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第1章 囚われの神子編
追い詰められた兄妹
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「兄さん、囲まれた!!」
少女の切迫した声が、がらんとした教会に響く。
外では絶え間なく剣がぶつかり合っている。味方の騎士たちが奮闘してはいるものの、相手の勢力が大きすぎた。
ここは、光を司るルクシア王国。光の女神ルクシアに選ばれた「光の神子」たちが、光魔法により祝福を与える国だ。教会の中で震えながらも、気丈に立ち続けるこの少女も「光の神子」に選ばれた人間である。
光の魔法は世界を照らし、光を司る女神ルクシアの力を示すものだ。勢力拡大に際し、その力を疎ましく思った闇を司るレイリア王国は「光の神子」たちを殲滅すべく、こうしてその命を狙ってくる。
レイリア王国は、ルクシア王国と対を成す存在だ。闇を司る女神レイリアを信仰しており、「闇の神子」により闇の祝福を受けている。
元々、ルクシア王国とレイリア王国の仲はそれほど悪いわけではなかった。だが、レイリア王国の国王が代替わりして少しすると事情は変わってきた。お互いに不可侵を保ってきたはずが、その均衡を崩す事件が起きる。
ルクシア王国の光の神子がレイリア王国に滞在中、不可解な死を遂げたのだ。ルクシア王国はレイリア王国の何者かがその命を奪ったのだと憤慨したが、レイリア王国は頑なにその主張を認めず、あらぬ罪を着せられたとルクシア王国に宣戦布告してきたのである。
「神子」は王族と同等、あるいはそれ以上の待遇を受ける身分にあり、一般市民が簡単に手をかけられるような状況にはなかった。そうなると、神子暗殺にはレイリア王国の上層部の人間も関わっているのだろうと推察された。ルクシア王国を貶めるチャンスをうかがっており、光の神子はその犠牲になってしまったのだろうと。
そこから急速に二つの大国の関係は悪化していった。
今、教会に兄とともに逃げ込んでいる少女――光の神子であるサラも、どこから情報が漏れたのか、町から町へ馬車での移動中にレイリア王国の刺客に襲われたのだった。神子の護衛として光の守護騎士も同行していたが、目立たないようにと数はそれほど多くなかった。対する刺客は、どこに隠れていたのか次々と湧いて出てくる。
同じ馬車に乗っていた、光の守護騎士であり兄でもあるソルは、妹を連れて逃げたものの囲まれてしまい、命からがら逃げ込んだ教会でひたすら頭を悩ませていた。
やがて、覚悟を決めたようにソルは拳を握った。
「‥‥‥サラ、お前だけでも逃げろ」
突然の言葉に、サラは隣に立っている兄にばっと顔を向けた。
その間にも、ソルは床の一角をあちこち触り、やがて隠し通路と思しきものを見つけ出した。立場上、神子の護衛として教会を渡り歩いていたため、構造はある程度理解している。この隠し通路は、光と闇の軍勢が戦争を始めてから万が一のために造られたものだ。
「何言ってるの、兄さんや他の騎士の皆を置いては行けない!」
「俺たち光の守護騎士は、お前を守るためにいる。俺たちにとって、お前は希望の光なんだ。生き延びてくれ、何としてでも」
「兄さん、でも、私だけじゃ‥‥‥」
「ここが落ち着いたら、すぐに俺も追いかける。必ず探し出すから。それとも、少しの間も寂しくて我慢できないか?」
馬鹿にするようにそう言われて、サラはぎゅっと唇を引き結ぶ。
「そんなわけないじゃない、もう十五歳よ。ひとりで平気なんだから。絶対生き延びるから‥‥‥早く追いかけてきてよ」
強気に振る舞う妹の姿に、兄は思わず目を細める。歳の差は三つほどで、ソル自身にも恐怖がないわけではない。それでも、妹がこうして頑張っている姿を見せられれば、踏ん張ることができるのだった。
少し屈んで目線を合わせる。同じ新緑の瞳に、互いの顔が映し出された。しっかりとその姿を焼き付け、ソルはポンとサラの頭に手を置き、
「行け」
一言そう言い残し、今にも破られそうな扉の前に立ちふさがる。振り返ることはなかった。
そして、サラもまた、そんな兄の姿を尻目に地下の隠し通路に身を躍らせた。
少女の切迫した声が、がらんとした教会に響く。
外では絶え間なく剣がぶつかり合っている。味方の騎士たちが奮闘してはいるものの、相手の勢力が大きすぎた。
ここは、光を司るルクシア王国。光の女神ルクシアに選ばれた「光の神子」たちが、光魔法により祝福を与える国だ。教会の中で震えながらも、気丈に立ち続けるこの少女も「光の神子」に選ばれた人間である。
光の魔法は世界を照らし、光を司る女神ルクシアの力を示すものだ。勢力拡大に際し、その力を疎ましく思った闇を司るレイリア王国は「光の神子」たちを殲滅すべく、こうしてその命を狙ってくる。
レイリア王国は、ルクシア王国と対を成す存在だ。闇を司る女神レイリアを信仰しており、「闇の神子」により闇の祝福を受けている。
元々、ルクシア王国とレイリア王国の仲はそれほど悪いわけではなかった。だが、レイリア王国の国王が代替わりして少しすると事情は変わってきた。お互いに不可侵を保ってきたはずが、その均衡を崩す事件が起きる。
ルクシア王国の光の神子がレイリア王国に滞在中、不可解な死を遂げたのだ。ルクシア王国はレイリア王国の何者かがその命を奪ったのだと憤慨したが、レイリア王国は頑なにその主張を認めず、あらぬ罪を着せられたとルクシア王国に宣戦布告してきたのである。
「神子」は王族と同等、あるいはそれ以上の待遇を受ける身分にあり、一般市民が簡単に手をかけられるような状況にはなかった。そうなると、神子暗殺にはレイリア王国の上層部の人間も関わっているのだろうと推察された。ルクシア王国を貶めるチャンスをうかがっており、光の神子はその犠牲になってしまったのだろうと。
そこから急速に二つの大国の関係は悪化していった。
今、教会に兄とともに逃げ込んでいる少女――光の神子であるサラも、どこから情報が漏れたのか、町から町へ馬車での移動中にレイリア王国の刺客に襲われたのだった。神子の護衛として光の守護騎士も同行していたが、目立たないようにと数はそれほど多くなかった。対する刺客は、どこに隠れていたのか次々と湧いて出てくる。
同じ馬車に乗っていた、光の守護騎士であり兄でもあるソルは、妹を連れて逃げたものの囲まれてしまい、命からがら逃げ込んだ教会でひたすら頭を悩ませていた。
やがて、覚悟を決めたようにソルは拳を握った。
「‥‥‥サラ、お前だけでも逃げろ」
突然の言葉に、サラは隣に立っている兄にばっと顔を向けた。
その間にも、ソルは床の一角をあちこち触り、やがて隠し通路と思しきものを見つけ出した。立場上、神子の護衛として教会を渡り歩いていたため、構造はある程度理解している。この隠し通路は、光と闇の軍勢が戦争を始めてから万が一のために造られたものだ。
「何言ってるの、兄さんや他の騎士の皆を置いては行けない!」
「俺たち光の守護騎士は、お前を守るためにいる。俺たちにとって、お前は希望の光なんだ。生き延びてくれ、何としてでも」
「兄さん、でも、私だけじゃ‥‥‥」
「ここが落ち着いたら、すぐに俺も追いかける。必ず探し出すから。それとも、少しの間も寂しくて我慢できないか?」
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