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第6章 宮廷魔導士編
39 魔王(サフィーア帝国)
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サフィーア帝国にも、魔王の影響が現れ始めていた。
空に開いた魔界の門はその規模を増していき、どんどんその穴は世界を侵食していく。
そこから溢れ出した魔獣たちは、サフィーア帝国へも魔の手を伸ばしていた。
こうなることが予め分かっていたヴァールハイトは、世界が崩壊した時の恐怖がふつふつと湧き上がっていた。
それと同時に、大切な友である銀竜ラーチェスに呪いをかけた魔獣たちの親玉である魔王、その因縁の相手に対する怒りも隠せない。
「何に苛立っているのだ」
拳を握りしめるヴァールハイトに声をかけてきたのは、ラーチェスだった。
魔界の門に怯える国民たちの様子を見るため、街に出た皇族たち。ヴァールハイトは、真っ先にラーチェスの様子を見に駆けつけていた。
ラーチェスが怯えているか心配だったのではない。彼女なら、すぐさま魔王の元へ行ってしまうのではないかという不安に駆られたからだった。
「魔王は、魔獣を率いています。ラーチェス、あなたに呪いをかけた因縁の相手です。僕は今でも許せません」
「まだ引きずっておったのか。儂はもう気にしておらんのだがなぁ」
ふわぁ、と欠伸までしてみせるラーチェス。彼女であればそうだろうな、と少しヴァールハイトは肩の力が抜けた。
「お主の私的な恨みは別として、魔王はどうにかしなければなるまい。恩人であるルナシアも戦っておるだろうよ」
エルメラド王国の方を向いて、目を細める。
「ラーチェス、無理はしないでください。僕たちは、あなたを失いたくないのです」
「では、このまま黙って見ていろと?」
「少なくとも、ラーチェスたち銀竜が出ていく必要はないでしょう。他の国の人たちに、銀竜がまだ生きていると知られれば、どうなるか……」
「それは、世界が滅ぼされることがなかったら、の話であろう」
ラーチェスの言葉に言い返すことができない。
銀竜の力は凄まじいものだ。だが、その力は人間の姿に化けたままでは発揮されない。銀竜の姿のままでなければ。
魔王との戦いに身を投じるのであれば、他の国の人たちにも銀竜の存在が知られてしまう。そうなれば、また人間たちに襲われるようになってしまうかもしれない。
だが、そんな心配ができるのは、魔王を倒して平穏を取り戻した後の世界での話だ。
ヴァールハイトは、一度世界が滅ぼされたことを覚えている。魔王の力は凄まじく、ホロウであるルナシアの力をもってしても敵わなかった。
ルナシアの力になると、ラーチェスを助けてもらったあの日に誓った。
ヴァールハイト自身に、敵と戦えるほどの大きな力はない。だが、ここまで築き上げてきた、エルメラド王国や獣人たちとの信頼関係がある。
「ラーチェス、あなたが行くなら、僕も一緒に行きます。僕自身は戦力にならないでしょうが、応援を頼むことはできるでしょう」
止めてもラーチェスは行くのだろう。長い年月を生きてきた彼女にとって、この国の民は赤子も同然だ。その彼女の決断を、簡単に曲げられるはずがない。
「ヴァールハイト、お前はこの国の皇子。竜の瞳をもつお主のことを、次期皇帝にしようという声があることは知っておろう」
彼は長兄ではないものの、竜の瞳をもって生まれてきた。父である現皇帝も竜の瞳をもっており、嘘を見抜くその力で大事な決断をしてきた。
皇族であれば誰でももっている力ではなく、竜の瞳をもっている皇族で最も皇位継承順位が高いのはヴァールハイトだった。
「エルメラド王国に留学して分かりました。確かに、竜の瞳の力は便利です。でも、この力がなくても立派に国を治めている王はいます」
仮に、自分がここで果てる運命だとしても。自分が皇帝にならなくても、サフィーア帝国は誰かが守っていくだろう。
「それに、継承権争いのことは、世界が滅ぼされなかったら考えればいいことです。そうでしょう?」
ラーチェスの言葉を借りて、ヴァールハイトは笑って見せた。
「まったく、あの泣き虫小僧が大きくなったものだな」
やれやれ、と孫を見るような目でラーチェスが目を細める。
「そうと決まれば、父上に一応報告しなくては」
「奴は止めるだろうがな」
「僕もラーチェスも、簡単に言うことを聞くような良い子でないことは、父も分かっているでしょう」
「はっはっは! 違いない」
