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第1章 囚われの神子編

建国祭

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 こんな時に何をしているのだと、喉元まで出かかった言葉を呑み込む。
 ちらりと横を見やれば、楽しそうに王妃と談笑する父王の姿があった。すっかり腑抜けてしまった父の姿に、リュシオンは悲しいやら、情けないやらで、挨拶にやってくる貴族たちの言葉もろくに頭に入ってこなかった。

 今日は、レイリア王国の建国祭。
 国中の貴族たちを城へ招き、贅沢なパーティーが開かれていた。
 今はルクシア王国との戦争中。こんなことをしている場合ではない。こうしている間にも、自国の民たちは苦しんでいるというのに。

 何度も王に掛け合い、今年の建国祭は中止、もしくは小規模にすべきと進言したが、聞き届けられることはなかった。
 その理由の最たるものは、王の隣で艶めかしく微笑を浮かべる王妃の存在だ。
 リュシオンの進言に、はじめは王も悩むそぶりを見せていた。だが、王妃が「王家の威厳を損なわぬため」などと、いつも通りの開催を望んだ。
 王は、王妃の言葉を何より優先したのである。

 この王妃は、リュシオンの実母ではない。元々は側室で、リュシオンの実母が亡くなってから正室に迎えられた女性である。
 リュシオンとしても、はじめから不満があったわけではない。今まで通り、王が責務を果たしてくれるのなら、それでよかった。
 だが、彼女が王妃になってから、この国は衰え始めたのである。
 元より、王のお気に入りであった彼女は、王妃となってから我儘を言い放題だった。
 高いドレスが欲しい、あの宝石が欲しい、美味しいと聞いた異国の料理が食べたいわ……惚れ込んでいる国王は、彼女に気に入られようと無理な要求でも叶えようとした。

 リュシオンの実母が生きていた頃は、まだ歯止めが利いていた。
 実母の死に納得のいかない部分があったリュシオンは独自に調査したが、決定的な証拠は掴めず。ただ、この王妃が怪しいということは常々感じていた。

 この国の今後を思うと、頭痛がしてくる。パーティー会場を王族専用のテーブルから眺め、ここにいる貴族たちは現状をどう思っているのだろうかと憂いた。
 場の空気に気分が優れずにいると、桃色のドレスを纏い、長い金髪を頭の横で二つに結わえた少女がやってきて、ドレスの裾を軽く持ち上げ、礼をとった。

「リュシオン様、本日はお招きいただき、ありがとうございます。パヴェル侯爵家のリーゼロッテと申します」

 パヴェル侯爵家の一人娘で、リュシカよりひとつ年上だ。父であるパヴェル侯爵は、彼女のことを溺愛していると聞いたことがある。
 欲しいものは強請れば何でも与えられ、身につけている高価な装飾品からもそれは察することができた。

「あの、もしお相手がいらっしゃらなければ、私と一曲お願いできないでしょうか?」

 まだ返答してもいないのに、リーゼロッテは断られることなど全く頭にないようで、リュシオンの手を引いてくる。
 気は進まないが、侯爵家の人間とあれば軽くあしらうこともできない。
 仕方なく、リーゼロッテをエスコートし、ダンスの輪に加わった。リュシオンの登場に、他のご令嬢たちも色めき立つ。

 羨ましがるご令嬢たちの声を聞き、リュシオンと踊ることができたリーゼロッテは上機嫌だ。
 そんな彼女とは対照的に、リュシオンは終始無表情だった。

 パヴェル侯爵家は、今の王妃と繋がりが強い。その家の人間と聞けば、どうしても裏があるのではないかと疑ってしまう。
 リーゼロッテは、ダンスが終わってからもなかなか離れようとしない。リュシオンの気持ちにも気がつかず、自分のしたいようにしているのがありありと伝わってくる。その様子に、リュシオンは冷めていった。

 嫌気がさしてきたリュシオンの頭に、ふと地下牢で独り耐え続けるサラの顔が浮かぶ。
 今まで出会ってきた女性は、皆リュシオンに気に入られようと、ニコニコして近づいてきた。その笑顔の裏で、何を狙っているのか。純粋な好意だけを持って近づいてくる人間など、まずいなかった。利用価値のある人間、ただそれだけ。
 そのうちに、人を信じることができなくなり、相手が本心で何を思っているのか疑ってかかる癖がついてしまった。

 だが、サラを見たとき、今までにない感情が生まれた。
 サラは、まっすぐリュシオンを見つめて、自分の心の叫びをぶつけてきた。鋭く、痛いほどの叫びだったが、不思議と嫌だとは思わなかった。
 顔には出さなかったが、リュシオンは酷く戸惑うと共に、美しいと思った。
 光の神子の力だけではなく、あの瞳に宿る光はサラの魂の輝きなのだと感じた。

 隣で自分を呼ぶ声がする。
 視線を下げれば、リーゼロッテが上目遣いで頬を染めている。だが、リュシオンに響くものはなかった。
 リーゼロッテが首を傾げると、ツインテールが軽く揺れる。
 同じ金色でも、サラほど美しいとは思わなかった。

 王族専用席からリュシオンとリーゼロッテのダンスを見ていた王妃が、国王に凭れながらほくそ笑む。

「まあ、お似合いの二人ではありませんこと?」
「確かに。リュシオンにも、そろそろ婚約者をと思っていたところだ。リーゼロッテ殿なら申し分ない」
「あの子も年頃ですもの。とはいえ、お相手は親である私たちがよく見定めなければ。大事な王子の結婚ですもの」
「その通りだ。本当に、お前は子どもたちのことをよく考えてくれている」 

 王妃の言葉に国王は感動し、褒めそやした。

 他のご令嬢たちが次々とリュシオンにダンスを申し込むものの、リーゼロッテは腕に絡みついたまま放そうとしない。ムッとした表情をしながらも、侯爵家の令嬢相手には強く口を出すことができないようだった。
 王妃たちの思惑も知らず、リュシオンはほとほと困り果てていた。 
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