神に愛された宮廷魔導士

桜花シキ

文字の大きさ
上 下
156 / 171
第6章 宮廷魔導士編

39 魔王(青と赤)

しおりを挟む
 史上最強のホロウと謳われるルナシアの力をもってしても、魔王はそう簡単に倒せる相手ではなかった。
 時間が巻き戻る以前の世界でギャロッドが魔王を見たのは、すでに世界が崩壊しかかった時だった。
 あの時も、こんな戦いが繰り広げられていたのだろうかと、城下町の魔獣たちを相手に走り回りながらギャロッドは思う。

 あの日、ルナシアが敵わなかった相手。同じくディーンも歯が立たなかった。
 長年自分の心の中に秘めていた彼への嫉妬心。今でこそ薄れてはいるが、今更仲良くやっていこうと思えるほど素直な性格ではなかった。しかし、同じ職についている限り、顔を合わせる機会がなくなることはないだろう。
 腐れ縁。親友どころか、友人とも呼べない間柄。顔を合わせれば言い争ってばかりだが、ギャロッドにとってはそれくらいの関係がこの先も続けばいいのだと納得していた。

(まぁ、この場を無事に切り抜けられればの話だが)

 チッ、と舌打ちして、追従してくる魔物たちを炎で一掃する。
 避難する人々、無我夢中で戦う騎士や魔導士たち。王族すらも、戦いの場に直接立っている。
 エルメラド王国のみならず、全世界が力を合わせた総力戦だ。

 だが、凄まじい爆音と光が炸裂する最前線ーー魔王と直接対峙している部隊は、まだ魔王に致命的なダメージを与えられずにいる。

(全力をもってしても、あの耐久力とは……正真正銘のバケモノだな)

 ギャロッドは、未だ顔色ひとつ変わらない魔王を遠目から見て、顔を顰めた。
 しばらく見ていると、魔王の動きが変わったことに気がつく。

 自分の行動を制限してくる魔導士たちが煩わしくなったのか、魔王はルナシアの周囲にいる人間を先に狙い始めた。
 宮廷魔導士たちの魔力の消耗が激しいのは、側から見ていても明らかだった。
 ディーンは、魔力切れ寸前の魔導士たちを一旦後退させ、その魔導士たちの分まで支援を開始した。
 ルナシアはともかくとして、ディーンも時代が違えばホロウの称号を戴いていたかもしれない人間である。自分も魔力は相当使っているはずなのに、仲間の分までサポートする余力が残っているのは流石といったところか。
 しかし、それも長くは保たないだろう。

 時間が巻き戻る前の世界で、ディーンはどんな最期を迎えたのか。ギャロッドは、ふとそんなことを思った。
 宮廷魔導士のリーダーとして、前線から退くことはあり得ない。ならば、仲間や国民たちを守り、散っていったのか。
 今はまだ、目の前で激戦を繰り広げている腐れ縁の存在。
 気がつけば、自然とギャロッドの足はディーンの元へと向いていた。

◇◇◇◇

「なかなか削れませんね……!」

 ルナシアの攻撃をもってしても、まだまだ魔王が倒れる気配はない。ディーンは仲間たちの分まで戦いながら、歯を食いしばった。

「大丈夫ですか、ディーン様!!」
「こちらのことは気にせず、ルナシアさんは魔王に集中してください!!」

 主戦力であるルナシアが潰れれば、勝機はない。まともに渡り合えるのは彼女くらいのものだ。
 少しでもルナシアが戦いやすいように、ディーンは全力を振り絞る。だが、徐々に限界が見え始めていた。

(まだ……まだです。ここで私が倒れては、ルナシアさんが……)

 だんだんと朦朧としてくる頭。気力だけで持ち堪えているようなものだった。
 そんな状態で、魔王の攻撃が自分の方に向いていることに気づくのが遅れてしまったのは無理もない。
 気がついた時には、すでに反撃できないところまで魔王の闇魔法の刃が迫っていた。

「しまっ……!?」

 その時、激しい炎が目の前をかすめ、間一髪、闇魔法の刃を焼き払った。
 何が起きたか分からないまま、ディーンは体勢を崩し、その場に倒れ込む。

「宮廷魔導士のリーダーともあろう人間が、呑気に尻もちをついている姿が拝めるとはな」

 自分が無事であると認識するとともに、聞き慣れた声が耳に届く。

「相変わらず、その憎まれ口はどうにかならないのですか……でも、助かりました」

 愉快そうに口の端を歪ませるギャロッドに見下ろされながら、ディーンはやれやれと疲れた笑みを浮かべる。
 どうやら、ギャロッドが炎魔法で助けてくれたようだ。どういう風の吹き回しかと思いながらも、ディーンは礼を述べる。

「まだ働けるだろう。休むには早いぞ」
「言われずとも、分かっていますよ」

 少し躊躇ったのち、ギャロッドは手を差し伸べた。
 それを驚いたように見つめてから、ディーンはその手をとって立ち上がる。

「あなたこそ、その辺で呑気に寝ないように」
「フン……誰が」

 二人らしいやり取りで、お互いに「生きろ」と伝える。
 この関係性は、一生変わることはないだろう。この世界が続く限り。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。 国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。 カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。 王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。 失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。 公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。 逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。  心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

【完結】公爵令嬢はただ静かにお茶が飲みたい

珊瑚
恋愛
穏やかな午後の中庭。 美味しいお茶とお菓子を堪能しながら他の令嬢や夫人たちと談笑していたシルヴィア。 そこに乱入してきたのはーー

【完結】子供が出来たから出て行けと言われましたが出ていくのは貴方の方です。

珊瑚
恋愛
夫であるクリス・バートリー伯爵から突如、浮気相手に子供が出来たから離婚すると言われたシェイラ。一週間の猶予の後に追い出されることになったのだが……

処理中です...