皇帝の反応を想像しながら、ヴァールハイトとラーチェスはひとしきり笑った後、魔王討伐に向けて決意を固めた。
空に開いた魔界の門はその規模を増していき、どんどんその穴は世界を侵食していく。
そこから溢れ出した魔獣たちは、サフィーア帝国へも魔の手を伸ばしていた。
こうなることが予め分かっていたヴァールハイトは、世界が崩壊した時の恐怖がふつふつと湧き上がっていた。
それと同時に、大切な友である銀竜ラーチェスに呪いをかけた魔獣たちの親玉である魔王、その因縁の相手に対する怒りも隠せない。
「何に苛立っているのだ」
拳を握りしめるヴァールハイトに声をかけてきたのは、ラーチェスだった。
魔界の門に怯える国民たちの様子を見るため、街に出た皇族たち。ヴァールハイトは、真っ先にラーチェスの様子を見に駆けつけていた。
ラーチェスが怯えているか心配だったのではない。彼女なら、すぐさま魔王の元へ行ってしまうのではないかという不安に駆られたからだった。
「魔王は、魔獣を率いています。ラーチェス、あなたに呪いをかけた因縁の相手です。僕は今でも許せません」
「まだ引きずっておったのか。儂はもう気にしておらんのだがなぁ」
ふわぁ、と欠伸までしてみせるラーチェス。彼女であればそうだろうな、と少しヴァールハイトは肩の力が抜けた。
「お主の私的な恨みは別として、魔王はどうにかしなければなるまい。恩人であるルナシアも戦っておるだろうよ」
エルメラド王国の方を向いて、目を細める。
「ラーチェス、無理はしないでください。僕たちは、あなたを失いたくないのです」
「では、このまま黙って見ていろと?」
「少なくとも、ラーチェスたち銀竜が出ていく必要はないでしょう。他の国の人たちに、銀竜がまだ生きていると知られれば、どうなるか……」
「それは、世界が滅ぼされることがなかったら、の話であろう」
ラーチェスの言葉に言い返すことができない。
銀竜の力は凄まじいものだ。だが、その力は人間の姿に化けたままでは発揮されない。銀竜の姿のままでなければ。
魔王との戦いに身を投じるのであれば、他の国の人たちにも銀竜の存在が知られてしまう。そうなれば、また人間たちに襲われるようになってしまうかもしれない。
だが、そんな心配ができるのは、魔王を倒して平穏を取り戻した後の世界での話だ。
ヴァールハイトは、一度世界が滅ぼされたことを覚えている。魔王の力は凄まじく、ホロウであるルナシアの力をもってしても敵わなかった。
ルナシアの力になると、ラーチェスを助けてもらったあの日に誓った。
ヴァールハイト自身に、敵と戦えるほどの大きな力はない。だが、ここまで築き上げてきた、エルメラド王国や獣人たちとの信頼関係がある。
「ラーチェス、あなたが行くなら、僕も一緒に行きます。僕自身は戦力にならないでしょうが、応援を頼むことはできるでしょう」
止めてもラーチェスは行くのだろう。長い年月を生きてきた彼女にとって、この国の民は赤子も同然だ。その彼女の決断を、簡単に曲げられるはずがない。
「ヴァールハイト、お前はこの国の皇子。竜の瞳をもつお主のことを、次期皇帝にしようという声があることは知っておろう」
彼は長兄ではないものの、竜の瞳をもって生まれてきた。父である現皇帝も竜の瞳をもっており、嘘を見抜くその力で大事な決断をしてきた。
皇族であれば誰でももっている力ではなく、竜の瞳をもっている皇族で最も皇位継承順位が高いのはヴァールハイトだった。
「エルメラド王国に留学して分かりました。確かに、竜の瞳の力は便利です。でも、この力がなくても立派に国を治めている王はいます」
仮に、自分がここで果てる運命だとしても。自分が皇帝にならなくても、サフィーア帝国は誰かが守っていくだろう。
「それに、継承権争いのことは、世界が滅ぼされなかったら考えればいいことです。そうでしょう?」
ラーチェスの言葉を借りて、ヴァールハイトは笑って見せた。
「まったく、あの泣き虫小僧が大きくなったものだな」
やれやれ、と孫を見るような目でラーチェスが目を細める。
「そうと決まれば、父上に一応報告しなくては」
「奴は止めるだろうがな」
「僕もラーチェスも、簡単に言うことを聞くような良い子でないことは、父も分かっているでしょう」
「はっはっは! 違いない」
皇帝の反応を想像しながら、ヴァールハイトとラーチェスはひとしきり笑った後、魔王討伐に向けて決意を固めた。
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