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第6章 宮廷魔導士編
38 失踪(ファブラス伯爵家の当主)
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あの日から、どれほど時間が経ったのだろう。
時間をさほど気にしないイーズには、彼がファブラス伯爵家に来て何年が経過したのか、正確な年数は分からなくなっていた。
仕事には几帳面だが、個人的な時間に関しては適当な部分があった。
忙しいーーといっても、それを顔に出すことはないのだがーー当主の右腕として、長いこと仕事を手伝ってきたイディオ。
元々は、行くあてを失い、闇魔法の使い手という理由で嫌煙されていた子どもだった。そんな彼に居場所を与えたのは、他でもないイーズである。
直接伝えることはなくても、心の中では深く感謝をしていた。暗闇の中から自分を救い出してくれた恩人として。そして、いつしか本当の父親のように慕ってもいた。今更そんなことは言わないけれど。
「ところで、ご当主。あの日の返事は、今からでもまだ間に合いますかね?」
「あなたと初めて出会った時の話ですか?」
「そうです」
いつものように仕事を手伝っていたイディオだったが、決心したようにイーズに問いかけた。
「お嬢様がファブラス伯爵家の跡を継ぐ可能性は、極めて低くなりました。俺がその代わりを引き継いでも構いませんか?」
「本当に、あなたにお願いしていいのですか? 他の方を探すこともできるのですよ?」
一度は、養子になることを断った。だから、イディオは息子としてではなく、ファブラス伯爵家に雇われた魔導士のひとりとして働いている。
だが、元々は養子として引き取られるはずだった。イディオの決心がつかなかったために、なかったことにされただけで。
「ご当主の仕事を一番傍で見て、手伝ってきたのは誰だと思ってるんです? 今更、他の誰かに任せようにも不安になりますよ」
大人になり、ルナシアの成長を傍で見てきて、イディオの考えも変わった。
ファブラス伯爵家にも愛着が湧いているし、当主の補佐を何年もしてきた。それに、ルナシアの不安を少しでも取り除くことができるなら。
今のイディオに迷いはなかった。
「あなたが引き受けてくれるというのなら、それに勝るものはありません。よろしくお願いします」
相変わらず表情から感情は読み取れないものの、あっさりと許可が下りる。
養子にする手続きを進めなくてはですね、とイーズは呟いた。
「それにしても、ご当主。あの時は本当に迷いもなく、俺を養子にしようとしてましたよね。どうしてですか?」
「結婚するつもりはなかったので、後継を探さなくてはいけなくて」
「だからって、まだ先代が生きているうちに焦ることはなかったんじゃないですかねぇ。顔変わらないんで歳も正確には知りませんけど、まだご当主も若かったじゃないですか? 先代も腰抜かしてましたよ」
イディオを連れて戻ってきたイーズを見た先代当主の顔は、今でも忘れられない。
「早い方が養父も安心できるかと」
「ちょっと早過ぎでしたね」
家柄、能力、容姿が揃っているイーズであれば引く手数多だっただろうに。本人はまったく結婚には興味がないようだった。
先代当主も、イーズのお見合い話をいくつかもってきていた矢先の出来事だったため、想像もしていない衝撃的な一日になったはずだ。
だが、先代当主もイーズの性格を理解していたのか、イディオを引き取ることを了承し、結婚の意思がないと知ると、お見合い話もすべて断ったらしい。
血の繋がりで存続してきたわけではない、不思議な家系。強い魔導士の寄せ集めといっても過言ではない。
出身も様々で、考え方も純粋な貴族のそれとは異なる。だが、それゆえにイディオはここでの生活に心地よさを感じていた。
この環境を自分が守っていくのも悪くない、と思えるくらいには。
「まぁ、ご当主が健在なので、まだ焦らなくてもいいと思いますけどね」
その時、何も応えなかったイーズのことを、少しでも気に留めていればとイディオはのちに思うのだった。
時間をさほど気にしないイーズには、彼がファブラス伯爵家に来て何年が経過したのか、正確な年数は分からなくなっていた。
仕事には几帳面だが、個人的な時間に関しては適当な部分があった。
忙しいーーといっても、それを顔に出すことはないのだがーー当主の右腕として、長いこと仕事を手伝ってきたイディオ。
元々は、行くあてを失い、闇魔法の使い手という理由で嫌煙されていた子どもだった。そんな彼に居場所を与えたのは、他でもないイーズである。
直接伝えることはなくても、心の中では深く感謝をしていた。暗闇の中から自分を救い出してくれた恩人として。そして、いつしか本当の父親のように慕ってもいた。今更そんなことは言わないけれど。
「ところで、ご当主。あの日の返事は、今からでもまだ間に合いますかね?」
「あなたと初めて出会った時の話ですか?」
「そうです」
いつものように仕事を手伝っていたイディオだったが、決心したようにイーズに問いかけた。
「お嬢様がファブラス伯爵家の跡を継ぐ可能性は、極めて低くなりました。俺がその代わりを引き継いでも構いませんか?」
「本当に、あなたにお願いしていいのですか? 他の方を探すこともできるのですよ?」
一度は、養子になることを断った。だから、イディオは息子としてではなく、ファブラス伯爵家に雇われた魔導士のひとりとして働いている。
だが、元々は養子として引き取られるはずだった。イディオの決心がつかなかったために、なかったことにされただけで。
「ご当主の仕事を一番傍で見て、手伝ってきたのは誰だと思ってるんです? 今更、他の誰かに任せようにも不安になりますよ」
大人になり、ルナシアの成長を傍で見てきて、イディオの考えも変わった。
ファブラス伯爵家にも愛着が湧いているし、当主の補佐を何年もしてきた。それに、ルナシアの不安を少しでも取り除くことができるなら。
今のイディオに迷いはなかった。
「あなたが引き受けてくれるというのなら、それに勝るものはありません。よろしくお願いします」
相変わらず表情から感情は読み取れないものの、あっさりと許可が下りる。
養子にする手続きを進めなくてはですね、とイーズは呟いた。
「それにしても、ご当主。あの時は本当に迷いもなく、俺を養子にしようとしてましたよね。どうしてですか?」
「結婚するつもりはなかったので、後継を探さなくてはいけなくて」
「だからって、まだ先代が生きているうちに焦ることはなかったんじゃないですかねぇ。顔変わらないんで歳も正確には知りませんけど、まだご当主も若かったじゃないですか? 先代も腰抜かしてましたよ」
イディオを連れて戻ってきたイーズを見た先代当主の顔は、今でも忘れられない。
「早い方が養父も安心できるかと」
「ちょっと早過ぎでしたね」
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この環境を自分が守っていくのも悪くない、と思えるくらいには。
「まぁ、ご当主が健在なので、まだ焦らなくてもいいと思いますけどね」
その時、何も応えなかったイーズのことを、少しでも気に留めていればとイディオはのちに思うのだった。
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