなら」
ソルも説得しようと試みたが、その意志が揺らぐことはなかった。仕方なく、二人揃って城へ向かうことが決まった。
騎士たちに付き添われ、ソル、そしてリュシカはレイリア城へと足を運んだ。
リュシカの同行を知った門番は目を丸くしつつも、何とか平常心を取り戻し入城を許した。さすがにその場で、王女であるリュシカを追い返すことはできないと判断したのだろう。
自分の立場を利用したようで申し訳ないが、リュシカにはそれに構っている余裕はなかった。
「お兄様、二人だけの約束――覚えていらっしゃいますか?」
「ああ」
「約束、守って下さいね」
「‥‥‥ああ、約束するよ」
城内へ足を踏み入れる前、リュシカはソルに懇願した。
フォートレインについて話すのは、もう少し記憶を取り戻してからにする。その約束を再度確認した。
先日、リュシカが城に報告に来たばかりである。まさか、これほど早くソル本人に呼び出しがかかるとは思ってもみなかった。
マキディエルからも、まだ話すべきではないと念押しされている。彼は姉兄の味方なので、リュシオンのためを思えば、やはり黙っておくべきなのだろう。
それに、ソルの傍にいるためには、その方がいい。
兄のためと言い訳しながら、本当は自分の私欲のためにそうしているだけかもしれない。
リュシオンのために、そう思って引き受けた仕事は、もうそれだけの理由ではなくなっていた。
途中でリュシカは別室に通され、国王にはソルひとりで謁見することになった。
リュシカ単独になったことで、従者たちもせっせと王女をもてなし始める。民の現状を考えれば、過度な贅沢は憚られた。
自分のために準備してくれるのをやんわり断りながら、今頃ソルはどうしているだろう、無事だろうかとそればかり考えていた。
一緒についてきたはいいものの、だからといって何ができるわけでもない。
もしかしたら、これが最後になってしまうかもしれない。そんな最悪なことも考えて、我儘を言ったようなものだ。
(お願いします、レイリア様‥‥‥どうか、あの人を)
光の国出身であるソルが信仰するのは女神ルクシアだ。闇の女神に祈ったところで意味はないのかもしれない。
それでも、無事を祈らずにはいられなかった。
人など滅多に訪ねてこない暗い森の塔に、騎士たちがやってきた。日課となっていた朝練を終えたソルは、思わず身構える。
「お前がソルだな? 国王陛下から直々のお呼び出しだ。すぐに準備するように」
騎士の一人が、無機質な声でそう告げる。
騒ぎを聞きつけた「サラ」が、塔の中から顔を出すと騎士たちは軽く会釈をした。王女であるリュシカに対して、無意識に出た動作だろう。だが、それにソルが不信感を持った様子はなかった。
それよりも、異常な事態にサラはソルへと駆け寄った。
「お兄様、これは一体‥‥‥」
不安げにサラの瞳が揺れる。
「陛下がお呼びだそうだ。ちょっと行ってくるよ。大丈夫、すぐ戻るから」
安心させるために、ソルはなるべく穏やかに言った。だが、それに「サラ」が――リュシカが納得できるはずがなかった。すぐ戻るから、なんて。なんと信頼できない言葉だろう。
「陛下は、なぜお呼びなのですか?」
リュシカは騎士たちに向き直り、そう尋ねた。
「詳しいことは、我々も聞かされておりません」
「そうですか‥‥‥では、私も連れて行ってください」
「しかし、連れてこいと命じられたのはソルだけで‥‥‥」
「お兄様が行くのなら、私も参ります」
頑なに譲らないリュシカに、騎士たちも困ってしまった。
今は「サラ」として振る舞っているとはいえ、その実はレイリア王国の王女。その頼みを無碍にするのも躊躇われた。
「責任はとりませんよ」
「ありがとうございます」
しばらくの沈黙の後、ついに騎士が折れた。
「サラ、無理してまで一緒に来ることはないんだぞ? 仕事の話だろうし、第一呼ばれてもいないのに城に入れてもらえるかどうか‥‥‥」
「それでもいいのです。ただ、どうしても胸騒ぎがして‥‥‥追い返されれば、諦めますから。途中までご一緒させてください。お願いします」
「心配性だなぁ‥‥‥まぁ、それで納得するなら」
ソルも説得しようと試みたが、その意志が揺らぐことはなかった。仕方なく、二人揃って城へ向かうことが決まった。
騎士たちに付き添われ、ソル、そしてリュシカはレイリア城へと足を運んだ。
リュシカの同行を知った門番は目を丸くしつつも、何とか平常心を取り戻し入城を許した。さすがにその場で、王女であるリュシカを追い返すことはできないと判断したのだろう。
自分の立場を利用したようで申し訳ないが、リュシカにはそれに構っている余裕はなかった。
「お兄様、二人だけの約束――覚えていらっしゃいますか?」
「ああ」
「約束、守って下さいね」
「‥‥‥ああ、約束するよ」
城内へ足を踏み入れる前、リュシカはソルに懇願した。
フォートレインについて話すのは、もう少し記憶を取り戻してからにする。その約束を再度確認した。
先日、リュシカが城に報告に来たばかりである。まさか、これほど早くソル本人に呼び出しがかかるとは思ってもみなかった。
マキディエルからも、まだ話すべきではないと念押しされている。彼は姉兄の味方なので、リュシオンのためを思えば、やはり黙っておくべきなのだろう。
それに、ソルの傍にいるためには、その方がいい。
兄のためと言い訳しながら、本当は自分の私欲のためにそうしているだけかもしれない。
リュシオンのために、そう思って引き受けた仕事は、もうそれだけの理由ではなくなっていた。
途中でリュシカは別室に通され、国王にはソルひとりで謁見することになった。
リュシカ単独になったことで、従者たちもせっせと王女をもてなし始める。民の現状を考えれば、過度な贅沢は憚られた。
自分のために準備してくれるのをやんわり断りながら、今頃ソルはどうしているだろう、無事だろうかとそればかり考えていた。
一緒についてきたはいいものの、だからといって何ができるわけでもない。
もしかしたら、これが最後になってしまうかもしれない。そんな最悪なことも考えて、我儘を言ったようなものだ。
(お願いします、レイリア様‥‥‥どうか、あの人を)
光の国出身であるソルが信仰するのは女神ルクシアだ。闇の女神に祈ったところで意味はないのかもしれない。
それでも、無事を祈らずにはいられなかった。
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